第124話 優秀な情報屋

 竜王会傘下組織が一つ、元五大盗賊ギルド『イービルアイ』

 王国各地に間者を置き、あらゆる情報を集める王国指折りの情報組織である。

 時には罪をも犯してでも情報収集を行う事から犯罪組織として知られているが、イービルアイを利用する者たちは善悪身分問わず多く存在する。


 その組織の団長である女性、アルメリアは今日もいつものように各地にいる仲間たちから送られてくる情報の山を上機嫌に読み漁っていた。

 アルメリアにとって、情報を得ることは仕事であり、趣味であり、そして生きる手段である。


 ブラッディラビットや闇越後と違い、ティア達と特段交流があったわけでもないイービルアイは、竜王会に属する理由がなく、本来傘下にも入るつもりはなかった。

 ただの重要な顧客として、時にはターゲットとしてこの組織の行く末を外から傍観しようと決めていたのだ。

 だが、そうはならなかった。いや、なれなかった。情報屋としての好奇心が藪から龍を見つけてしまったからだ。


 ――


 アルメリアは今から数ヶ月前に起った竜王会のビビアン襲撃事件や、五大盗賊ギルドとの戦いにも間者を忍ばせていた。

 ベルゼーヌと一騎打ちで破ったアルビンに、無能でありながらオギニを破りビビアン殺害を成功させた『貴族殺し』のティア・マット。

 その一件得られた情報はどれも面白く、どの人物も興味深かったが、その中でもアルメリアが一際興味を持ったのが竜王会の主力の一人であり、その素性の殆どが謎に包まれた蜥蜴族の女性、メーテル・ノーマだった。


 人間離れした力を持つ女性で、ビビアンとの戦いでは古代魔獣キングベヒーモスを弄んだあといとも簡単に殺したという。

 初めはその情報を聞いたときはなんの冗談かと思ったほどだ。

 そして、その後彼女は闇越後の場所に向かうとキーリスがいないことを確認した後、ビビアンの首を持ってティアの元とへ戻っていったという事だった。

 事前にビビアンの用心棒をしていた際に調査していた時に得た情報では、同じノーマの姓を持つ人間を襲っているという話だった。

 情報通りなら狙いはやはりキーリスだったのだろうが、何故同じ一族を狙うかはわかっていない。


 ――情報屋の勘として、彼女からはとんでもない秘密の匂いがするわ。


 メーテル・ノーマに興味が沸いたアルメリアは、自らの足でメーテルを調べることにした。

 アルメリアは『感覚増長』ハイセンスという五感を一時的に強化するスキルを持ち、更にそれとは別に実践で鍛え抜かれた隠密技術で、組織の間者の一人だった頃は警戒中の王宮に誰にも気づかずに忍び込んだ実績もある。


 今は団長になり、組織の指揮をとるため前線を退いているが、まだ年齢も三〇代と衰える歳ではなく、こういった強く興味を持った人物に関しては自分の足で調べている。


 アルメリアはメーテルが外へと出ていったと聞くと早速、後をつけて行った。


 アルメリアは彼女から五十メートルの距離を置き、その距離を一時も近づくことも離れることなく保ち続けた。足音は一切立てず気配を消し、相手の歩調に合わせて動き向こうが止まれば自分もピタリと止まる。

 これこそ実践で身につけた技術で、アルメリアは誰にもバレない自信があった。

 現にメーテルもアルメリアに気づいている様子はない。


 メーテルはどこかに寄り道することもなくただひたすらに、目的地へと進んでいく。

 そして二日ほどかけて進んだ先にたどり着いたのは小さな廃村で、その村にいたのはメーテルの従兄にあたるキーリス・ノーマだった。

 彼女はキーリスを見つけるとニコリとほくそ笑み、キーリスはメーテルに気づくとまるで怪物でも視たかのように恐怖に満ちた表情で一目散に逃げていく。


 かつては王国騎士団の部隊長だったという話だったが、この姿を見ると少しその情報に不安になる。

 メーテルは走って逃げるキーリスの後姿に手を伸ばし、そのまま地面に向かって勢いよく降ろすと、それに引っ張られるようにキーリスも地面に張り付けられた。

 地面に倒れこむキーリスにメーテルはゆっくりと近づいていく。


「ま、待て!俺はちゃんと約束通りにしただろ!ビビアンへの紹介に魔石運搬の情報操作、闇越後の奴らだって全員殺した、いう事を聞けば、逃がしてくれる約束だっただろ?」

「ええ、だから私も約束を守りこうやって一度も逃がした後、わざわざまた追いかけて来たんじゃないですか?私の主人は約束には厳しい人ですから。」


 メーテルは笑顔を絶やさずにそう告げると、日の光を遮るようにキーリスの前に立ち、見下ろす。


「そ、そうだ、なら俺も仲間に入れてくれないか?お前も俺の強さは知っているだろ、きっと戦力になれるはずだ。」

「ええ、勿論知っているわ。あなた方には幼いころから思い知らされてきましたから。あなたほどの実力なら私の主人様も欲しがるかもしれません」

「だ、だったら――」

「ですが、あの方はあなたの処分を私に委ねてくださいました……そして、私はあなたを到底許すつもりはありません。」


 その瞬間、離れた場所にいるにも関わらず、メーテルから放たれた殺気に悪寒を感じた。

 それを悟ったキーリスは強引に立ち上がると、やけくそ気味に腰につけた剣に手をかけ瞬時に斬りかかるが、メーテルは手刀で弾くと、キーリスがビビアンから授かった名剣を簡単にへし折った。


「な、なんでだよ!こんなのおかしいだろ!だって、お前は無能だったはずだろ!」


 ――無能?一体どういうこと?


「ええ、私は無能ですよ?だからこそ、私の体に龍の血が浸透したのですよ……×××の血がね。」


 ――……は?


 その言葉にアルメリアは思わず自分の耳を疑った、この距離なら聞き間違いも十分あり得る……と。


「無能という理由で、一族から傷つけられ、蔑まされ、そしてにされた、ですがそのおかげで私は今ここにいるのですからそこは感謝ですね。」

「お、お願いだ!助け――」


 命乞いが終わる前に、腕がひきちがれるとキーリスは血しぶきを出しながら悲鳴を上げる。


「ぎゃあああああああ!」

「ふふふ、随分と可愛らしい咆哮なことで、ですが、耳障りですね。」


 そして今度は首根っこを掴むとそのまま握りつぶす。キーリスの首がグシャリという音と共に項垂れると動かなくなった体を地面に放り投げる。


「さて、これでこっちは片付いたし……次はそっちですかね?」

「へ?」


 そう呟いた後メーテルが遠く離れているこちらに目を向ける、気配を察知したとかではなく確実に自分をを見ている。そして目が合うとアルメリアは危険を察知しすぐさま撤退しようとするが、既に目の前にメーテルが立ちふさがっていた。


 ――そんな、あり得ない……


 自分の居場所もバレたのもそうだが、一瞬にして追いついたのも人間離れしている。


 ――という事はやっぱりこの女の体は……


「あなたは確か情報屋の方でしたっけ?」

「あ、その……」

「という事は、さっきの話も聞いていたという事ですね?」


 今まで出会ったことのない圧倒的な気配に緊張から声の出し方を忘れる。


「まあ別に隠すつもりはなかったですが、盗み聞きされるのは少々不愉快ですね、話によれば非常に優秀な情報だそうですが、ここで消しておいた方が得策かもしれませんね。」


 ――駄目よ、私はまだ死ぬわけにはいかない!


「ま、待って!私は情報屋だから、あなたの知りたい情報も持っているわ!」

「私の知りたい情報?」

「ええ、あなたが探し回っている他のノーマ一族の居場所もね。」


 そう告げると、メーテルの表情から一瞬笑顔が消えた。


「あなた……ふふ、いいわ。じゃあ生かしてあげる。その代わり一つでも情報が間違っていたら、わかっているわね?」


 ――


 こうしてアルメリアは命を拾うとその後、信用を得るために組織ごとティア達の下につくことになった。

 おかげで今はティアにも重宝されていることでメーテルも自分を気に入ってくれているようだった。


 ――それにしてもノーマ一族か。


 ノーマ一族……元は異民族でドラゴンスレイヤーの力を持つことで王国の貴族になったという特殊な一族であったが、最近の情報ではドラゴンの数が減ったことで役目を失い、貴族としての立場を他の貴族から疑問視されていると聞く。

 だが……その他にも何かあるようだ。


『私の体に龍の血が浸透したのですよ……の血がね。』


 あの時のメーテルの言葉が甦る。


 ――……ふふ、また気になることが増えてしまったわ。これじゃあ、私はまだまだ死ねないわね。


 気になった話を全て知るまでは死んでも死にきれない、アルメリアにとって情報を得ることは趣味であり、仕事であり、そしてである。

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