第123話 小さな町での仕事記録

 王都から離れた場所にある南部地方の町『フデリス』

 東部地方との境目にある小さな田舎町は現在、二つのグループが争いを繰り広げていた。


 元B級冒険者のガウスが率いるガウス一派と、町のごろつきたちを束ねているケイン一派。

 この二つのグループの争いは何の変哲もない小さな町に、ガウスが来たことにより始まった。

 ガウスはある日、仲間の冒険者達とこの町にやってくると、この町の警備が薄いことをいいことに酒場や店などで好き放題に暴れ始め、そして空き家を拠点にこの町に居座り始めた。


 ガウス達は時折町を数日離れたかと思うと、新しい仲間を連れては帰って来た。そして仲間が増えるにつれ町の治安は悪化し、住民たちへの被害も大きくなっていった。

 しかし小さな町の民間衛兵や腕自慢などでは元B級冒険者であるガウス達を止められず、フデリスの領主であるアルモンテ伯爵は王都から離れた何の特色もないこの町の管理を全て町長に委任しており、町長は家族を標的にされるのを恐れて、ガウスの悪行を見て見ぬ振りすることしかできなかった。


 それを見かねて立ち上がったのが、町一番の実力者であるケイン一派だった。

 元は仲間たちと集まってバカ騒ぎや腕試しの喧嘩をする程度のグループだったが、ガウスの行いに耐えられなくなった町の若者たちがケインを頼ってきたことでケインは町のごろつきをも束ねてガウス達に立ち向かう事となった。


 ケインはガウスが不在になった時を見計らい、ガウス一派を襲撃した。

 幸いガウス以外の者は大した相手ではなかったので奇襲と、数で押し切ることでどうにか撃退することができていた。


 ただ意外だったのは、ガウスは仲間がやられても向こうから仕掛けてくることはなく、ただ酒場で飲んで暴れては町を出ていく事を繰り返していた。

 その影響もあってか、ガウス一派は初めと比べ随分と大人しくなり、自体は均衡状態へと変わっていった。

 だが、ここに来て状況は一気に変わっていった。


「ケインさん、ガウス一派の連中、また増えていましたよ。」


 仲間から報告を受けたケインは顔を顰めながる。


「という事はやはりあの話は本当だったという事か。」


 初めはなぜこんな田舎町に来たのかが分からなかったが、ここにきてその理由がわかった。

 ガウス達が何もないこの町にいる理由、それはこの町が地方の境目にあると同時にアルモンテ伯爵の隣接する東部地方の貴族、ルガルス伯爵の領土との境目にあると言うことだった。


 アルモンテとルガルスは隣接してることで古くから諍いが多く、決して仲がいいとは言えない。

 もし自分達の領土から賊や犯罪者などが逃げ込んできたことを知られれば、責任を追及される恐れがあり、弱みを作ることにもなりかねない。

 なので互いの領土に逃げ込まれると捕えることができなくなり、警備の薄いこの町は逃げ込むのに適した町となっているのだ。


 ガウス達は隣接の街で問題を起こし逃げてきた時にその事に気付き、この町を拠点に仲間を集っては悪事を働いているのだろう。

 つまり、本来はこの町を支配することが目的ではない。だからこそ、自分達の事など眼中になかったのだろう。

 だが、このままではこの街が悪の巣窟になるのも時間の問題なのかも知れない。そうなれば数で押してきた自分達では手に負えなくなるだろう。


「やはり、あの二人の力を借りるべきでは?」


 仲間の提案にケインは渋い顔をする、それは数日前にやってきた二人組の男たちからの提案だった。

 血の気の多そうな男と冷静ながらも鋭い眼光を見せる青年、呼び方から二人は兄弟で、竜王会という組織の人間らしく、その時にこの町がいかに悪党の逃げ場として有用なことを知らされた。

 そして竜王会もその地の利を生かすためにこの町を支配下に置きたいらしく、二人はガウスたちを排除する代わりにこの町を仕切っているケイン達を傘下に加えたいとのことだった。


 傘下に入れる目的も特に何かをさせるということでもなく、この町にガウスの様な連中が入ってこないのを見張るだけと比較的簡単なもので、二人の目的はこの町だけなので住民達には一切手を出さない事も約束してくれていた。

 話だけ聞けば断る理由などない。

 だがそれでも、そんな上手い話を鵜呑みにすることはできなかった。


 そもそもその組織がガウスたちを倒せるという保証はない。

 ガウス一派の数は今や五十を超えている、見たところ二人が他に仲間を連れてきている様子もない。

 いくら何でも二人で五十もの数を相手にできるとは思えなかった。


 ――とりあえずもう一度話をしなければ……


 そう考えていると、丁度男たちがやってきたとの連絡があった。

 しかし、会いに行くと、そこにいたのは眼光の鋭い青年の方のみで血の気の多そうな男の姿は見えなかった。


「ここにいるのはあんただけか?まあいい例の話についてだが……」

「ああ、その事なんだが……悪いがこの前に話は無しにしてくれ。」

「何だと!どういうことだ⁉」


 ケインが声を荒げると男は大きなため息を吐く。


「実はちょっと事情が変わってな……」

「事情?あんたと一緒にいたもう一人の男がいないようだがそれと関係があるのか?」


 そう尋ねると、男は以前に見せた鋭い眼光が隠れ、バツの悪そうな顔をしていた。


「……こっちでも色々あってな、後日改めて話をしよう。」

「あ、おい!」


 それだけ言い残すと、男は少し不機嫌そうに外へと出ていった。


「……どういう事だ?」


 青年の言葉の意味がわかったのはすぐ後の事だった。

 次の日になると、まるで初めからいなかったかの様にガウス達は町から姿を消していた。

 仲間の一人の証言によれば昨日、町の宿に滞在していた二人にガウス一派が絡んでいたとのことだったので気になり、ケインたちはガウスたちが拠点としていた空き家に向かった。

 すると、そこにはまるで惨劇の後とみられる血の海だけが残っており、ケイン達はその光景を前にただ、青ざめた顔でたたずむことしかできなかった。


 ……後日、二人が改めてやってくると、ケインたちは何も言わずに話に応じた。

 二人は約束通り特に何もすることなく、連絡のアイテムだけを置いて早々と町を離れていった。

 それから一ヶ月が過ぎるとと、町には平穏が戻り、ケインたちも以前のように仲間たちと楽しく過ごしている。

 だがそれでも頭に刻まれた恐怖は消えなかった、初めて見た人の血で染まった光景と血の匂い。

 田舎で過ごしてきたケインたちには想像すらできなかったものだ。

 そして、何か失敗すれば自分たちも同じ様に消されるかもしれない。

 ケインたちその恐怖を思い出すたびに悟った、もう自分たちはこの町から離れるにげる事はできなくなったのだと……


 ――


「成程。で、結果としてフデリスは手に入ったってことだな。」

「はい。」

「……初めのシナリオとは随分違うじゃねえか。」


 俺はジルに訊ねると、ジルは答えにくそうにしながら最後には項垂れるように頷いた。

 元々はガウス達を排除することでケインたちに強さと恩義を知らしめることによって従えようと考えていたのだが、どうやらガウス一派が酒場で飲んでいたアルビンに手を出した事で騒動になり、アルビンはそのままの勢いでガウス一派のアジトに乗り込んで皆殺しにしたらしい。

 おかげで、田舎のガキどもに随分恐怖を植え付けることになってしまった。


 計画通りできなかったことをジルは深く反省し、その計画をぶち壊した張本人であるアルビンは、他人ごとのように俺たちのやりとりを見ていた。


 このジル・ラビットは珍しくアルビンが推薦してきた青年で、ブラッディラビットと団長だったベルゼーヌの甥にあたるらしい。

 どうやら、ベルゼーヌとアルビンとの間で何か話があったようで、ジルはブラッディラビットを副団長だったビゼルに任せると正式に竜王会に入ってきた。

 殺し屋として育ってきただけあって、実力もあり頭もかなり切れる。

 アルビンを慕っているようだったので折角だからそのまま二人に兄弟の盃を交わさせ、仕事に行かせてみたのだが……流石にこの狂犬の手綱を握らせるには早かったようだな。


「……ま、目的は達成できたし良しとするか。」

「あ、ありがとうございます。」

「な?俺の言った通りなんとかなったろ?」

「そういう問題じゃねえんだ兄貴!仕事は完ぺきにこなしてこそプロだろうが!大体兄貴は血の気が多すぎるんだ、もっと殺るにしてももっと計画的にだな――」


 ジルが殺し屋としての美学をアルビンに語るがアルビンは適当に聞き流している。

 まあ、なんにせよ、いいコンビにはなりそうだな。

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