第128話 正体
――コンコン
「入ってくれ。」
とある組織についてまとめた資料に目を通していると、第十部隊騎士団団長室のドアをノックする音が聞こえてくる。
部屋の主である団長アルバート・メンデスが資料を机に置き、入室の許可を出すと、扉が開き一人の女性騎士が入ってきた。
部屋に入ってきたのは自分と同じくこの第十部隊に所属する騎士であり、妹であるアリアハン・メンデスだった。
アリアは自分の机まで近づくと、家族としてではなく一人の騎士として挨拶をする。
「アリアハン・メンデス、只今任務から戻りました。」
「そうか、今回は早かったな。」
いつもは、帰還の連絡があってから戻ってくるのに一ヶ月は掛かるが、ここ最近は騎士団としての自覚が芽生えたのか早く戻ってきている。
「それで、どうだった?」
「はい、レーグニックさんの情報通り、違法取引をしていた商人たちを捕らえてきました。」
「ご苦労だった、ゆっくり休んでくれ。」
「はい、ありがとうございます。」
「フッ、聖剣使いとしても随分、様になってきたな。」
アルバートがアリアの腰につけた剣に視線を移す、彼女の腰には立派な装飾のついた聖剣が付けられている。
数ヶ月前に鍛冶職人のウラッグに作ってもらったアリア専用の聖剣だ。
ウラッグは聖剣の鍛冶職人であり魔剣の管理者だったが、それがきっかけで起きた騎士団との騒動により、犯罪者となってしまった。
しかしウラッグを乗せた輸送中の馬車が何者かに襲われ行方不明となった。
騎士団は身内のもめ事を深堀したくなかったのか、未だ行方は分からないままで捜査は打ち切られることになった。
そしてアリアはその一件に対し、無力さを感じていたようでそれがアリアの成長の糧となっていた。
それともう一つ。
「友人が頑張っているので私も負けていられませんから。」
「それは例の商人の事かな?」
「はい、商人として頑張っているティアさんには負けられないので。」
アリアの友人である商人の存在だ。
その商人の話をアリアから聞いたのは凡そ一年ほど前で、アリアよりも少し年下でありながら商人として旅をしている少年で、人身売買の事件の時に助けてもらったのがきっかけでできた縁だという。
その際にアリアはその少年からかけられた言葉で、正義について色々考えるようになって行った。
それは以前からアリアに欠けていたものでそれに気づけたのは兄としては嬉しい半分少し寂しくも思う。
そういうことは兄であり騎士としての先輩である自分が教えたかったからだ。
だが、それと同時にその少年に強い関心を持っていた、本人に自覚はないが妹が彼に興味を抱き始めているのは明らかだった、ならば兄として妹に相応しい相手かも見定めてみないといけない。
……それに一つ気になることもあった。
「ところで、そのティアという青年の姓はわかるか?」
「いえ、本人が答えたくなさそうだったので聞いていませんでしたが……どうかしましたか?」
――……
アルバートは机に置いた資料に目を移す。
そこにはここ最近勢力を伸ばしてる裏組織『竜王会』について書かれていた。
竜王会は、ビビアン・レオナルドの殺害事件をきっかけにこの一年で最も勢力を伸ばした組織だ。
五大盗賊ギルドを取りこんだ事で大きく成長したこの組織は、各地方の街に足を延ばしており、事件の調査をした時には必ずと言っていいほどその名前を聞くことになる。
団長会議の場で、この組織の危険性を話題に出すも誰も興味を持とうとしていなかった。理由としてはこの組織が起こす事件の裏には何かしら貴族も関わっていることが多いからだ。
だからこの組織に関してはほぼ聖騎士団の単独調査となっていた。
そして、その組織のリーダーは貴族殺しの名で知られているティア・マットという男だ。
ティア・マットについてわかっているのは特徴的な紅色の髪と緋色の眼をしており、青い炎を使う少年だという話だ。
しかし信憑性の薄い情報の中には無能という噂もある、そしてアルバートは以前アーティファクトでその姿を確認しており、その時見た姿は少し幼さが残るが、アリアと
妹の友人だから、あまり疑いたくはないが、疑う余地は十分ある。
だからこそ、アリアから彼の話を聞いて別人だと判断したいとアルバートは考えた。
「お兄様?」
「……アリアはティア・マットという人物を知っているか?」
「勿論です、お兄様が追っている竜王会のリーダーである男で貴族殺しの名で通っている人物ですよね?」
「そうだ、奴の名前はティア・マットだ、そして年齢もお前に近い。」
そこまで聞くと意図が分かったようで、アリアの表情に少し曇りが見え始める。
「で、ですが、ティア・マットという人物は赤い髪が特徴的ですよね?ティアさんはそれとは真逆の青い髪です。」
「違法の道具の中に髪色を真逆の色に変えるものがある。」
「そ、それにティア・マットは青い炎を使うと聞いています、ですがその、ティアさんは無能の方なんです。」
「……これは、まだ疑惑の範囲だったから公表していなかったのだが、ティアマットは無能だという噂もある。」
「そんな……」
アリアはどうにか弁明するために、ティアという人物の話をしたつもりだったのだろうが、話を聞けば聞くほど疑いは深まるばかりだった。
そして次の言葉がアルバートの中でティアとティアマットが同一人物であることを決定づけた。
「ですが、あの人のお陰で人さらいを捕まえることができました、それにウラッグさんの時だって……」
「ウラッグの時?」
「はい、騎士団が魔剣に憑りつかれた時、その場にティアさんもいたんです、その時もティアさんの助けがあって解決できたんです、だから――」
「……ならば、ウラッグが騎士団に連れ去られていたことも知っていたのではないのか?」
「あ……」
アルバートは立ち上がると扉へと歩き出す。
「待ってください、まだ決まったわけでは……」
「決まりだよ、アリア。お前もわかっているんだろう?それでも断言できないのは私情を挟んでいるからだ、悪いがお前はこの組織の調査からは外す、しばらくは討伐任務に専念するといい。」
それだけ言い残すと、アルバートはアリアを部屋に残し出ていった。
「そんな、嘘ですよね……だって、ティアさんは……」
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