第129話 孤立の団長

 ベンゼルダ王国の王城にある一室では、王国騎士団の団長達による定例会議が開かれていた。

 国王も使用する高級感あふれる円卓を騎士団の総指揮を務めるベンゼルダの将軍オズマと十一の騎士団の団長達で囲み、それぞれの活動報告を行っている。


「――との事で、デイズの街付近の森で起きていたモンスターの大量発生の調査及び討伐は完了しました、数こそ多かったですが魔物大軍勢スタンピートとまではいかず、またその恐れもないと判断しました。」

「うむ、ご苦労だったな、まだ油断はできんが、後のことはその街の領主に任せよう。」


 オズマから労いの言葉をかけられると、第十騎士団団長ネイマールが頭を下げて席へと座る。


「では次に、第十一部隊騎士団。」

「はっ!」


 自分の番が来ると第十一部隊騎士団団長のアルバートが大きく返事をして立ち上がる。


「今日私が報告するのは裏組織竜王会の脅威についてです。」


 そう言って話を切り出すと、その場の空気が変わる、他の団長達からはため息が漏れたり冷ややかな視線を浴びせられるが、アルバートは気にする事もなく話を進める。


「竜王会はこの一年で勢力を大きく伸ばした、国を脅かす危険な勢力の一つです、これ以上大きくなる前に騎士団総出で殲滅すべきです。」


 アルバートが熱の入った言葉で竜王会の脅威を各団長達に訴えるが、それに対し団長達の反応は薄い。


「竜王会の脅威については勿論我々も分かっている、だからといって簡単に手を出せる相手ではない事は分かるだろう?」

「そうだ、竜王会の下につく組織も多く、幹部連中たちも我々騎士団や、S級冒険者に匹敵する実力を持つ者を数多くそろえているという、無闇に手を出せばこちらの被害も甚大ではない。」

「ああ、それに竜王会はビビアン事件以降は表立った動きは見せていない、大きな被害が出ていないのだから態々寝ている龍を起こす必要はないだろ。」

「確かに大きな被害こそ出ていませんが、竜王会は水面下で確実に王国を蝕んでいます、早く手を打たなければ取り返しがつかないことになります!」


 アルバートの言葉に誰も賛同する者はいなく、静けさが部屋に漂う。


「フッ相変わらず頭の悪い男だ。」

「リチュール……」


 アルバートの話に対し 第四騎士団団長リチュールが鼻で嗤った。


「大方騎士団としての成果が挙げられず、苦し紛れの報告なんだろうが、我々は君たちみたいに王子の遊び相手に作られた部隊と違って忙しいんだ、そんな被害も出ていないことに手をまわしてる余裕はない。」

「……リチュールの言うとおりだ、それに今は帝国の方でも不穏な動きがみられ始めている、悪いがそちらの方を最優先にせよとの国王からの命令だ。」


 そう告げられるとアルバートは言葉をなくし席に座る。その後会議は進み、オズマが終わりを告げると、各団長達が部屋を出ていく中、アルバートは拳を固く握り俯きながら唇をかみしめていた。


 ――


「その様子だと今回も駄目だったみたいですね。」


 騎士団の兵舎に戻る帰り道、廊下で自分を待っていたように柱にもたれてるレーグニックが声をかけてきた。


「レーグニックか……ああ、今回も分かってもらえなかったようだ。」


 アルバートが力のない笑みを浮かべる。

 竜王会について議題に挙げたのは今回だけではない、アルバートはここ最近の会議で常に竜王会の危険性について触れているが、誰も興味を示そうとしなかった……いや、正確には関わりたくないのだろう。


 理由としてはやはり貴族絡みが大きい。

 貴族の世界は一見華やかに見えてその裏側は黒く、危険な世界である。貴族同士の足の引っ張り合いや、一族の跡取り争いなど、何かと争いごとは多くその争いに盗賊や犯罪者集団を使う貴族も少なくはない。


 そんな中、情報から工作、暗殺まで幅広く行える竜王会という組織の存在は貴族にとっても大きく利用している貴族がいるのは分かっている。

 もし本格的に調査を行えば、自分の関係者の貴族や、とても太刀打ちできない大物の貴族が出てくるかもしれない。

 そうなれば貴族が多く所属する騎士団の者たちも無事では済まない、だからこそあの組織に関わるにはそれなりの覚悟が必要となる。


 そして、手を出せない理由がもう一つある、それは竜王会が堂々と孤児院や貧困者に対して支援活動を行っていることだ。

 支援活動と言われれば一見、問題がない様に思えるがこれが最も厄介なことである。

 現在国では孤児院や貧困者に対する支援は領主や富豪たちによる善意によって行なわれているが、殆どの人間は目もくれないのが現実である。

 そんな中、竜王会は領主を通さず支援活動をしている。

 もし組織を壊滅させようものなら、その支援がすべて止まり多くの餓死者が出ることになる、いわば、貧困者の命を人質に取られているようなものだ。


 そしてこの部隊にも孤児院の出身やスラムで育った者もおり、その隊員の育った孤児院もしっかり支援をされている。

 だからこの部隊の者も竜王会の調査にあまり乗り気でない者が多い。


「こういっちゃなんですが、一度竜王会から離れたらどうです?国民達に対してこれと言った被害は出ていないでしょう。」

「確かに、被害は出ていない。が、それはあくまで公にできないからであって奴らが動いていないわけではない。」


 密輸、誘拐、脅迫、闇オークションの運営、竜王会は確かに悪事を働いているがどれも被害届も出ておらず公にできるものではないためこれらの件に関して騎士団としては動けないのだ。


「今はまだ誰にも理解はされていないが必ず竜王会は国の脅威になる、その時のためにも私は一人でも奴らの調査を続けるよ。」


そう告げると、アルバートはレーグニックを追い越して兵舎の方へと歩いて行った。


 ――


「って事で今うちの団長は独りよがりが続いている状態だ。」

「そうか。」


 レーグニックからの報告を受けると、俺はレーグニックが土産として持ってきた酒を開けてグラスに注ぎ口へと運ぶ。


「全てが順調で何よりだ。」

「これがお前のいう表と裏ってやつか?」

「ああ、施しを受け生きながらえている奴等にとっては表、そしてその事によって被害を受けるお前んとこの団長にとっては裏だ。正義か悪かで考えるよりよっぽどわかりやすいだろ?」

「ケハハ、確かにな。」


 しかし、流石聖騎士団団長と言ったところか。

 どんな状況にも惑わされずに俺に狙いを定めている、真っ直ぐ芯の通った正義感だ。

 正直こういう奴が一番厄介だが、本人は無理でも周りを動かすことはできる、今の俺にはその力がある。この一年で、金も、力も、弱みも腐るほど手に入れた、俺の気分次第で小さな貴族を潰すことだって簡単にできてしまう。

 だがまだまだ足りない、俺が潰したいのは弱小貴族なんかじゃないからな。


 そう考えると非常に不本意で屈辱的だが、やはりあいつの提案に乗るべきか。


「しかしこのままじゃ、うちの団長の騎士団内での立場が危ぶまれない。それに次の将軍の席に最も近いのがリチュールってのも気に食わない。」

「第四騎士団リーチュール・か。」

「ああ、お前も随分肩入れしてることもあってか今最も将軍に近い男だ、俺としては好ましくない状況なんだが……」


 そう言って、レーグニックがじっとこちらを見る。


「放っておけばいい、やつが将軍になることはない。」

「と、いうと?」

「そいつはいずれ。」

「へえ……」

「組織的には殺す理由はなくても、個人に理由があるってことだ。」

「ケハハ、成程な。」

「でもま、このままではてめえんとこの団長が候補から外れる可能性もあるのか、なら帝国と繋がっている貴族のリストをやるから、しばらくはそっちの調査に集中させろ。どうせ俺も暫くここを離れるから組織も大きく動くことはない。」

「なんだ、どこか行くのか?」

「ああちょっと学園に通いにな。」

「成程、学園か……はぁ?」

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