第130話 王立学園

 ―― 一ヶ月前


「随分と景気がよさそうだな。」


 マリスに呼ばれ、久々に訪れた屋敷の中を見て回った後、俺は新しく整備された庭園で優雅に茶を飲むマリスに尋ねる。


「ええ、ブリット子爵家の領地が手に入ったことで徴収できる税も増えた分少し余裕ができたのよ。」


 そう言ってマリスは和かに微笑んでいるが、実際はそれだけではないのは当然知っている。

 こいつはここ最近、社交パーティーに参加しては、過保護に育てられた世間知らずな貴族の息子どもを誑かしては、貢がせる事を繰り返している。


 自分の屋敷に招待し町に出かけては、金を使わせ自分の領地の経済をまわし、思わせぶりな発言でその気になった奴らからは毎日のように服や宝石が届いている。


 父親たちも上手くいけば歴史ある伯爵家に婿入りさせることができると、息子たちが彼女にどれだけ金を使おうが文句は言わない。

 勿論マリスにその気はなく、送ってきたプレゼントは全て売り払い、搾り取るだけ搾り取ったら、切り捨て、新しいのに乗り換える。

 中でも特段のアホが釣れた時なんかは上手くそそのかして、親のデスクから土地や店の権利書なんかも手に入れてくるという。

 その話は貴族界でも広まりつつあるが、実際に会った際のマリスはどこから見ても完璧な淑女で男達はそれが他の令嬢が広めた悪評だと思い、そしてまた自分だけは特別と勘違いしてしまう。


 しかし、この世界のガキどもはホント羽振りがいい。

 見栄と欲望にまみれた貴族界隈なんて、女からしてみれば宝物庫みたいなもんだろう。


「フッ、女には楽な世界だな。」

「あら、そう思う?ならちょうど良かった……」

「あ?どういうことだ?」

「フフ、何でもないわ。」


 意味深な笑みを浮かべたマリスは口を閉ざす。

 ……まあいい。話すつもりがないならとっとと本題に入るだけだ。


「それで、態々俺を呼び出すとはどういう要件だ?俺を直に指名の依頼となれば、それなりに高くつくぞ?」

「ええ、勿論わかっているわ、報酬もそれなりの物を用意してるし、今回の依頼はあなたにとっても悪くはない話だと思うの。」


 マリスがカップを机に置き、執事を呼ぶと俺の前に資料が置かれたので、それに眼を通す。


「王立、ベルランド学園?」

「そう、王都にある由緒正しき貴族の学校よ、私も以前は通ってた学校で、この国の貴族なら大半がここに通う事になるわ。あなたにはそこに通ってほしいの。」

「なに?」


その反応をわかっていたようで、マリスはそのまま詳細について話し始める。


「今、そこには私の従姉妹に当たるエマ・エブラードという子が通っているわ、魔法も勉強もそれなりに優秀で私と違って純粋で可愛らしい女の子よ。」


エブラート……前にこいつの従姉妹という事で一応調べさせたことがあったな。

領地も持たない男爵家で、どちらかと言えば平民に近い貴族だ。

 情報によれば当時は伯爵家であるカルタスの長女が男爵家に嫁ぐと言い出したことで、家の者に随分反対されていたようで駆け落ちの様な結婚だったそうだ。その事で両家の中は険悪になり、カルタスがエブラートを潰そうとしたらしいが兄であるコレアが止めに入って何とか止まっていたらしい。

 それ以降こいつの叔母はカルタス家に足を踏み入れていないが、コレアとの兄弟仲は悪くなく、定期的にマリスを連れて向こうに会いに行っていたという話だ。


で、話に戻るがこいつの従姉妹のエマ・エブラートについてだが、特に目立った情報はなかったはずだが……


「そいつを俺に落としてほしいのか?」

「……馬鹿言わないで、それに今その子には懇意にしている男子がいるらしいの、そしてその男の名はマルクト・。」


 マルクト……ベンゼルダ?


「そう、ベンゼルダ王国の第三王子よ。」


なるほど、そう言うことか。


「まあ、私としては王族と関係を持てるなら願ったり叶ったりなんだけど、ただ問題が一つある。」

「身分だな。」

「そう、いくら男爵家が貴族と言っても男爵家と王族とじゃ身分に差がありすぎる、世間は物語のように甘くはない。だからあなたには学園に入り彼女達の関係を確かめてほしいのよ。ただの友達なら問題ない。」

「それ以上だったら?」

「あの子をカルタス家の養女として迎えいれるわ。」


 マリスが神妙な顔で言う、それもそうだろう。

 一族が王族に嫁ぐとなれば、その家の貴族としての立場は高くなる。

 カルタス家の繁栄を目指すマリスにとっては、最大の山となるかもしれない案件だ。


「あの子は王子と結ばれ、私は王族と繋がりを持てる、お互い利害が一致してると思わない?」

「つまりお前は第三王子派に入るという事か。」

「まあ、そうなるでしょうけど、正直派閥なんてどうでもいいのよ、王になってもならなくても王族と結婚すればその家の立場は国でより大きなものとなる私が求めているのはそれだけ。当然叔母さまも承諾してくれてるわ。」


まあ、赤の他人にやるよりは血縁者の養子に出したほうが母親も安心できるだろう。

それも自分の実家だしな。


「だから後はその話の真偽と彼女の思いを確かめるだけ、その調査をあなたに頼みたいのよ。護衛も含めてね」

「護衛?」

「ええ、嫉妬に駆られた害虫どもからの。」


……ああ、そう言う事か。

この手の話はどこの世界でも同じだな。

しがない男爵令嬢が、他の令嬢を押しのけて誰もが憧れる王子と懇意にしていたら格の高い令嬢からしたら面白くないだろう。そうなると、どうなるかは容易に想像がつく。


 「叔母様の話によれば、長期休みで帰省してきたときのエマは、隠してるつもりだったようだけど、随分弱弱しかったみたい。それが王子の関係か、身分によるものかはわからないけど虐げられている可能性は高く、私としても従妹をそんな目に合わせる奴らを放っておきたくない。だからあなたには学校に通ってエマを守ってあげてほしいの。」

「話はわかった、だがどうやって入る?王子の通う学校ならそう簡単に潜入できるもんじゃないだろ。」

「それなら大丈夫、あなたには潜入ではなく正規の学生として通ってもらうわ、私があなたを貴族にしてあげる、それが今回の報酬よ。」


 マリスがそう言うと俺は執事から追加で資料を渡される、そこには俺の新しい身分とされる情報が乗っていた。


 マティアス・カルタス 十七歳

 マリスの叔父であるガバスが外で作ってきた隠し子で、マリスとは従姉妹の関係に当たる。


「これは?」

「あなたの新しい名前と身分よ。今のあなたじゃあ、もう表立って街を歩けないでしょ?だから、新しい名前と身分をあげるわ。」

「ほう……」


確かにそれは俺も感じていたとこだ、ティア・マットという人物は表にも裏にも広まりすぎている、以前と違って今では見た目の特徴も広まっており、敵が多くなった今の立場ではどこに眼があるかわからない表を一人で歩くのは難しい。


俺はそのまま資料の続きを読む。


 マティアスの母親は平民でずっと娼婦をしていたけど、最近になってその母が死に、それ以降マティアスはずっとスラムで生きてきたがそれをマリスが見つけ保護、そのまま親族として屋敷に迎え入れた。

 最近までスラムで育ったせいで、貴族としての教養はなく多少の乱暴なところも目立つところがある。


 成程、確かにこれなら言葉遣いや礼儀作法を知らなくても納得がいくな。

 ……それに自分の株も上がるような設定もしてやがる、ちゃっかりしてるな。


「平民の血が流れてる、娼婦の娘ってことで色々言ってくる子たちもいるでしょうけど、まああなたには関係ないわよね」

「ああ。」


 勿論、その程度の事を気にするようなことはないだろう、これなら特に問題も――

……娘?

俺はもう一度プロフィール欄に目を通す。


「……おい。」

「なに?」

「性別間違ってんぞ?」

「間違ってないわ、あなたはカルタス家のとして学園に通ってもらうのしてもらうの。」

「ふざけんな!俺に女を演じろって言うのか!」

「あら、あなたは私に悪役を演じさせてたじゃない?それとも人にはさせておいて自分はできないとでもいうの?」


こいつ……ここぞとばかりで過去の発言の揚げ足を……


「それに、偽装の身分にするなら、性別も違う方がバレにくいし女性としての方が仕事もしやすくなると思うけど?ほら、あなたもさっき女は楽って言ってたじゃない?」


マリスが勝ち誇った笑みを浮かべて言う、クソ、さっきの言葉はそう言う事か……


「それに学園は男女別れた全寮制なの、だから女じゃないと彼女の護衛ができないのよ。」

「それなら俺じゃなくてもいいだろ、有能な女の部下を紹介してやる。」

「そう……私的には最も信頼できる人にエマを守ってほしかったんだけど、まあそこまで嫌なら仕方ないわね、でも本当にいいの?この学園には、アンデス・ノイマンも通っているんだけど。」

「……アンデス・ノイマンだと?」


その名前に思わず飛びつく。


「ええ、あなたが依頼された標的の一人で、なかなか黒い噂もある子よ、ノイマンの子供達の中では一番下で次期当主としては一番遠い存在だけど、あの話通りなら関係ないわね。その子も王子を狙っているという話も聞くし、できればあなたに直接出向いてほしかったんだけど……」


アンデス・ノイマン……一応調べてはいたが、女でまだ子供ってことで後回しにしていた。

だが、学生という立場ならまた違ったやり方で潰すこともできるかもしれないな。しかも名前も隠せて、女性だから接触もしやすい。

クソ、どんどん断る理由がなくなっていく。


「……そもそも女装したところですぐにバレんだろ」


 確かに今の俺は他の男と比べて小柄ではあるが、それでも筋肉の付き方や、声色ですぐに気づかれるだろう。


「それなら大丈夫よ、モンベル」


 マリスが再び執事を呼ぶと執事が次に高価な小箱を渡す。箱を開けると、中には星形のネックレスが入っていた。


「これは?」

「悪戯妖精の首飾りと言って、これを身に付けると男女の性別が入れ替わるの、勿論本当に変わるわけじゃなく、見た目や声といったものだけだけど。本来は女性が防犯対策の一つとして男装する際に使うもので、普通の男性が使うなら顔を隠して活用するんだけど……あなたなら問題ないでしょう。」


それは、俺の顔が女みたいと言いたいのか……いや、実際女みたい何だろうな、実際そういった前科は今までなんどもある。

だがこれは俺のメンツに関わる問題だ、一度だけでなく二度までも女装するなんて、俺のプライドが許さねえ。

だが、合理的に考えれば身を隠すのにこれほどいい条件はないだろう。

面子か、野望か……


「……悪いが少し、時間をくれ。」

「ええ、入学の準備をして待っているわ。」


そして後日、俺はレーグニックの話を聞くと、非常に、とても非常に屈辱的だがこの依頼を引き受けることにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る