第21話 仕方がない


 次の町を目指し旅をする俺達の前に今、数体のモンスターが立ちはだかっている。

 

 モンスターの名はゴブリン、体は小さいが人間と同様に二足歩行で歩く鬼に似たモンスターだ。

 人間ほどではないがそれなりの知恵もあり、手作りの武器を手にまるで山賊の様に旅人たちに襲い掛かってくる。


 犬や猫の様に世界中のあちこちで生息しており、町の外に出れば遭遇率も高く、俺も今まで何度も戦っている。

 強さで言えば下から数えた方が早いくらいで、あまり危険視はされていないが、悪知恵を働かせるので、弱いと油断してゴブリンの罠に引っかかりやられる者達も多いと言う話だ。


 俺は目の前のゴブリン達としばらく睨み合う。

 ポッケに手を突っ込んで、ただ突っ立っている俺に対し、ゴブリンどもは武器を片手に、隙を窺っている。

 ならばと、あくびでも見せてわざと隙を作ってやる。


「ギギィ!」


 すると、それを見たリーダー格のゴブリンが合図をする様に汚い声で鳴くと、他のゴブリン共が一斉に 襲い掛かかってくる。


 飛びかかるゴブリンを避けながら手で地面にはたき落とし、真正面から突進してくる奴はカウンターでその小柄な体を容赦なく蹴り飛ばし反撃する。


 攻撃を受けたゴブリンたちはピクピクと痙攣しながら倒れると、その姿を見た他のゴブリンたちはすぐさま後退し一目散にその場から逃げていった。


 後を追えば止めを刺すこともできるが、あくまで俺はこの家族の護衛だからな、わざわざ追いかけてまで殺す必要はない。

 もしこれで奴らから金になる素材が取れるなら話は変わるが、残念ながらゴブリンは素材としての価値もない。


 ただ、襲い掛かってきた代償として今その場で倒れている奴らだけは、ジェームスからもらった短刀でとどめを刺しておく。


 俺が倒れるゴブリンの一体に近づき、そして短刀を取り出す。


 せめて苦しまないように一撃で楽にしてやろうと、うつ伏せで倒れるゴブリンのうなじに狙いを定める。


「ティア!危ない!」


 短刀をゴブリンの首に突き刺そうとした瞬間、後ろに控えていた馬車の中からマリーの声が聞こえると、突如前から矢が飛んできた矢が俺の肩を掠る。


「……」


 矢が来た方向を見ると、先程逃げたはずのリーダーのゴブリンが弓を構えていた。


 「ほう、仲間を助けにきたか。」


 一度逃げ出せたのにも関わらず仲間を助けにきたことに素直に感心する。

 今まで戦ったゴブリンやつらの中にこんな奴はいなかったからな。


 こう言う輩は敵味方関係なく嫌いじゃない、が、それとこれとは話は別だ。

 俺は戻ってきたゴブリンも含めてとどめを刺した。


――


「護衛を雇いましょう。」


 そんな戦闘があった後に着いた町での家族会議でエルザが提案する。


「うん、そうだね。流石にこれ以上ティア君を危険な目に合わせられない。」


 その提案にジェームスも賛同し、マリーは渋い表情を見せているが反対はしない。

 やはりこの前の戦闘で怪我を負ったのがきっかけの様だ。


「俺は別に大丈夫ですよ、大した怪我なんてしたことないですし。」


 無論、強がりなどではない。実際矢を受けたによる傷だってかすり傷で終わったし、そもそも俺はここ最近攻撃や魔法を受けても、大した傷を負ったことがない。


 俺はこの数ヶ月間の努力により拒食症を強引に克服すると、今までの分を取り戻すようにひたすら食った。

 食事が体づくりの基本となるのはこの世界でも同じのようで、痩せこけていた俺の体がそれなりの肉付きになると、その影響か脱走した頃よりも更に体が丈夫になり身体能力が上がっていた。


 おかげで基本攻撃は当たりもしないし、受けても大して痛くもない。


 ただやはり生身の身体なので、今回の様に集団相手の戦闘や武器や刃物の類で攻撃を受けると僅かながら傷を負ってしまう。

 それでもポーションを使えばすぐに癒える程度のものだ。


「いいえ、ダメです。そもそも、怪我をする前提で戦うこと自体おかしいんです!」


 だが、エルザはそれすらも良しとしてくれないようだ。

 こうなった母親は、もはや取り付く島もなく素直に従うしかない。


「わかりやした、でも、ギルドの護衛は信用できるんですかい?」

「大丈夫だよ、そもそも前回のような冒険者がいる方が珍しいくらいだから。あの冒険者たちの事もちゃんと報告したから、ブラックリストに載ってるだろうし、もう冒険者としては活動できないはずだからね。」

「そういう事だから、マリーもそれでいいわね?」

「……はーい。」


 未だ不服そうにしながらマリーも渋々承諾した。


 それから数日間、いつものように町で商売をした後、次の目的地に旅立つため準備を始める。

 そして俺とマリーは護衛を雇うためにのギルドを訪れていた。


 ギルドに着くと、早速次の町までの護衛依頼を発注する。

 次の町までかかる日数はおよそ三日、モンスターや盗賊の危険性も少ない事からランクはDランク依頼とした。


 費用は依頼報酬の三千ギルに仲介料の二割を上乗せして大体三千六百ギルだ。


「承りました、では、また明日ご確認に来てください。」


 これで依頼の発注は完了した、後は受注されるのを待つだけだ。

 電話という存在がないため、依頼状況ははこちらからいちいち足を運んで確認しなければならないのが少し難点ではある。


「さ、帰りましょ。」


 未だにギルドに嫌悪感をみせるマリーは用を終えると、早足で外へと続く扉へ向かう。


 まっこればかりは仕方がない、それだけの事をされたんだからな。

 俺もマリーの後について行く。

 しかし……


「あぁぁぁぁぁー⁉」


  突如マリーが立ち止まり、目の前にいる冒険者らしき奴らに向かって指を指す。

 

「な、何であんた達がここにいるのよ⁉︎」


 マリーの指さした相手は一端の冒険者でもなかなか買うことのできないミスリルの鎧を見に纏った男三人組だった。


「こいつらがどうかしたのか?」

「この人達なのよ、前に私達を置いて逃げ出した冒険者は!」


 ……ほう、こいつらが例の。

 マリーが興奮して周りにも聞こえるくらいの大きな声でそう言うと、向こうもマリーの事を思い出したようだ。


「ん?ああ、誰かと思えばあの時の商人の娘か。」


 そう言って冒険者たちは以前の事を思い出したにも関わらず、何の悪びれる様子もなく怒るマリーを見てニヤニヤと笑う。


「あんた達が依頼を途中放棄した事はギルドにも報告したから、ブラックリストに載せられたはず、なのにどうしてまだ冒険者を続けられているのよ?」

「依頼の放棄?なんのことかさっぱりわからんな、それよりもあのおっさんに言っておいてくれよ。まだ後払いの依頼の報酬をもらってないからさっさと持って来いって。」

「何言ってるのよ⁉︎護衛の雇主を放置して逃げ出しておいて報酬なんてもらえるはずないでしょ!」

「だから、逃げ出したって証拠は、あんのかよ。」

「それは……」


 そう問われると、マリーは言葉を詰まらせる、残念ながらこの世界の技術ではそれを立証するのほぼ無理に等しいらしい。


「逆に俺はお前らが報酬を踏み倒したことをギルドに報告させてもらうぜ。」

「は?そんなの、そっちだって証拠がないじゃない!」

「証拠なんていらねえんだよ。貴族の言い分と平民の言い分、どちらかが正しいかなんて証拠なんてなくてもわかるからな。」


 そう言うと男達はそれぞれの防具についた貴族の家紋を見せつけてくる。


……と言うことは、こいつらも貴族か。


 まあこの身なりからしてある程度予想はついたが最悪の事態だな。


「と言うことで、お前達のことはこの俺、デビット・ブラハムが直々にギルドに報告しておいてやるよ。許して欲しけりゃ依頼料の三倍の報酬を持って頭を下げにきな!」


 そう言い残すと、ブラハムは仲間と共に高笑いをしながら去っていった。


――


「あーもー最悪最悪最悪!」


 宿に戻った後、怒り狂ったマリーが床に八つ当たりで、何度も地団駄を踏む。

 あの後改めてギルドに確認を取ったところ、本当にこっちが違反行為扱いにされていたようで、ギルドはしばらく使えそうにない。


「まあ、二人が無事でよかったよ。仕方ないけど今回は諦めるしかないね。」

「お父さん!でも……」

「残念だけど貴族には逆らえないよ。」


 そう言ってジェームスがマリーを宥める。


「ええ、流石に貴族相手は分が悪いわ」

「そんな、お母さんまで……」


 いつもなら弱気なジェームスの尻を敷くエルザでも今回はジェームスと同様の意見らしい。


「貴族でブラハムと言えば、恐らく西部のブラハム伯爵家よね。」


 伯爵か、なかなかの権力者だな。


「なら、ギルドの方はどうするんですかい?」

「それも仕方がない、向こうにブラックリストを解いてもらうように僕が残りの報酬を持って頭下げにいくよ。」

「そんな!悪いのは向こうなのに……」

「全て仕方がないんだよ、貴族には逆らえないんだから、それにお金の方なら心配ないよこの数ヶ月、ティア君が護衛を引き受けてくれたおかげで護衛費が浮いていた分十分蓄えもあるしね。」


 と言ってジェームスは乾いた声で笑う。


 仕方がない……か。

 金の問題じゃねぇんだがな。


 権力を駆使して不正をもみ消すのはまだわかる、だが更にこちらに罪をなすりつけオマケに金まで要求される。

 ここまでコケにされて黙っていられるなら前世でヤクザなんでやってねぇんだよ。


「……俺が話をつけてきます。」

「え?」


 そう言って立ち上がる。


 要は、直接手を出さなければいいんだろう?ならばやり方なんて腐るほどある。


「い、いや、ちょっと待ちなさいティア君、いくら君でも流石に貴族相手じゃあ――」

「安心して下せえ、話をするのは貴族の方じゃありやせん。」

「へ?」

「俺が話をしにいくのはギルドの方ですから。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る