第50話 標的

「……という訳でだ、聖騎士団団員のレーグニックからの依頼により次の標的はラスタの領主ブリッツ子爵に決まった。」

「いや、という訳って言われても――」


レーグニックがここに来た翌日、町での冒険者活動から戻ってきたエッジ達に経緯を話すと、内容を聞いた四人はただ困惑を見せる。


「相手は子爵って言っても貴族だろ?そんな簡単に行くのかよ?」

「それにアッシの知ってる情報によれば、ブリッツ子爵といえば爵位こそ低いッスけど、それなりの財力を持っていて他貴族とのコネや兵力もあるって話っすよ?」


 相手が貴族と聞いてか四人はあまり乗り気ではないようだ、まあこの世界で生きていたら理由は嫌と言うほどわかるがな。


「なんだ、気にいらないのか?」

「いや、あんたの命令なら従うぜ、ただなあ……」


 エッジがパーティーの後ろの方でポツンと立つをミリスを見る。

 恐らくミリスを危険に晒したくないのだろう。


 ミリスは今、つるはしの旅団と共に行動している。

 初めはここに残るという話だったが、マーカスの鑑定スキルによりミリスが防御系の魔法を覚えていることが発覚した。


 恐らくアイアンヘッド達の暴力に耐えてる際に無自覚で覚えたのであろう、そしてそれは周囲の人間にもかけられるという事だ。


 それを聞いたミリスの志願により今では戦闘が出来ない二人に守られながらエッジ達のフォローをしていた。


「安心しろ、別にお前らに危ない橋を渡らせるような真似はしねえよ。」


 こいつらはあくまでただの冒険者だ、表で堂々と生きれる立場ではいてもらわないと。


「お前らにやってもらいたいのは、情報収集、ブリッツの治める街へ行き冒険者としてわかる範囲で情報を調べてほしいだけだ。」

「情報っスか?」

「ああ、ブリッツに関する情報は勿論、町で起った問題や目につくギルドの依頼、あとは噂話程度でいい。特にマーカスは鑑定のスキルで町で出会った人間の情報も集めてくれ。」

「まあ、それくらいならお安い御用だぜ、なあお前ら?」


 俺の答えに他のメンバーもホッとした様子を見せる。


「よし、ならお前らにはこれを渡しておく。」


 俺はレーグニックから渡されていた腕時計のような魔道具を渡す。

 なんでもこの世界での通信器具らしく、中心についた羅針盤のような石に魔力を込めると、遠くのものと連絡ができるらしい。


「へえ、これってよく兵士たちが連絡用に使ってるやつですよね?国の紋章も入ってますし。よくこんなもの手に入れられましたね。」


 農民の出のビレッジには珍しいらしくその魔道具を見て目を輝かせている。


「レーグニックのやつが兵舎で余っていたのをくすねて来たらしい。」

「そう言えば、あんたとよくつるんでた男、聖騎士団だったのか。風貌からてっきり悪党側の人間かと思ったぜ。」


 それは激しく同意だ、実際やっていることはそっちよりだろうしな。


「と言っても、これには魔力を要するから無能の俺には機能通りには使えないがな。」

「え?じゃあどうするんですか?」

「魔力はそこらで手に入る魔石なんかの微弱なものでも使える事には使えるらしい、ただ魔力が少なすぎてこちら側からは声を通せないらしいから週に一度、そちら側から一方的な定期連絡を入れてくれ。」

「成程な、了解したぜ。」

「ところであんたはどうするんだ?」

「俺はの方法で情報を集める。」


 さて、そのためにもまずはレーグニックのやつが上手く取り入れてくれたら動きやすくなるんだけどな……




――リンドンの街 領主邸


「此度はこのような結果となり誠に残念です。」


 父コレアが亡くなってから一ヶ月、その訃報を聞きわざわざ王都から尋ねて来た父の友人と名乗る男、グレイス・レーグニックからの悔やみの言葉を受けると、マリスは小さく頭を下げる。


「聖騎士団の方がわざわざ王都からありがとうございます。」

「コレア殿には我々聖騎士団も何度か助けられたことがありました。彼は優れていた貴族だっただけに、今回亡くなったことも、亡くなった理由も非常に残念で仕方ありません。」


 レーグニックは少し雰囲気に陰りがあるものの、実に聖騎士団らしい誠実な態度で接してくる。

 表向きの死因の内容が内容だけに言葉を選んでくれているが、マリスはそのレーグニックの言葉に疑問をかける。


「そうでしょうか?私は父が貴族としてそれほど優れた人に見えませんでした。」

「ほう?」


 それを聞いたレーグニックは眉を顰める。


「父は優しすぎました、常に民の事を考えていた事は尊敬しますが、それ故に他の街に比べ税は安く、かける費用は多い。叔父がお金を借りに来た際もなにも疑わずに貸して返ってきたことは一度もありません。そして私が生まれすぐに母が亡くなり、跡取りになる長男がいないにも関わらず、再婚もしようともしませんでした。父親としては尊敬できましたが。貴族としてそれが良いことだとは思えません。」


 厳しい口調ではっきり告げると、レーグニックはその特徴的な笑い方で小さく笑う。


「ケハハ、お嬢さんはコレア殿と違って随分とお厳しい考えのお方の様だ。」

――だってその甘さがなければこんな事には……


 マリスが唇を強く噛む。

 それはこの甘さが原因で父は殺された、その事を知っているからこその言葉である。

 だが、それを口にすることなどできはしない、ただでさえ人攫いの罪を着せられ世間の風当たりが強くなっている中、どこに耳がついているかわからないこの状況で、何の証拠もなしに誰かに殺されたなどと言えば更にカルタス家の貴族での立場を狭めることになる。


「で?そんなあなたはこれからどう立て直すおつもりで?」

「それは……」


 レーグニックの問いにマリスは無言になる。

 コレアを失った今、男がいないこの家では自分が伯爵家の当主となっている。

 初めは女性の自分では荷が重いと、叔父が次期当主に名乗りを上げたが、恐らく共犯者の一人であるこの男にだけは渡さないとマリスは強引になる事を決めた。


 しかし、町の住民達はコレアの人攫いの関与の事実に領主である伯爵家に不信を抱き始めており、さらに父の業務を支えていた執事は父と共に死に、さらに追い打ちをかけるように家の使用人たちが様々な理由でこの屋敷から去っていった。

 今では一部のメイドだけが残り、人手の足りなさから自らが家事をするほどになっていた。


「……正直、わかりません。ですが、私もカルタス家の娘、最後まで精一杯あがいて見せます。」


――そう、もし必要ならばこの身をけがしてでも……


「そうですか……ところで話は変わりますが、あなたは今回のコレア殿の死についてどう考えていますか?」

「え?」

「私は、コレア殿が殺されたと考えています。恐らく殺したのはコレア殿が命を絶ったとされている場所、ラスタの領主ブリッツ子爵と……」

「な⁉」

「あなたはどう思います?」


 その言葉にマリスは目を見開いてレーグニックの顔を見る。

 レーグニックは驚いた自分の顔を見てニヤリと笑っている。

 今の言葉でマリスはこの目の前にいる男が普通の騎士団員ではないと確信した。

 世間から自殺と断定された人間を、ましてや聖騎士団ともあろう人間がその容疑者の名に貴族の名前を出すなど普通ではない。

 もしかしたらこの男もブリッツ側の人間で、こちらが頷くことで、こちらの悪評を広める企てをしているのかもしれない。


――だがもし違うとしたら……


 先程まで正義の味方に思えた姿が、悪意に満ちた男に見えてくる。

 

「……わたしも、そう思っています。」


 マリスは覚悟を決めるとレーグニックの言葉に強く頷く。


「ケハハ、そうですか、ならばあなたはこれからどうするおつもりで?」

「……父の無念を晴らしたいと思っています。ですが、私一人ではどうすることもできません。」

「そうですが、なら一人紹介したい人物がいます。」


レーグニックはその言葉を待っていたかのようにニヤリと笑った。

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