第51話 マリスとティア・マット

レーグニックに連れられマリスは街の外にある教会へとやって来ていた。

 そこは以前、父が捕えた人攫い達が根城にしていた場所で、今は使われていない場所だがレーグニックは中に入ると慣れた手つきで仕掛けを作動させ隠し扉を開く。


「随分、手際がいいですね。」

「仕掛けの事は報告書に書いてあったからな。」

「それにしては手慣れています。」

「ケハハ、まあこういうのは一度わかってしまえば案外なれるもんなんだよ。」


 レーグニックはそう言うと女神像の後ろに現れた地下への階段を降りていく。

 マリスもレーグニックの後ろにつきながら階段を降る、すると降りた先にあった物に目を奪われる。


――ここは……


 目に留まったのは、少し大きめの小汚い牢獄、元がどういう場所だったかを考えるとここに攫われた子供たちが収容されてたのが容易に想像できる。


――本当ならそんな心配はもういらないはずだったのに。


 首謀者を捕らえ解決したはずの事件は、権力と陰謀によってまた振り戻ってしまった。

 牢屋の前で立ちつくすマリスを他所にレーグニックはそのまま進むと、牢屋の向かい側にある扉へ向かう。


「入るぞ。」


 軽く扉をノックすると、レーグニックは相手の返事も待たずに中に入り、マリスも慌てて追いそれに続く。

 扉の中へ入ると、中は少し薄暗くも生活感のある部屋で、壁越しの中央には会談用と見られる大きなソファーとテーブルが配置されている。

 そしてソファーの上には一人の少年が不格好にしゃがむように座っていた。


「来たか。」


 少年はこちらに目を向けると後ろに倒れソファーにもたれかかる様にして座り方を変える。

 

 年齢は自分よりも少し年下だろうか?

 綺麗な赤色の髪と紺色の眼が特徴的で、一瞬では性別の判断に迷うほどのほどの整った顔だちの少年である。


――まさか、攫われたの子が残っていたの?


 今まで攫われた子供たちと比べると歳はいってるが、これほどの容姿ならば攫われる可能性は十分にある。

 一応子供たちは救出後、身元の分かる子だけ親の元に返し、それができない子供たちは目処が立つまでカルタス家が援助している孤児院に預けたという話だったが、まさか漏れた子がいたのだろうか?

 マリスはそう考えたが、すぐにそれは違うと察する。


 この少年は攫われたにするには怯えも悲観もない、それどころかこちらを見下しふてぶてしいまでの態度をとっている。

 そして、なぜかその姿に違和感を覚えない。

 この少年は恐らく普通ではない、マリスはそう直感した。


「そっちが例の?」

「ああ、コレア・カルタスの一人娘のマリスだ。」


 レーグニックが少年に自分を紹介する、マリスは反射的に軽く頭を下げ挨拶をする。


「カルタス伯爵家当主のマリス・カルタスです。」


 マリスは近づくと改めてその少年を顔をマジマジと見つめる。

 やはり眼が行くのはその髪色と瞳だ。

 ただ、その特徴的な二つの容姿をどこかで見かけた気がした。

 街で見かけたと言う可能性も否定できないがどうも違う気がする。

 ならばどこでと考えた時、マリスはふと最近見かけた手配書の事を思い出す。


 マリスは町が危険にさらされないよう常に自分の周囲で目撃情報のあった手配犯を把握していた、そしてちょうど最近隣街で目撃されたという手配犯の事を思い出した。


――手配書で特徴的に描かれていた赤色の髪と瞳……


 更に印象付けていたのはその相手の名前だ。

 伝説の龍と同じな眼の手配犯と言う事で印象に残っていたのも大きかった。


「……あなた、貴族殺しのティア・マットですね。」

「へぇ、知ってるのか。」

「近辺で目撃証言のあった手配犯は把握していますから。」

「ふむ、少し暴れすぎたか、次からは少し気を付けないとな。」


 そう言いながらもティア・マットは特に困った様子を見せず小さく笑った。


「それで、指名手配犯のあなたが私に何か用ですか?」

「あんた、父親をブリットに殺されたんだってな?」

「……だったら、何ですか?」


 その言葉に対し自然とマリスの声が強くなる。


「実は俺は今、とある聖騎士団員からの依頼でブリット子爵を潰そうと思っている。」


 ティアマットの言った聖騎士団員と言う言葉にマリスはすぐさま隣でニヤついているレーグニックを見る。

 現状そんなことを依頼する聖騎士団などこの隣の男以外にいないだろう。


「潰す、ですか?殺すではなく。」

「ああ、俺は貴族殺しなんて呼ばれても別に殺し屋じゃないんでな。まあ実質殺すようなもんだが……」


 ティアマットは最後にポツリと呟いた。


「だが相手は腐っても貴族だ。やり方は色々あるがどれも簡単ではない、そこでだ。同じ貴族であり、ブリットに恨みを持つあんたに協力してもらいたい。」

「それは私に、悪事の加担をしろと?」

「そういうことになるな。」


 ティア・マットは言葉を濁すことなくはっきりと答える。


「上手くいけばアンタの親父さんの濡れ衣も晴らすことができるし、今後のカルタス家の地位向上の足掛かりにもなるだろう。」


 その提案にマリスは下を向きしばらく考え込む。

 それはマリスにしてみれば魅力的な提案だ、今のカルタス家は先日の一件で貴族界からも評価を落としている、もし父親の罪を晴らすだけでなく立場も良くできるというのなら決して悪くない提案ではある、しかし……

 マリスはもう一度ティアマットの顔を見る、そして口を開いた。


「……話は分かりました、すみませんが断らせていただきます。」

「やはり悪事に加担するのは御免か?」

「いえ、父の疑いを晴らせるのなら犯罪に手を染める事だってかまいません。」

「へぇ……なら何故だ?」

「あなたが信用できないからです。」


 その一言を発した瞬間、場の空気が凍った様に感じた。

 空気だけではない、ティアマットを見ていた自分の体すら凍ったように動かなくなっていた。

 その一言を発した自分を見る少年の眼はまさに恐ろしく龍に睨まれているような感覚に襲われる。


 思わず目を逸らしたくなるような恐怖に駆られるがマリスは目を逸らさずに睨み返す。

 すると、その凍った空気は、ティアマットの小さな笑い声によって解け始める。


「フ、フフッ、そうか、なるほどな。何でもかんでも信じようとするどこかの誰かさんにも聞かせてやりたい言葉だ。」

「え?」

「いや、こっちの話だ。それに一端に睨み返せるほどの度胸もある、あんた、なかなかどうして、いい女じゃねえか、気に入ったぜ。」

「へ⁉︎い。いい女って――」


 さっきとは別人のようにはにかんだ少年の賞賛の言葉にあまり褒め慣れていないマリスは少し頬を赤らめる。


「本来なら何か行動で示して信用を得たいところだが、生憎今の俺にそんな交渉材料は持ち合わせていない、だが今の状況は自分一人でどうにかできる問題じゃない事くらいあんたも分かっているんだろ?」

「それは……」


そう言われるとマリスも反論をできずに口を閉じる。


「俺は強制するつもりはない、ただもし濡れ衣を晴らそうと思うなら俺に協力することお勧めする。だが、断るというのならこの一件の事は忘れて貴族の令嬢として過ごすことだ。ここはいわば表と裏の境界線だ。」


 ティアマットはまるで目線で境界線を引くように二人の間に視線を落とす。


「今すぐに決めろとは言わない、ゆっくり考えてから決める。」

「……わかりました。」


 そう話を切りあげると、その日はレーグニックと共に屋敷へと戻る事となった。

 そしてそれから一週間後、マリスから承諾の連絡が入る事となる。

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