第57話 悪役令嬢

――2週間前


「……この方々は?」


 状況報告のために教会にやってきたマリスが、地下室のあちこちで寛ぐ薄汚い服を着た男たちを見て尋ねる。


「市場で買って来た奴隷たちだ、全員犯罪者奴隷で賊だった奴らも多いからそれなりに戦力にはなるだろう、暫くはこいつらが俺たちの兵隊だ。」


 そう紹介すると、マリスは改めて奴隷たちをじっと観察する。

 

「……そうですか、わかりました。」

「へえ、意外だな?お前のことだからもっと不満そうにするかと思ったが。」


 マリスの性格なら犯罪者奴隷の手を借りるなんて!っと感情的になるかと思っていたが意外にもあっさり受け入れる

 

「力を貸してくださるというのならどんな相手で構いません、判断はあなたに委ねてますから。」


 そう言ってマリスは覚悟が決まったのか、それとも諦めて開き直ったのか、落ち着いた口調で返してくる。


「……それで、人手が揃ったところで、この後はどうなさるおつもりです?」

「とりあえずは向こうが動くまで待つ、そして向こうが動き出したら、それを利用する。」

「利用、ですか?」

「ああ、恐らく向こうは領民を味方につけ、大義を掲げてお前を領主の座を降ろしにかかるだろう、お前はそれを否定せず悪として迎え撃て、そうすれば今後領民は誰もお前に逆らわなくなる。」

「それは、領民を恐怖で支配しろということですか?」

「そういう事になるな」


 その言葉を肯定すると、マリスは少し無言になるが明らかに表情は難色を示している。


「これが以前あなたが言っていた悪役になれという事ですか。」

「一度失った信用を取り戻すのは簡単ではない、お前がいくら否定したところで今のお前の言葉だけでは誰も信用しないだろう、それなら信用を得ようなん考えず力を見せつけ抑え込んだ方が早い。」

「……」


 そう言って諭してみるが、マリスは未だ納得いかないのか言葉を発さない。

 いや、実際は頭では理解しており、今は言い聞かせてる最中と言ったところか。

 俺はただ回答を待ち続ける、するとマリスは覚悟を決めるように大きく溜め息を吐いた後、渋々納得して見せた。


「……領民を怯えさせるのは心苦しいですが、わかりました。元々そういう話でしたしね。しかしこれだけの人達で本当に叔父様たちに太刀打ちできるのでしょうか?」


 そして今度は冷静に勝てるかどうかの心配をする。


「それなら問題ない。まず向こうは奴隷達おれたちの存在を知らない、お前一人相手にそんな大人数で動くことはないだろうし、恐らくお前の前に兵を連れて現れるときは多くても精々十人程度だ、だからこちらは二十人程度で待機して向こうが動くのを待てばいい。」

「なるほど、だからこちらからは手を出さないと。しかし先ほどのあなたの話通りなら向こうは私のところに来る際、ギルドマスターを同行させるのではないでしょうか?」


 ……やはりこいつもそう考えるか。

 まあ実際そうなるだろう。正義を掲げて領主を襲名するなら恐らく、実行の際には村の代表や町の代表を同行させるだろうな、村の代表は村の村の関係者だろうが、街の代表者は恐らく街のギルドマスターになるだろう。


 そしてここのギルドマスターは元冒険者でAランクだったと聞く、経験もあるし正直やり合うのは好ましくない。


「……まあ恐らく来るだろうな。」

「ならどうするんです?」

「そこは俺が相手を……と行く予定だったが事情が変わってな、説得することにした。」

「説得?ですが、向こうはこちらを信用していないのでは?」

「ああ、だがどうやら買って来た奴隷の中にギルドマスターと顔見知りの奴がいたからな。」

「顔見知り?」


 マリスが聞き返すと、それに合わせて話を聞いていた一人の奴隷がこちらに歩み寄ってくる。

 その奴隷は右眼に包帯を巻き、左足を引きずりあるく老人でマリスは初めその奴隷を懐疑的な目で見ていたが、その奴隷の正体に気づくと目を大きく開いた。


「あなた……まさか……」

「お久しぶりです、お嬢様……」

「モンベル⁉︎」


 その姿を見ると、マリスは先ほどまでの冷めた態度を崩し、泣き顔で老人の元へ駆け寄る。

 このモンベルという老人は買った犯罪者奴隷の一人として紛れていたが、どうやら以前はコレアの側近としてカルタス家に仕えていたらしい。


「モンベル、よくぞご無事で……」

「すみませんお嬢様、私が不甲斐ないせいでコレア様が……」

「いいえ、いいのです、あなたが生きていてくれただけでも十分です。」


 二人は暫く再開を分かち合う、そしてモンベル今までの経緯を話し始めた。


 コレア・カルタスが殺された日、モンベルはコレアと一緒にブリットの屋敷へ向かう途中に刺客に襲われたらしい。

 モンベルは他の兵士たちと共に応戦しコレアを逃したが、敵は手練れが多く、剣に関してはたしなむ程度の実力しか持っていなかったモンベルは大した時間稼ぎもできないまま敗れ、気を失ったらしい。


 気を失ったことで死んだと勘違いされ、運よく生き延びることはできたが、守るべき主のカルタスは死に、なんとか屋敷に戻ろうと自力でロスタまでは帰ってきたが怪我もろくに治療せず動いてきたことにより、足がまともに動かすことができなくなったらしい。

 屋敷に戻ることが困難になったモンベルはコレアを守れなかったことも重ね、生きる気力を無くしてしまい、償いを兼ねて適当に盗みを働いて、犯罪者奴隷に身を投じたということだ。


「奴隷市場には私以外にもガバスに逆らった屋敷の者が何人か奴隷として売られていました、……残念ながらその者たち私より先に買われてしまいましたが」

「やはり、そうでしたか。突然皆が帰省したなどとは到底信じていませんでしたが……すみません、私が不甲斐なかったばっかりに。」


 マリスが深く頭を下げる。


「しかし、殆どという事は、もしかしてまだこちらに誰かいたりするのでしょうか?」

「はい……実は一人、いるにはいるのですが――」

「おい、話はあとにしないか?」


 話の途中で遮った俺をマリスが少し恨めしそうな目で見る、しかし、少し話が逸れ始めていたことに気が付くとあっさり引き下がる。


「そうですね、すみません。」

「それで爺さん、あんたはギルドマスターと話は付けられるんだな?」

「ええ、私は彼らが冒険者だったころからよく知っています、事情を話せばわかってもらえると思います。」

「なら、そちらはあんたに任せるとして、こちちは何人か屋敷の兵士としてマリスの周りで待機しておこう。」

「それが宜しいかと、今いる屋敷の者の中にもガバスの圧力に屈してガバスについている者もいると聞いているので。そちらの方も事情を話せば味方になってもらえるかと」

「よし、ならこれで決まりだな。」


 話もまとまり、続けて屋敷に連れて行く人選を選ぼうとしたところでマリスが手を上げる。


「あの、ひとつだけお願いしてもらっていいでしょうか?」

「なんだ?」

「その、村を襲っている賊だけは、先に討伐してもらいたいのですが。」


――


 そして現在、そのマリスの要望によりエッジ達ツルハシの旅団に留守番予定だった奴隷達を率いてその賊の討伐に向かわせていたのだが、ちょうど今、討伐が完了したとのが入ってきた。


「で?状況は」


 俺は通信機を通してマーカスに尋ねる。

 俺一人では一方通行だが今はほかの奴に魔力を注いでもらっているので応答ができている状態になっている。


「とりあえず言われた通り何人か捕縛したっす、流石に全員を生捕はできなかったっす、アルビンの野郎が暴れすぎなんスよ。」


 アルビンか……


 アルビンは買った奴隷の一人で頬に傷の入った血の気の多い若い奴隷だ。

 なかなか危なっかしいところがあるからこちらに連れて行こうと思っていたが、暴れたいという本人の意向も考えて討伐側に送ったが、どうやら予想以上に暴れているようだな。


「まあいい、だがそいつらも大切な情報源だ、全員は殺すなよ?」

「了解っス」

「それで、今のところ何かわかった事はあるか?」

「はい、向こうは口を一向に割ろうとしないっスが、アッシの鑑定スキルを使ったところ、やはりブリッドの兵士であることがわかってるっス。」

「そうか、なら引き続きそちらは任せる。」

「了解っス!」


 マーカスの生きのいい返事を聞いた後、通信を切ろうとすると、ちょうど通信機を通して向こうから奴隷たちの盛り上がるが聞こえてきた。


 どうやらツルハシの旅団たちは奴隷の奴らとも上手くやっているようだな、エッジは元奴隷、山賊の頭だった奴だ、こう言う奴らの扱いはなれているだろう。

 俺は通信を切る前に向こうから聞こえてくる声に耳を澄ましてみた。


「ミリアムの姐さんの力があれば百人力だぜ!」

「ええと……頑張って」


……どうやら、支持されているのはミリアムのようだ。

まあいい。


「さてと、じゃあこちらも仕事を続けるか。」


 俺も仕事モードに気持ちを切り替えると、目の前の顔に袋を被った状態で吊ってある上半身傷だらけの男に目を向ける。


「じゃあ。続きといこうか。」


 そう呟くと、オレの言葉に反応してもがく男に血まみれの刃を向けた。

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