第58話 傷口に塩を塗る
「……俺はなあ、拷問という作業が一番嫌いなんだ、なぜだかわかるか?」
カルタスの屋敷にある地下牢の一部屋で、目の前の肉屋で吊るされている肉のように縄で縛られ、ぶら下がっている男に問いかける。
「ふご、ふごごごごっ?」
「違う、弱いものいじめをしているみたいだからだ。」
男の声は顔に被せられた袋によって遮られるが、その答えに対し罰を与えるように男の足に短剣を突き刺す。
男は足をばたつかせながら袋の中で悲鳴を上げる。
「強いやつとやり合えば自分の強さが実感できる、だが弱いもんいじめをすれば自分まで弱くなった気になる。だが、それでも拷問しなければならない時がある、それがどう言う時かわかるか?」
「ふご、ふご……」
「……面子を潰された時だ、テメェらがグランデルの罪をコレアになすり付けたことでそれを手伝った俺の仕事にもケチがついたんだ、これがどう言うことかわかるか?テメェらは俺の面子に泥を塗ったんだよ!」
説明しながら何度も剣を切りつけ、突き刺し、足を抉る、男の足は自分の血によって真っ赤に染まり、雫となって下に落ちてゆく。
「……こんなもんか。」
短剣を抜くと、そのまま男の口元だけ露出するようにするにかぶせた袋の一部分を切り取る。
相当苦しかったのか切り取ると同時に男は過呼吸のように激しく息をする。
「ま、私情を語るのはここまでにするとして、そろそろ始めるとしようか、拷問を……」
――
――……は?
ガバスはその言葉に耳を疑った。
――これだけのことをしておいてまだ始まっていなかったのか?
ここで吊るされてから数時間が経過している。
ガバスは牢屋に拘束用の鎖が付いてるにも関わらず、鎖ではなくわざわざ縄を使って吊し上げられている。
縄で吊るされることによって縛られている手首は血が止まって痺れを感じ、執拗に切り刻まれた血まみれの足は痛みの限界を超えて、感覚すらなくなっている。
「安心しろ、俺に痛ぶる趣味はない、お前がちゃんと話せばわざわざ痛めつけるようなしない、お前次第ではこれ以上痛い思いはしないで済むかもしれないぜ。」
「ほ、本当か⁉」
「ああ、しっかり
――よし、耐えろ、とにかく耐えるんだ、恐らく今は表では街にいるブリットの部下が異変に気づいてブリットに報告してるはずだ、とにかく耐えればきっと助けが来るはず、そのためにもまず時間稼ぎだ。
「じゃあまず、一つ目の質問だ、コレア・カルタスを殺したのはお前とブリット子爵という事でいいんだな?」
「待て、全て話すからその前にまずはここから下ろしてくれぬか?手首が痛くて上手く喋れないんだ。」
「……」
男は無言だったが了承したのか吊るされていたロープが緩まり体がゆっくりと降下していく。
ガバスは、要望が通ったと、少し安心するが足が床につくと異変に気づく。
足がついた場所は何やら砂場の様に柔らかく、着地するとそのまま重さによって足が埋もれていく。
――これは砂?拘束されている場所は屋敷にある地下牢と思っていたが違うのか?
そう考えたが次の瞬間それはどちらも間違いだと気づく。
「ぎゃぁぁぁぁあ!」
ガバスの足にとんでもない激痛が走る。
砂だと思っていた細かな粒が傷つけられた足の傷口に入ったかと思うと、感じなくなっていた痛みを何倍にも増幅させて蘇らせる。
あまりの痛みに宙づりの状態で暴れるとロープが再び引き上げられる。
「どうだ、塩ってのは意外と効くだろ?俺も初めての時は何度も意識が飛びそうになったもんだ。この世界での塩は貴重だからこんな事で使うことなんかはないだろう、まさにお貴族様に見合った贅沢な拷問だ」
男が何か言っているが痛みで、まるで理解ができない。ただ一つだけ、直感で理解したことがある。
この男は危険だと。
顔も見えず、話す声も子供の様な高い声なのにも関わらず、ガバスは目の前の相手に何故かとんでもないモンスターと対峙している感覚に襲われていた。
ガバスの先ほどまでの考えは一気に吹き飛び、すべて話すことを決意する、
「それで、コレア・カルタスを殺したのはお前とブリット子爵という事でいいんだな?」
「そ、そう、そうだ!」
「目的は?」
「え?」
ガバスの体が再び降ろされる。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁあ、あ、ああっあgっつ」
「いちいち聞き返すな、時間の無駄だ。目的は?」
「こ、コレアは、ブリットが開いている闇オークションの誘いになってこなかった。それで、邪魔者と判断されて今回を一件を期に消すことを考えたらしい。」
「闇オークション?」
「あ、ああ、一部の貴族達だけが参加できるオークションで違法奴隷はもちろん、盗品から魔物の売買まで、闇市よりも遥かに危険なものが売られるオークションだ。俺はブリットの誘いを受けてグランデルを使って奴隷として売る子供を集めていたんだ」
「なるほどな、それでそれらを取り締まるコレアは邪魔になったと、で?そのオークションの首謀者は誰なんだ?ブリットがトップって訳でもないんだろ?」
「そ、それは――」
ジワジワと体が床に近づく。
「ま、待ってくれ!その人物に関しては本当にワシは何も知らない、聞かされて――があぁぁぁ○×△□!」
「だったら考えろ。今までお前がブリットとしてきた会話の中から死ぬ気で答えを探し出せ、「知りません」で許されると思うなよ?」
――探せ探せ探せ探せ
ガバスは焦り、苦痛、恐怖に襲われながらも言葉通り死に物狂いで思考を巡らせた。
――ワシ等は、歴史ある貴族でそれなりの権力もある、だがそんなワシらに罪をかぶせられる者は限られておる。それは恐らく三大貴族の家の一つだ、そしてブリットが付いている派閥は――。
「わ、わかったぞ!ノ、ノイマンだ!三大貴族の一つのノイマン公爵だ。」
「……ノイマンだと?」
その名前に今まで落ち着いた口調だった男の声色が変わる。
「あ、ああ、ブリットはノイマンの派閥でノイマンは以前から、自分が所有している島で働かせるために奴隷を大量に仕入れにも積極的だった。」
「ほう……」
それから男は考え事をしているのかしばらく無言だった、そして……
「……なるほどな。じゃあ、その闇オークションに付いて詳しく聞かせろ。」
その後、ガバスは男の問いかけにただ従順に従って言った。
――
「話は終わりましたか?」
話も大体聞き出せたところで、様子を見に来たマリスが地下にやってきた。
「大方聞きたいことは聞けた。お前も何か聞いておくことはあるか?今ならなんでも答えるだろうしな。」
そう言って短剣を渡してやるが、マリスは足が血まみれで吊るされているガバスを見て顔をしかめるとガバスから顔を逸らした。
「……いいえ、特にありません。終わったのならとっとと解放してあげればどうですか。」
「へぇ……解放していいのか?」
「ええ、もうこれ以上捕らえておく理由もないでしょう。」
「そうか、それもそうだな。」
マリスの言葉にあっさり同意してみせると、マリスは背を向け出入り口の方へ歩いて行く。
「なら次が最後の質問だ、次は今までの質問よりも遥かに簡単な質問だから安心しろ、これに答えたらお前を解放してやる」
「ほ、本当か⁉︎」
「ああ、勿論だ。」
「わかった、何でも話す!それで、質問というのは?」
「お前が売った犯罪者奴隷として売ったメイドについてだ。」
その質問に出入り口に向かっていたマリスの足音がピタッと止まった。
そして、少し明るげな声になっていたガバスの声にも再び動揺が見え始めた。
俺が買った犯罪者奴隷の中にいためぼしい奴隷が売り切れていた中、一人だけ若い女性なのに売れ残っていた奴隷がいた。
そいつは精神的に壊れているのか目線が虚に揺れ、まともに言葉も話せる状態ではなかった。
「ここに仕えていた爺さんの話によれば元々は愛くるしい笑顔で笑う女だったらしいが良くもあそこまで壊せたもんだ。聞けばマリスとも仲が良かったらしいが……お前はあの女になにをしたんだ?」
「そ、それは……んぐぅっ⁉」
だが、その答えが出る前にガバスの胸に短剣が突き刺さる。
「……何をした?」
「マ、マリ……」
「アーニャに何をしたんだぁぁぁぁぁ!」
話を聞いていた怒りに狂ったマリスが短剣でガバスの胸を何度も突き刺す。
勢いよく刺すもんだから血が辺りに飛び散り自分の顔にも付着するが、マリスは構わずひたすら刺し続ける。
そして息切れでようやくその手が止まった頃には、すでにガバスはこと切れていた。
「はぁ……はぁ……あなたは、知っていたんですね?だから今あの質問を――」
そのことに対しマリスは俺に対しても同じ様に鋭い視線で睨みつけてくるが、そこで一度深呼吸をして落ち着くと、血まみれの短剣をその場に落とした。
「……いえ、なんでもありません、アーニャは今どこに?」
「教会の地下の隅でずっと放心状態で固まっている誰にも手は出さないように言ってあるから安心しろ。」
「そうですか。」
マリスはそれだけ聞くと再び戻り始める。
「どうだ?初めて人を殺した感触は?」
「……いい気分ではないです。」
マリスはそれだけ言い残すと今度は立ち止まることなくこの場所から出ていった。
さて、こちらも次を考えないとな。
「……ノイマン、か。」
まさかまたその名を聞くとはな
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