第56話 謀反

 カルタス伯爵邸の廊下に足早に移動する複数人の足音が響き渡る。

 先頭には屋敷の現当主であるマリスの叔父ガバスが歩き、その後ろには領地内にある村から代表としてやってきた男が数人、そして更にその後を武装した兵士が複数人ついてきていた。

 ガバスは彼らを率いてに廊下を進んでいくと一直線に執務室に向かい、そのまま立ち止まることなく勢いよく部屋の扉をあけた。


 部屋の中には窓際にある机で淡々と仕事に勤しむ領主のマリスがあった。

 扉の音にも微動だにせず仕事をするマリスの前にガバスが立つと、兵士たちは側面に周りマリスを囲む。


「マリスよ、貴様の領主としての行いは目に余るものがある、よって貴様には領主の座を降りてもらう。」

「今は忙しいので後にしてください。」


 資料とにらめっこを続け、自分の言葉に顔すら上げようとしないマリスにガバスは苛立ちを見せると、そのまま手で机に山のように積まれた資料を薙ぎ払う。

 マリスは大きなため息を一つ吐いた後、ようやくガバスの顔を見上げる。


「それで、何の御用でしょうか?」

「貴様の悪政に耐えかねた領民たちから私の元へ救いを求めてきたのだ、貴様よって領民達が苦しめられている、助けて欲しいとな。」


 そう言ってガバスはマリスに苦情の内容が書かれた紙を渡す。


「領民達への過度な重税に、近隣の村を襲う賊の放置、おまけに罪なき人々の冤罪での奴隷化ですか。どれも身に覚えはありませんね。」


 その言葉に代表できた村人たちが憤怒する、自分たちがどれだけ税や賊に苦しめられ他を訴える。

だが身に覚えがないマリスは顔をしかめたままだった。

 それはそうだろうとガバスは内心ほくそ笑む、これらは全てマリスの名を使って自分が行っていた事なのだから。そして、それは全てマリスの耳には届かないようにしていた。

 ここ最近雰囲気が変わり始めていたマリスもこの状況には内心動揺しているはず、そう考えたガバスは 一気に畳み掛ける。


「貴様!まさかこの期に及んで、しらを切るつもりか!ここにはしっかりと証人も――」

「いえ、そんなつもりはありませんよ。する理由もありませんからね。」

「……なに?」


 その言葉に逆にガバスが驚きの表情を見せる。


「仮にこれが事実だったとして……何が問題なのでしょう?収める税の額を決めるのも、兵を動かすのも全て領主である私が決めるもの、そこに正しい、間違いはありません。まあこの中で強いて問題を挙げるならこの税の行方ですね、これだけ税を徴収しているなら家の金庫も随分潤っていると思うのですが、私は知りませんしもし誰かが横流ししてるなら裁かなければなりませんから。」


 マリスの反論に返す言葉を無くすと、ガバスは机を叩き強引に話を進め始める。


「と、とにかく、貴様は領主としては相応しくない、これはこの地に委ねる領民全員の総意だ、貴様に代わってワシがこの地を治める!」

「総意ですか……それはあなた達も?」


 マリスがガバスに付いてきた村人たちに静かに尋ねる、村人はマリスの貫禄に圧倒されたのか応答を忘れ、ただ無言で固まっている。


「まあいいでしょう、ですがそこまでいうならあなた方にはそれ相応の覚悟はあるのでしょうね?」

「か、覚悟だと?」

「ええ、これは立派な領主への反逆行為、つまり犯罪ですよ?吊るされる覚悟はお有りなのかということです。」


 そう言った後マリスが手を叩く、するとそれを合図に自分たちの倍以上の数の男たちが部屋に入り込みガバス達に剣を向ける。


「な⁉︎なんだこいつらは?」

「私が直に雇った兵士です、最近屋敷の中に不貞を働こうとする方々が多々いたようなので私個人で兵士を雇っていたのですよ。」


 紺色の髪の少年を筆頭に全員がガバス達に剣を向ける、さすがにこの状況にはガバス陣営の者たちも焦りを隠せずにいた。


「クソ!おい、早くここに他の奴らを呼べ!そうすれば――」

「ああ、ちなみに言っときますと、私たちのほうも他に兵士がいて、もう既に動いていますのでこの屋敷にいるのはもうあなた達だけですよ?」

「ま、まさか……知っていたのか?今日動くことも?」

「ええ、あなたの動きはこちらの兵士にずっと連絡してもらって把握していましたから。領主になるつもりならもう少し自分の兵に眼を向けたほうがいいですよ?でないと兵士の顔ぶれが変わっていたことすら気づかないでしょうからね。」


 ここ最近表情を見せなかったマリスが、一番の笑顔で微笑みかける、ガバスはその笑みにただ恐怖を見ることしかできなかった


「それで?あなた方も私に楯突くと?」

「ひぃ!い、いえ、私たちはそんなつもりは――」

「な⁉き、貴様ら!」


 ガバスの兵士たちがあっさり剣を下に置くと、残るガバス一人に剣が向けられる。


「さて、伯父様。あなたにはいろいろとお聞きしたいことがありますが、私は先に村の代表このかたがた達とお話がありますので、そちらの方は任せてよろしいですか?。」


 マリスが紺色の髪の少年に尋ねる。


「手荒くなるがいいんだな?」

「……構いません。すべてあなたに任せます」

「了解した。」


 紺色の髪の男が兵士の二人に眼で合図をすると、兵士たちは無言でガバスの腕を掴む


「ま、待て!ワシの話も聞いてくれ!ワシはこの者たちにそそのかされただけで――」

「連れていけ」


 ガバスは男たちに引きずられながら部屋を後にする、ガバスの必死にすがる声が部屋の外まで聞こえてきてマリスは完全に聞こえなくなったところで村人たちに先ほどと同じような笑みを浮かべる。


「それでは改めてお話を伺いましょうか?」

「……」


 その後、マリスと村人たちの間で行われた協議が行われたが、一連の流れを見ていた村人たちはただ、マリスの言葉に頷くしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る