第116話 決着①

「ハァ……ハァ……見えて……いたのか?」


 胸を剣で貫かれたベルゼーヌが血を吐き出しながらアルビンに問う。

 その問いに対し、同じく満身創痍のアルビンも息を整えながらゆっくりと答えていく。


「ハァ……ハァ……いや、全く分からなかった……ただ、なんでか分からなかったが、あんたならあそこで仕掛けてくると思って直感で避けたんだ。」


 ――……なるほど、最後はやはり経験だったか。


 恐らく本人も気づかないうちに、この戦いでこちらの動きを学習し、体が反応したのだろう。

 ならば自分はやはり最高の一撃を繰り出せていたんだなと、ベルゼーヌは躱されながらも満足する。


 ――ステータスやスキルだけでなく、戦闘センスもずば抜けている.


「見事……だ……グフッ。」


 ベルゼーヌは崩れ落ちそうになるが、まだ倒れまいと最後の力を振り絞り体を剣で支える。

 そしてもう一度アルビンに強い眼差しを向けた。


「最後に……一つ……頼みがある。」

「ハァ……ハァ……なんだ?」

「あ、あいつの……面倒を見てやってくれないか?」


 ベルゼーヌが手を震わせながらふらふらと指をさす。

 その先にはベルゼーヌの甥であるジルが自分を指名されて戸惑いを隠せないでいた。


「……あいつは?」

「兄の……息子だ……今は……弱いが……磨けば必ず強くなるだろう……お前の元で……ぜひ経験を積ませてやってほしい……」


 ――かつての俺と兄上のように。


「……ああ、わかったよ。」


 アルビンから承諾を得ると、ベルゼーヌは満足そうに笑みを浮かべる、そして力尽きると地面に倒れこみ、重くなる瞼にも抵抗をみせることなくゆっくりと眼を閉じた。


 ――殺しを生業として数十年。おかしなものだ、死ぬ覚悟なんてとっくにできていたつもりだったが……フッいざ目の前にすると死を恐れている自分がいる。やはり、死の間際の感情なんてその時にならないと分からないものだな。


 ベルゼーヌはアルビンや団員達に見守られながら息を引き取る、そしてベルゼーヌの死を見届けたアルビンも仰向けで勢いよく地面に倒れこむと、そのまま意識を失った。


「……終わったのか?」

「みたいだな。」

「ベルゼーヌ、最後のお前はまるでゲインだった……いや、ゲインとは違う魅力と強さがあったぜ、これからお前が率いるブラッディラビットも見てみたかったが……残念だ。」

「叔父上……」


 ベルゼーヌの死に団員達がそれぞれ最後の思いを口にする。

 ギニスは団長を殺された怒りで、襲いかかる事も想定してアルビンを守ろうとするが、ブラッディラビットの団員達はギニス達に声をかけることなくベルゼーヌと仲間の死体を抱えるとそのままその場を後にした。


 ブラッティラビットが全員いなくなったのを見計らって、竜王会の者たちはアルビンに近づく。


「こいつ、生きてるんだよな?」

「恐らくな。ただ――」

「もし死んでいても満足そうだな。」


 そんなやり切った表情を見せたままアルビンは倒れていた。


 ――


 ――な、なんなんだ、なんなんだこの女は?


 目の前で起きている光景に、ビビアンは息もできぬほど硬直していた。

 ビビアンが兵士達を生贄に召喚したのはSランクに認定され別名『陸の王者』と呼ばれているモンスター、『ベヒーモス』の上位種に価する『キングベヒーモス』である。


 元々数が少なかった事に合わせ環境や人間による討伐、ドラゴンとの生存争いに敗れたことなどにより絶滅した古代種ではあるが、それでも魔道具などに封印されて生きながらえている事も珍しくはない。


 そしてその強さはモンスター界でも最上位クラスの実力であり、強いといっても所詮は人間の中での話であるメーテル一人では太刀打ちできまいとビビアンは勝ち誇っていた。

 だが、そのモンスターは今、そのメーテルに一方的に攻撃を受け、弄ばれていた。


 麗しい黒髪と整った容姿、ジッと見つめられれば動けなくなる可憐な赤い瞳。

 そして、ベヒーモスの攻撃で破れた服の間から露出している肌には蜥蜴のような鱗が見え隠れしている。

 普段ならそちらの方に目線が向かうのだろうが、今はメーテルの背中にいつの間にか生えていた翼に釘付けになる。

 何故なら蜥蜴族に翼が生えているなど聞いたことがないからだ。


「封印されていたせいか精度はあまりよろしくないですね、それでも流石キングベヒーモスといったところでしょうか?どれもいい素材ですね。」


 片手で押さえつけられたキングベヒーモスが必死で藻掻くがメーテルは全く動じず、キングベヒーモスの体の品定めをする。

 既に爪や牙、鬣など目ぼしいところは引き抜かれ、メーテルの傍に置いてある。

 メーテルは他に使えそうな部位はないか、キングベヒーモスの体を一通り触った後、最終的には目玉をくりぬき、陸の王者と呼ばれたキングベヒーモスはまるで子犬の様な悲鳴を上げる。


「さて、こんなものでしょうか?毛皮はあとで解体させるとして、私に力を使わせた代償としては少々手ぬるい感じがしますが、我が主は弱い者いじめがお嫌いの様なのでここら辺にしておきましょう。」


 散々キングベヒーモスの体を抉ったあと、メーテルは素手で体を貫きそこから馬車の車輪ほどの大きさの心臓を取り出す、

 そしてキングベヒーモスの巨体がドサリと音を立て倒れた。


「さてと。」


 メーテルは抜き取った心臓を握り潰すと、次にこちらに視線を向ける。


「では、さっさとあいつを始末しに行くとしましょう。」


 ――ヒ、ヒイイく、来るなあ!


 叫びたくても声が出ず、命乞いもできない、ビビアンはゆっくり近づいてくるメーテルに恐怖するが、何故かメーテルはビビアンに眼もくれずそのまま素通りしていった。


 ――た、助かったのか?


 そう安堵した直後、ドサっと何かが倒れる音と共に視界が傾く。


 ――な、なんだ?体が動かな……そう言えばさっきから声も、と言うか息も……


 そして視界の端に何故か自分の体らしきものが見え、ビビアンはそこで気づく。

 自分は既に殺され首から胴体が離れていることに

 ではなぜ自分は今意識があるのか?そう考え始めた途端、恐怖や絶望が一気に押し寄せ、ビビアンの意識は壊れていった。



 ――


「この野郎……」


 ビビアンの屋敷でオギニ・ブランドンと戦い始めてそれなりに時間が経っているが、未だにお互いに大きな動きは見せていない。

 というのもこいつはさっきから俺とまともに勝負をしようとしてこない。

 俺はこの男がハンマーで地面から作り出した次から次へと出てくる人形に阻まれ近づきさえできずにいる。

 一方この男はと言うと、人形でコチラを足止めをしつつ、床の破片をハンマーで叩いて飛ばしてくるが、死ぬほどの殺傷能力はない。


「おいテメェ、殺る気あんのか⁉」


 オギニはその問いに答えない、それが答えと言っていいだろう。


「てめぇ、どういうつもりだ?」

「俺にお前を殺す理由はない。」

「なに?」

「どちみちあの女が向かった時点でこちらの負けだった、そして俺は主人を守れなかった責任を命を持って償う。俺はあの女が帰ってくるまで、お前と戦い続けるだけだ。」


 なるほど、そこまでがこいつの台本か。

 主人を殺して死ぬより、主人を守れず、主人を殺した相手に負けて死ぬ方がまだ尾が付くからな。


「やっぱり気に食わねぇな、その上から目線。お前、俺には負けないと思っているのか?」

「実力ではなく相性の問題だ。見たところ、貴様はステータスは高いようだが大したスキルは勿体なさそうだからな、武器も剣スキルだけといったところか?近づきさえしなければ負けることはないだろう。」

「……成程、随分見くびられたものだな。」


 俺は腕の形をした魔剣を剣に戻すと、もう片方の手で持つ。


「無駄だ、いくら魔剣を持とうが私に近付けなければ使えまい。」


 呆れるように言うオギニの言葉に思わず鼻で嗤う。

 そして俺は魔剣の刃を腕のない方に向ける。


「……何をするつもりだ?」

「おい、あんなこと言われてるぞ?俺に力をくれるんだろ?こんなんじゃまだまだ足りねえぞ、餌やるからてめえももっと気合い入れろや!『魔剣ヴェノム』」


 自然と出た魔剣の名を呼ぶと俺は片腕のない方の肩を魔剣で切りつける。

 魔剣の刃が俺の血で満たされ、そして吸収されるように消えていく。

 そして先ほどの俺の声に応えるように、魔剣から闇と血が混じったようなオーラが溢れ出し部屋全体を覆っていった。

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