第115話 完璧な一撃

アルビンの言葉に吹っ切れたベルゼーヌは、小さく笑みを浮かべると一度眼を閉じる。

 そして次に眼を開くと、笑みを消し、まるで獲物を狙う蛇の如く鋭い眼光でアルビンを睨みつけた。


「……アルビン・ヴィクスン。この戦い、俺との一騎討ちで決めないか?」

「あん?」


 元々一対一じゃねえか、と言いたげに眉をしかめるアルビンに対しベルゼーヌは続けて説明する。


「今争っているこの抗争の決着のことだ。今や影無き蛇の奴らも、デオンの言葉に乗せられ裏切ったお前のとこの奴らも逃げてもうここにはいない。このまま続けても俺たちかお前たちどちらか全滅するまで戦うことになる。そうなれば結局勝った方も無事では済まないだろう。」


 今戦っているベルゼーヌ側についているのは、忠実に任務をこなすものや利益を優先する団員達、ビゼル側についているのはゲインのいた頃を知る古参や血の気の多い団員達、どちらも実力は互角でこのまま戦えば勝っても被害は大きくなる。

 ベルゼーヌはこの戦いが終われば勝敗関わらず、ビビアンの庇護下から離れることを決めており、そうなれば手負いの組織を周りが野放しにしておかないだろう。


「だから、俺達の勝負で戦いを終わらせたいんだがどうだろうか?」

「んーそう言うのは俺が決めてもいいかわからねえが……まあ、いいか。全部あんたに任せる。」


 ――フッ、俺にかける言葉まで同じか。


 かつて兄に提案した時と同じ言葉が返ってくるとベルゼーヌは思わず口元を緩ませる。もし、転生なんてものがあったならもしかしたらこいつの前世は兄上だったのかもしれない、そんな馬鹿げたことを考える。


 二人が同時に剣を降ろす、そしてベルゼーヌが一度周囲を見渡すと大きく息を吸い込んだ。


「お前ら止まれぇ!」


 ベルゼーヌが大声で号令をかけるとまるで訓練をやめるかのように殺し合いがピタリと止まる。

 ベルゼーヌ側の者たちは団長の言葉に忠実に従いすぐに武器を降ろし、敵対しているビゼル達も長い間下で働いてきたからか、ベルゼーヌの声に自然と動きを止める。

 そして竜王会の者たちも困惑しつつ、それに合わせて動きを止めた、ここにいる者たち全員が一斉に二人に注目する。


「……どういうつもりだ、ベルゼーヌ?」


 神妙な顔つきでビゼルがベルゼーヌに問いかけると、ベルゼーヌは全員を見渡す。


「まず先にお前たちに謝っておきたい、俺は今回の一件でお前たちの考えが俺と違っていたことが分かった。俺は兄ゲインが死んだ後、家族がいたことを知り他の者たちにも大切な人がいるんじゃないかと思い、危険な仕事をさせて死なせることが怖くなった。だが、それは間違いだと知った、ここにいるのは『殺し屋』ブラッディラビットのメンバーだ。その覚悟も持っていないと勘違いしていた。それはお前達への侮辱だったんだとわかった。それを知らず長い間腑抜けた組織で働かせていたのを申し訳なく思っている。」


 そう言ってベルゼーヌが頭を下げる、ビゼル側についた方は何も言わずベルゼーヌの言葉に耳を傾けている、それを見てベルゼーヌは言葉を続ける。


「俺は今からこいつとこの戦いを決める一騎討ちをするつもりだ、だから、もし勝ったららもう一度チャンスをくれないか?今度はお前らが知るブラッディラビットの名に恥じない組織にする。」


 そう言って決意を表明するとその言葉に団員たちは少しざわつき始める、そしてその中で敵対した団員の代表者であるビゼルが口を開く。


「……話は分かった。いいだろう、だが一つ条件がある。」

「なんだ?」

「もしお前が勝ったら続けて俺とも戦え、この部外者の若造に俺らの命運を託すつもりはない。」

「フッ、いいだろう。」


 口ではああいっているが、ビゼルは先ほどまでのアルビンとの戦いを見ている、性格からしてアルビンのことは既に認めているはずだ。

 恐らくこいつは自分と戦う口実が欲しいのだろう。


 ――お前はそういうやつだったな。


 出会ったのは、貴族の依頼で選りすぐりの殺し屋が集められた時だった。喧嘩を吹っ掛けたビゼルがゲインに半殺しにされ、それをきっかけに何度もやってきてはゲインに挑み殺されかけていた。

 組織に入ったのもゲインと戦いやすくなるからという理由だったはずだが、そうやって二人は歪な親友関係を築いていった。

 もう何十年もの前の話になる。


「おい、アルビン一体どうなってるんだ?」


 勝手に話がまとまりつつあるのを見て、竜王会が困惑する中、まとめ役であるギニスが代表してアルビンに訊ねる。


 しかしそんなギニスの問いに対し、アルビンはベルゼーヌとは違い「うるせえ」の一言で説明を終わらせる。


「さて、じゃあとっととおっ始めようぜ。」


 先ほどとは違い、全員が堂々と見守る中、アルビンが再び剣を構えるとベルゼーヌも片手に剣を仕込み、カモフラージュ用の剣を構える。


 普通に戦えば恐らく、ベルゼーヌは覚醒したアルビンにはもう勝てないだろう。

 しかし、今のアルビンは覚醒するまでに何度も深手を追っており、立っているのが不思議なくらいだ、そして、こちらはほぼ無傷、状況的に言えば圧倒的に有利である。


 ――時間をかけることもない、あと一撃入れるだけでいい。


 推測が正しければアルビンは感覚で感じ取ってるだけでこちらの剣は見えていない。

 ならば自分は視覚だけでなく殺気すらも出さず完ぺきに隠しきってアルビンにとどめを刺す。

 それは今の自分では難しくこれができたなら更に強くなれるはずだ、そう考えると胸が高鳴る。


 ここに来て、やはり兄と自分は血が繋がっているのだと自覚する。


 ――そういえば兄上とは一度も戦った事はなかったな。


 家にいた時はお互いそれどころではなかったし、家を出てからは殺し合いばかりで手合わせなんてしていなかった。アルビンとの戦いをゲインとの戦いと仮想すると少し楽しみに思えてくる。


 ――アルビン・ヴィクスンよ、危機を乗り越えて成長するなら俺を倒してさらに強くなれ、俺もお前を倒して成長しよう。


 修羅場を潜って成長したあの頃のように二十年もの間腑抜けた刃をもう一度強くしよう。


 ベルゼーヌが受け身の構えを取ると、それを見てアルビンは突っ込んでくる。

 そして激しい剣のぶつかり合いが始まる。


 ――だいぶ疲労が溜まっているかかなり鈍っている、これなら十分防げる。


 寧ろ死にかけの状態でまだこれほど動けるのかと感心すると同時になおさら負けられないと、気合を入れる。

 ベルゼーヌは戦いの中で観戦していているジルの姿を何度か目に映す。


 ――いい眼だ、俺たちの戦いを見て熱くなってやがる。


 今日まで鍛錬や剣の指導はしてきたがあまり実力はついてこなかったので、直接的な仕事はさせてこなかった、今はそれが燻っていた原因だとわかる。


 ――お前は兄上の息子だ、俺のせいで燻っていたが、もっと死線を潜ればお前も強くなれるはず。


 勿論、平和に生きたいなら今まで通りでも問題ない。ただ今のジルの顔を見ればその選択肢があるようには見えない。

 ジルとはそういった話はしたことがなかった分この戦いの後は色々話そうと思う、そのためにもまずはこの戦いに勝たなければならない。


 ――今だ!


 その一撃は今まで戦ってきたベルゼーヌの中で最高の一撃だった。

 殺気を完全に消し、自然体の動きで最高のタイミングで見えない刃をアルビンに向けた。

 成長できた証ともいえる完璧な一撃、恐らくアルビンも気づかなかったはず。


 ――そう、まさに完璧……なはずなんだ。


 しかし、その一撃はアルビンには届くことはなかった。

 まるで見抜いていたかのようにアルビンはその一撃を避ける、そしてその一撃に全てを込めていたベルゼーヌは避けられたことで大きな隙を作り、アルビンはそこに全てを叩きこむように雄たけびを上げながらベルゼーヌの胸を剣で突き刺した。

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