第114話 ブラッティラビット②

ゲインとベルゼーヌが屋敷を後にしたその日、二人は国から追われることになり逃亡生活が始まった。

 二人は各地を転々としていたが、その行く先々に自分たちの手配書きが貼られ、街の住民達は自分たちを見かければ即座に衛兵に通報した。

 街の衛兵、賞金稼ぎ、そして弟達の母親の実家が送り込んだ刺客が場所も昼夜も問わず命を狙いにやってきた。

 ゲインはそんな状況でも楽しそうに戦い、一方ベルゼーヌは殺されまいと死に物狂いで抵抗し生き抜いた。


 そんな修羅場をくぐり抜いて来たこともあって、二人はさらなる成長を見せていた。

 しかしベルゼーヌは、常に警戒が解けず気を緩められない毎日に精神的に追い詰められていた。


「国を出よう、兄上。」


 そして、そんな日々が一年ほど続くと、限界に達したベルゼーヌが切り出した。


「もうどの町でも僕たちの顔は知られていて身を隠すのも限界だ、これじゃあ休むこともできない、このままではいずれ二人とも疲れ果てて死んでしまうよ、兄上もそんな死に際は望んでいないだろう?国を出てまた一から始めよう。」


 あくまでゲインのための提案と、ベルゼーヌは言い訳を並べて説得する。

 それくらい今のゲインは狂気じみていた。

 断られる事も考え不安な様子で提案したが、ゲインは意外にあっさりと承諾した。


「ああ、いいぜ。」

「ほ、本当?じゃ、じゃあ逃亡先の事なんだけど……」

「お前に全部任せる。」


 面倒だっただけかもしれないが自分に任せると言ってくれたゲインにベルゼーヌは、昔はよく感じていた兄らしさを思い出した。


 ゲインから承諾を得たベルゼーヌは、スラム街に身を隠していた時に知り合った密売を生業とする組織、闇越後からの提案もあって、別の大陸にある大国ベンゼルダへと向かうことにした。


 幸いにも帝国を出るのは思ったよりも簡単だった、後から聞いた話では手に負えなくなりつつあるゲインを追い出すために帝国側と闇越後の間で取引があったという事だった。


 そしてベンゼルダに着くと、二人はブラッティラビットという名で殺し屋家業を始めることにした。

 殺し、用心棒等の仕事はゲイン、そして依頼の窓口や暗殺等の仕事はベルゼーヌが担い、どんなに危険な依頼でも引き受け完璧にこなしていった。


 二人の実力は裏社会で瞬く間に広がり、五年も経てばその界隈で二人を知らぬ者はいないほどになっていた。評判が上がるにつれ、依頼が増えると二人じゃ捌ききれなくなったので、ベルゼーヌは兄と相談し、ブラッティラビットを組織化することに決めた。


 リーダーは兄でありゲインだが、事実上組織をまとめていたのはベルゼーヌだった。

 ゲインには人を惹きつけるカリスマ性があるが他人の事を考えるような性格じゃないと考え、ベルゼーヌが提案したことだったがゲインもそれを快諾した。

 今や殺し屋界隈で知らぬ者はいないブラッティラビットの名に殺し屋たちが集まり、ベルゼーヌの思惑通りゲインの強さに惚れ込んだ用心棒や賞金稼ぎもやってきた。

 そしてブラッティラビットは瞬く間に最強の殺し屋集団へと呼ばれるようになった。


 人が増え、ゲインやベルゼーヌが前線に出ることは減ったが、危険な標的は全てゲインに回していた。それはどんな相手でもゲインなら殺すだろうという信頼から来たもので、なにより兄もそれを望んでいると考えていたからだ。

 ゲインのことは弟である自分が一番知っている、そう考えていた矢先のことだった。


 任務中にゲインが死んだ。

 どうやら依頼主の貴族に騙され、標的を始末した後、罠に嵌められ仲間共々騎士団に引き渡されたらしい。

 ゲインはその際に薬を盛られていたこともあって、思うように動けないまま騎士団長相手に敗れ命を落としたらしいが、不思議と怒りや悲しみはなかった。


 こういう仕事をしている以上こうなることは覚悟してきたし、ゲインの性格上、万全でなかったとはいえ自分よりも強い相手に敗れ死んだことは本望だっただろう、ベルゼーヌはそう考えていた。

 ……ゲインの子供の存在を知るまでは。


 ゲインが死んでからの数日後、いきなり組織にやってきたのは拠点としている街の酒場で働く女性で

 その腕には兄と同じ髪と眼の色をした赤子を抱えていた。 

 女性はかつてゲインが殺した男の子供で、意外なことにゲインはその娘を孤児院に入れ、その後も何かと気にかけていたらしく、よく孤児院に訪れていたらしい。


 ずっと戦闘狂と思っていた兄がそんなことをしていたなど思ってもいなく、そしてそんな兄の一面を知ったベルゼーヌはそこから強い恐怖を覚えた。

 もしかしたら自分は大きな勘違いをしていたのかもしれない。戦いで死ぬなら本望だったなんてのも自分の思い込みで本当は死にたくなかったのでは?

 誰よりも知っていると豪語していた兄のことが全くわかっていなかったのではと、毎晩不安に駆り立てられ夢にうなされる。


 そしてそんな者たちが他にもいるんじゃないか?そんなことを考え始めてからは昔のように任務を受けることができず、この一件をきっかけにブラッディラビットは大きく変わっていった。


 ――


 ガキン!という金属がぶつかる音がなると戦場の地面に一つの短剣が零れ落ちる。


 ――まただ、また俺の攻撃防いだ。


 防がれたのはこれで三度目になる 一度だけならまだしも三度も続けてとなると偶然とは言えないだろう。


「本当に見えているのか?」

「ああ、見えねえけど見える、なんでかわからねえがお前が戦ってるときに右手で短剣を投げてるのがな。」


 やはり本当にこの男は自分の攻撃が見えている。いや、見えているというより、感じとっているのであろう。


 恐らく、覚醒により目覚めたのは大幅なマナの向上と、マナを感じとる感知能力。

 これが優れていれば危険回避にもつながる、近接戦を主戦とする剣士には必要不可欠な能力ともいえるだろう。


 ベルゼーヌが持つスキル『ステルスアイテム』は右手に持つ物を透明化にする能力である、暗殺に使うには最高の能力だが、騎士らしくないと言われラビット家では嫌われていた能力だった。

 だが、家を出た後はこの力に幾とどなく助けられた。


 ベルゼーヌは袖に短剣を仕込み、敢えて片手剣を両手で構え手が塞がっているように見せながら自然に短剣を投げつける。勿論言葉でいう程簡単なことではなく、これはベルゼーヌが生き残るため、人を殺すために磨き上げた技術である。


 だがこれだけボロボロになりながら、防がれているとなればもう自分の剣はこいつには届かないだろう。

 ベルゼーヌはアルビンの顔を改めてみる、顔は血まみれで頭は揺れるようにふらついている、小突けばすぐにでも倒れてしまいそうだが、近づけば一瞬で首を持っていかれる、そんなギラついた眼をしている。

 狂気に満ちた眼、楽しそうな表情、勝てる気がしない……ベルゼーヌはそう感じてしまった。


「卑怯と言うなよ」

「別に言わねえよ、そんな発想が出ることに馬鹿とは思うけどな。」

「フッ、そうか。」


 やはり似ている。


 見た目も年齢も何もかもが違うのに考え方がまるで兄そのもので、時折兄と話をしている錯覚すら感じてしまう。


 ――……どうせなら聞いてみるか。こいつならわかるかもしれない、あの答えに。


「……お前に一つ尋ねたいことがある。」

「なんだ?」

「お前は死が怖くないのか?」

「愚問だ、死なんて怖がってたら強くなんてなれねえだろ。」


 想像通りの答えが返ってくる、それはきっと兄に訊ねても同じ答えが返ってきただろう。


「ならば仮にお前に守るものがいたとしてもか?」

「あん?」

「もしお前に子供や愛するもの、家族ができたとしてもお前は死が怖くないのか?。」


 アルビンは不可解な表情で聞き返す。

 ゲインとは違いこの男はまだ子供も女もいないだろう、そんな奴に質問したってちゃんとした答えが返ってくるわけがない。


 だがそれでも自分よりは兄の気持ちがわかるのではないか、そう考えたら尋ねずにはいられなかった。

 その質問に対し、アルビンは鼻で笑うと考える間もなく即答した。


「女も子供もいねえから分からねえが、まあいたとしても関係ねえよ。」

「お前が死ねば家族が残されることになるかもしれないんだぞ?」

「関係ねえって言ってんだろ、俺みたいなやつと連れになるような女だ、それくらい覚悟くらいしてるだろうよ、もしそれで悲しむならその女がバカだっただけだ。俺は悪くねえ」

 ――⁉


「……フフ、フハハ、フハハハハハ!。」

 答えを聞いた、ベルゼーヌは戦闘中にもかかわらず大声で高らかに笑った。

 その笑い声に周囲で戦っていた他の団員たちが思わず手を止めこちらを見る。


 ――そうだ、まさにそうだ。きっと兄ならそう考えただろう。


 実際、彼女はゲインの死を悲しむことはあっても嘆くことはなかった。

 金を要求するわけでもなく、ただゲインの血を流れている子供をこちらに預け、彼女自身は修道女となっている。


 誰に責められたわけでもないのに勝手に責任を感じていた、だがこの男の言葉で吹っ切ることができた。


「礼を言う、お前のおかげで俺も前に進めそうだ。」

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