第113話 ブラッディラビット①

覚醒……それは自分の壁を破り、潜在能力が引き出され爆発的に成長する現象である。

 暴力から身を守るための防衛本能から、ふとしたことで自分の中にある力を理解する者、はたまた他者から強引に力を引き出される者など、きっかけは様々でなら誰にでも起こる可能性がある。

 だが、覚醒するのはほんの一握りで殆どの人間が己の限界を到達することなく人生を終えてしまう。


 ベルゼーヌの考えではアルビン・ヴィクスンは本来なら三度目の既に致命傷を負っていた筈、だがそれでも倒れなかったと言うことは恐らくその時点で覚醒が始まり、マナが増え防御力が増し攻撃が急所まで届かなかったと言うことになる。


 だが気になったのは、アルビンのその行動だ。

 まるで初めから覚醒するのがわかっていたようにアルビンは何度も立ち上がり、ベルゼーヌに立ち向かってきた。


 ――まさか、本当にわかっていたのか?


 いや、それはない。恐らく覚醒することなぞ考えずにただ自分との戦いで強くなれることを信じて挑んできたのであろう。

 ベルゼーヌがそう思ったのは血まみれになりながら笑うアルビンの姿がかつての兄、ゲインの姿と重なっていたからだ。


 ――


 ベルゼーヌ・ラビット……それはベルゼーヌの幼少のころ名前だった。

 アルド帝国の名門騎士の家柄として知られるラビット家、その正統後継者の血筋として生まれたベルゼーヌと兄のゲインは次期当主候補である長男と次男という立場でありながらラビット家で蔑まれていた。

 誰よりも努力しながら一向に成長が見られないゲインと、騎士に力を持つベルゼーヌ、騎士の家系であり実力主義であるラビット家でこの事は致命的で 、更に幼いころに亡くなった母の代わりに来た新しい夫人との間に生まれた二人の異母兄弟の弟たちはベルゼーヌ達と違って剣の才能をしっかりと持っていた。


 才能のない二人に興味を亡くした父は三男である弟を後継者に指名し、四男をその補佐として育て始めた、その影響もあってベルゼーヌとゲインは家での立場を失っていった。

 使用人もつけてもらえず、部屋も食事も弟たちとは違い奴隷に近い扱いにされ、更に夫人の親族で固められたラビット家の騎士たちは、訓練という名目で二人を苛め抜いた。


「兄上、僕はこんな生活辛いです、兄上は辛くないんですか?」


 薄暗い部屋の中、傷だらけになり塞ぎこむ幼いベルゼーヌが部屋の中で木剣を振るゲインに訊ねる。


「強くなれるなら、構わないさ。」

「でも、兄上は一番努力しているのに全然強くならないじゃないですか?」


 言った後すぐに失言と気づいたベルゼーヌはすぐに謝ったが、ゲインは気にすることなく剣を振る。


「何かが足りないんだ、その何かさえ掴めればきっと……。」


 そしてそんな日々が続く中、事件は起こった。

 その日、ゲインは夫人の弟であり自分たちの叔父にあたる男から実技訓練という名目で真剣で訓練を行っていた、ゲインなんかに負けるわけはないと見下した考えで行った訓練だったが油断していた叔父はふとした拍子にゲインに胸を刺し貫かれてしまった。


 心臓を一突きで貫かれた叔父は即死で、催し気分で見に来ていた夫人は弟を殺されたことに悲鳴を上げた。

 ゲイン如きが事故で仲間を殺した事に腹を立てた他の騎士達はすぐにゲインを取り押さえにかかった。

 ……だがその瞬間、ゲインは取り押さえに来た騎士達を一瞬にして切裂いた。


「……そうだ、これだ!この感覚だ!ハハハ!やっとわかった、足りなかったのはこれだったんだ!」


 初めて人を殺したのにも関わらずゲインは楽し気に笑い、人の目からもはっきりと見えるほど体からマナが溢れ出ていた、その場の騎士達はすぐにゲインが覚醒したと気づいた。

 そして次にその笑顔を自分たちに向けるゲインに騎士達は青ざめる。


「つ、ついに目覚めたのですね!さすが、ラビット家の次期当主です。」

「我々、この日を心待ちにしていました。」


 ゲインの異変にすぐに察した兵士たちはすぐさま態度を一変させる。

 だがその様子に状況を把握できていない他の弟たちは黙っていなかった。


「油断させて身内である叔父上を殺すなんて、なんて卑劣な!騎士道の風上に設けぬ」

「そうだ、こんなやつ。もはやラビット家の人間ではない!即処刑に――」

「だったらお前らが俺を殺してみろよ。」


 そう言ってゲインは二人の弟に剣を放り投げる。


「この感覚、忘れたくねえんだよ。さあ、さっさとろうぜ。」


 狂気じみた眼をしているゲインを見てそこで初めて普通じゃない事に気づくと二人は一目散に逃げ出し距離をとる。


「ゲイン、これは何事だ!」

「父上!」


 屋敷の方から威厳のある声が聞こえると、ゲインたちの父親である男が顔を出す。

 その姿に怯えてたものたちが活気を取り戻し、弟たちが都合のいいように事情を説明すると、父はゲインをじっと見つめた。


「……話は分かった。ゲイン、一度剣を降ろせ、今日の事は不問にしてお前にも今一度当主になるチャンスを与えよう。」

「な、あなた⁉私の弟が殺されたのですよ」


 隣で聞いていた夫人が思わず声を上げるが、無視して話を続ける。


「ラビット家は実力主義だ、お前が力を覚醒させたならもう一度――」


 その瞬間、父の頬に剣が掠れ血が滲み出る。


「ゲイン、貴様……」

「いらねえんだよ今更そんなもの、俺はなあ、ただ殺したいだけなんだよ。それが強くなる方法なんだ……」

「おのれ、実の父に剣を向けるとは狂ったか!」


 その一言に怒りを見せると父は剣を握りゲインに斬りかかるとそこから親子の一騎打ちが始まる。

 初めは騎士の家系の当主としての威厳を見せていた父だったが、戦いが長引くにつれゲインは更に成長し始め、そして死闘の末に剣で父の胸を貫いた。


「と、当主様がやられるなんて」


 父を殺してからもゲインは止まることなく他の騎士たちも斬り続ける、初めは抵抗していた騎士たちも数人がかりで歯が立たないことに気づくと戦意を喪失し始める。


「待てゲイン。これを見ろ!」


 一人の騎士の声に、そちらを振り向くとそこでゲインは剣を止めた。

 そこには首に剣を突き付けられたベルゼーヌがいた。


「ベルゼーヌを殺されたくなければ剣を置け。」


 ゲインがベルゼーヌを大切にしていたのは皆知っており、これならゲインも止まると考えていたようだが、ゲインは呆れたように溜息を吐く。


「断る。」

「何⁉」


 そしてゲインはベルゼーヌを見る。


「ベル、お前なら殺れる」

「え……⁉」

「騎士なんかに拘らなくていい、相手を殺すことに拘れ、そいつを殺してみろ。」


――⁉


 「騎士に……拘らなくていい……?」


 兄のその一言に自分の中にあった何かが外れたベルゼーヌは、騎士らしくないという理由で今まで使わなかった力を使い兄と共に残りの騎士を殺した。

ただ、理由はゲインとは違い生き残るためであり、笑いながら殺すゲインに対しベルゼーヌは泣きながら死に物狂いで戦った。


「ベル、俺と一緒に来い。」


 そして、誰も襲って来なくなると、ゲインは返り血と自分の血で血まみれになった手をベルゼーヌに差し伸べる。

 ベルゼーヌは血まみれの兄に恐怖を覚えたが自然とその手を取っていた。

 兄弟だからか、それとも恐怖により思わず従ってしまったのか、いろいろ考えたがそうではなかった。

 後になって気づいた、ゲインの強さにベルゼーヌは魅了されたのだ。

 もっと間近で兄の成長を見たいと。


 帝国の騎士の名門ラビット家の消滅……それはゲインが十二歳、ベルゼーヌが十歳の頃の出来事だった。


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