第112話 分岐点


 ――なんだ、何が起きた?


 自分の意思に反して膝をつく体に、アルビンは状況を掴めないでいる。

 アルビンは戦いが始まると真っ先にベルゼーヌと一騎討ちを始めた。

 数撃剣を撃ち合い、距離をとり、そこから相手の動きに合わせて剣技や防御に徹する、それはいつも通りの剣士との戦いの展開。


 だが気づけば自分は血を流しながら膝をつき、向こうは傷一つついていなかった。

 斬られた感覚も魔法もスキルも使われた様子はない、一体いつ、どのタイミングでこれほどの攻撃を受けたのか?

 まるで時でも止められていたのではないか、そんな感覚に陥っていた。


 ――……このままじゃわからねえ、もう一度だ。


 アルビンが立ち上がり血の混じった痰を吐きだし剣を構える。


「ほう、あれだけ血を流しながら立ち上がれるのか。」

「頑丈さは取り柄の一つなんでな。」


 ベルゼーヌがゆったりとした落ち着いた動きで剣を構えるのに対し、逆にアルビンは一度息を吹くと先手必勝と言わんばかりに素早い動きで斬りかかる。

 先ほどと同様に剣の打ち合いが始まる、アルビンが手負いとは思えぬ動きで剣を振るうが、ベルゼーヌは平然と受け止める。


 ――やはり、受け手だな。


 剣を振り回しながらアルビンは冷静にベルゼーヌの動きを観察する。

 向こうの戦闘スタイルから考えて恐らくカウンターを受けたのだろうが、先ほどはそれが全くといっていいほどに見えなかった。


 ならばもう一度同じ攻撃を受け、見極めるしかないと、アルビンがベルゼーヌの動きに集中する。


 ……しかし、またしても攻防の真っ直中、急に足に力が入らなくなるとアルビンはそこで腹部を斬られたことに気づき倒れる。

 そして今度は顔までも地面につける。


 ――まただ?いつの間に?


 やはり今度も動きが見えていなかった。


「剣を振り回すだけの馬鹿の一つ覚えかと思えばしっかりと見極めながら攻撃している、相当の実力者のようだが……やはりまだ若いな。」


 おまけにこちらの動きや考えは完ぺきに読まれている。


 ――なんだ、こいつ……めちゃくちゃつえぇじゃねえか!


 朦朧する意識と共に立つ力が抜けていく中、アルビンはベルゼーヌの強さに眼を輝かせていた。

 強い相手と戦うのはアルビンにとっての最大の楽しみだった。

 その実力に分野は問わず、例え剣士でも、魔法使いでも、卑怯者でも、苦戦を強いられるような相手と戦うのは楽しい。

 向こうの戦闘スタイルはどういうものなのか?どのような攻撃が有効で。どのように切り崩すべきなのか、

 そうやって研究していくのが戦闘での楽しみだった、だから考える必要もなく力任せで勝てるような弱い相手やモンスターとの戦いは好きではなく強者を求め続けた。

 だからこそ、アルビンは今のこの絶対絶命の状況にも楽しみを覚えていた。


「流石だな、一線から退いても衰えてはいないようだな。」


 自分達の戦いを見ていた、ブラッディラビットの副団長のビゼルがベルゼーヌの実力に改めて関心を見せる。


「嘘だろ?黒き狼の団長すら相手にならなかったアルビンがあんなにあっさりとやられるなんて……」

「やはりベルゼーヌは格が違う。」


 関心を見せていたのはビゼルだけでない、気づけば周りで戦っていた者たちも、こちらに目を移し始めていた。


「衰える?ふざけた事をいうな。これは俺が何度も死線を乗り越えて身につけた力だ、あの時の痛み、苦しみ、絶望が簡単に忘れられると思うなよ。」


 ベルゼーヌは落ち着いた口調で話すがその言葉には強さの秘密が詰まっているような感じがした。


「なるほど、まだ輝きは失っていなかったか。」

「……ビゼルよ、今ならまだ許そう、他の者たちと共にもう一度私の下につけ。」

「そういうところだ、ベルゼーヌ。悪いが逆だ、寧ろ殺意が増したよ、それほどの実力がまだありながら何故腑抜けてしまったんだとな。俺たちは殺し屋だ、殺す覚悟も殺される覚悟もある。ところがお前はどうだ?先代が死んで以降お前は変わっちまった。あんなバカ貴族に金を毟り取られてまでと保身に走って十年近く小物の様な仕事ばかり、俺達はお前と先代のその強さに憧れて付いてきたんだ、家族ごっこをするために入ったんじゃない。だからこそあの小僧の話に乗ったんだ、変わるなら……いや、戻るなら今しかないとな。」

「……俺と兄上では目指していたものが違うからだ。」


 ビゼルの言葉を聞いたベルゼーヌが少し遠い眼をしながら答える。

 そしてベルゼーヌは標的をビゼルへと変える。


「残念だ、ビゼル。お前とは数十年の付き合いだったが――」

「俺は楽しみだ、お前と殺しあうのも数十年ぶりだしな。」


 ビゼルも双剣を構えてベルゼーヌと対峙する。

 だが、その直後に感じた殺気に思わず二人が揃ってその方向を振り向く。


「……苦痛……絶望?成程、そういう事か。」


 アルビンがニヤリと笑うと足をよろめかせながら再び立ち上がる。


「貴様、まだ立てたのか⁉」

「こんなに楽しい時に倒れていられないだろ?」


 足を殴りふらつきを強引に止めると、アルビンが再び剣を取る。


「見えたんだ、勝機がよ。」

「戯言を、立っているだけが精いっぱいのはずだ。」


 ベルゼーヌはアルビンの言葉が強がりと吐き捨てるが、満身創痍のアルビンに対しなぜか焦りを感じていた。


「その体で一体どうやって勝つつもりだ?」


 ビゼルの問いにアルビンは鼻で嗤う。


「簡単だ、勝つまで戦う。」

「……は?」


 ――


 ――面倒な状況になってきましたわね。


 メーテルは今の状況に不快を覚えていた。

 主人の命でビビアンを追ってきたのはいいが、街中に逃げ込まれ人込みで上手く追えず、街の外に抜けたころには途中合流してきたビビアンの兵士たちに阻まれ姿が見えなくなっていた。


 メーテルは驚異的なステータスを持つが戦いは常に素手で攻撃魔法は使うことができない。

 なので、素手でモンスターを殺したり剣を握り潰すことはできても、まとめて相手を薙ぎ払う手段を持ち合わせておらず、数が多く魔術師もいるビビアンの兵士に手間取っていた。


 ――このままでは逃げられてしまうわね……、使おうかしら


 メーテルの眼が少し細くなるがすぐに首を振って元に戻す。


 ――ダメよ、こんなことに使ってたらキリがないわ。


 近くに大木でもあればそれを振り回して薙ぎ払えるのだが生憎辺りは平地が続いている。


 おそらく逃げるとしたら港……不本意だが他の仲間に連絡して先回りしてもらおうか、そんなことを考えていたメーテルだったが、何故か逃げたはずのビビアンが戻ってきた。


「あら、戻ってきてくださったの?」

「……ククク、今!舞台は整ったぁ!」


 大声をあげてそう言ったビビアンに護衛の兵士たちも少し戸惑いを見せる。

 そして懐から指輪を取り出すと、ビビアンは兵士に囲まれているメーテルにも見えるように空へと掲げた


「これは教会から買い取った魔封の指輪だ、使う条件が難しいから安く買い取れたが、まさに今条件が整った。」

「条件ですか?」

「そうだ!これを使うに必要なのは大量の生きた人間と広い場所、強い人間なのだ!そして、それが今見事に揃っている。」


 そう言ってビビアンは目の前にいる自分を守る護衛達に目を向ける、そして指輪にマナを送り始める。


「な、なんだこれは⁉︎」

「ビ、ビビアン様、なにを……」


 指輪から黒い光が発し、その光を浴びた兵士たちが次々と倒れていく。


「ハハハハ、兵士の命を生贄にここに最強の古代魔獣を召喚する!」

「成程、古代魔獣を、しかし操れるのですか?」

「操る必要などない、何故ならその魔獣はここにいる一番強い者に敵意を向けるからな。」


 一番強い者、まさに自分の事だろう。


「さあ、現れよ!キングベヒーモス!」


 大げさな呼び声と共に兵士たちのいた地面に魔法陣が描かれその中から巨大な金色の獣が現れる。

 家一つ分はある体に額には鋭く輝く角が生え、背中には赤い鬣が頭から背中まで続いている。


「キングベヒーモスですか。」

「フハハハハ!どうだ?これほどの魔獣、見たこともないだろう。」


 キングベヒーモスのそのぎらついた眼は既にメーテルを獲物として映しており、鋭い牙の生えた口からは涎が溢れていた。


「ええ……凄くですわ。」


 ――


「……見えた。」


 その一言を聞いた瞬間、ベルゼーヌの背中に悪寒が走った。

 自分の攻撃を五度もまともに受け、全身血に塗れ、何故生きているのかがわからない、そんな状態のアルビンが放った弱弱しい一言だったがその言葉はベルゼーヌには恐ろしいほどはっきりと聞こえた。

 死にかけとは思えないアルビンのその眼は狂人の眼、人を殺し強さを証明することを生きがいとする男の眼だ。

 そして、それと同時にベルゼーヌは懐かしく感じた。


 ――この眼……兄上と同じ覚醒の眼だ。

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