第117話 決着②

 ――油断がなかった、といえば嘘になる。


 今、オギニが対峙しているのは自分よりもニ回り年の離れていると思われる少年である。

 紅色の髪に緋色の眼、その見た目から彼がすぐに今貴族界隈で話題になっている貴族殺しティア・マットだと気づいた。

 ビビアンと親交があったブーゼル、そしてブリットがこの貴族殺しの手によって殺されたという話を耳にしたときはいずれはビビアンの元にも現れるだろうと考えていたが、こんな少年だったとは考えもしなかった。

 魔剣を持っていることから魔剣に操られているのかとも考えた、だからこそだろう、あまり戦う気になれなかったのは。

 子供相手に本気になるほど落ちぶれてはいないと、極力傷つけずにビビアンの敗北の連絡を待っていた。

 だがそれは間違いだったと気づく。


「なんだ、これは……」


 少年が自らの腕のない肩を斬りつけると、血を吸った魔剣は濃い血の様な色のオーラを発し、そのオーラは瘴気に変わり、部屋全体を満たしていった。


 ――なんだ、何をした?


 逃げ場のないオギニは瘴気を吸わないように咄嗟に顔を腕で隠すが、周囲や体に特段変化は感じられない。

 だが、その直後にオギニが魔法で作り出していた石の人形、ライトゴーレム達が次々と崩れ始めていく。


 ――これは……魔法が使えなくなった?いや、魔法だけじゃない。


 オギニが自分の体を見ると大地の精霊の加護を受けていた自分の体から光が消え、ハンマーからも力を感じなくなっていた。

 そして新しく魔法を発動させるもすぐに消えてしまう。


 ――まさか、この部屋からマナが消えたのか?


 体自体に異変は感じられない事から、自分が何かされたというよりは周囲に影響が出たと考えた方がいいだろう。

 恐らくあのマナを吸う魔剣から発せられた瘴気によってこの部屋のマナがすべて吸い尽くされたのだろう。


「へえ、やりゃあ出来んじゃねえか。なら今度は俺が気合見せねえとな!」


 魔剣が起こした現象にティア・マットも気づくと、緋色の眼をギラつかせ、オギニの攻撃によりところどころ破れていた服を脱ぎ捨てる。

 服を捨てた体はまだ幼さの残る容姿からは想像の出来ない引き締まった肉体と傷跡が露になる。


「ほんじゃあ、第二ラウンドと行くとするか。」


 ティア・マットがこちらに向かって突っ込んでくるとオギニもすぐに身構える。


 ――大丈夫だ、まだ勝算はある。


 今の状態が自分だけでなく環境が原因ならば、恐らく向こうもマナが使えなくなったはずだ。

 幸い武器スキルは機能しているようだ、ハンマー自体は問題なく振れる。

 一方向こうはこの瘴気を発動させていることによって魔剣が使えない状態にある分、武器を持っているこちらが有利だ。


 オギニが正面から突っ込んでくるティア・マットに正面からハンマーを振りおろす。

 だがティア・マットはそれを避けずに片方の腕で防ぎ受け止める。


「腕で受け止めただと⁉」

「ただのハンマーだな。そこまで力もねえし、どっかの猪の方がまだ止めるのきつかったぜ。」


 防具も何もつけていない腕でハンマーを受け止めた事にもだが、少年の動きが初めと変化がないのにも驚きを隠せない。


 ティア・マットはハンマーを受け止めた状態でオギニの腹部に蹴りを入れる。


「ぐふっ」


 蹴りはみぞおちと言われる部分に入り、オギニは思わず前かがみになる。

 さらに顔の位置が下がったところに振り上げた足の追い打ちの蹴りがオギニの顎に決まる。


 ――ぐっ、脳が揺れる。素手での戦いに慣れている、これがこの少年の本来の戦い方か。


 だがそれでも腑に落ちないところがある。それはこの少年がマナのない環境で全く影響を受けていないところだ。


 ――マナが使えないなら、身体強化も解除されているはずなのに何故これほどの動きができる?まさか、初めから使っていなかったというのか?


 だがそうなればこの動きもハンマーを受け止める防御力も元からのステータスになる。

 ステータスは鍛えれば誰でも向上するが、この歳でここまでの実力になるなら才能も必要となるだろう。


 戦いの中で生まれてくる少年への疑問、それを一つ一つ分析していく中で一つの答えが出てくる。


「まさか、お前はマナなしか⁉」

「その呼ばれ方は同情されてるみたいで気に入らねえな、ハッキリとって呼べよ!」


 少年の声色に怒りが混じる、それが答えで良さそうだ。


 ――こ、この少年がマナなしだと?


 オギニは今まで生きてきた中で何度かマナなしの人間に出会ったことはある。


 殆どのマナ無しが人間としての扱いを受けておらず皆、絶望的な眼をしていた、だからこそここまで堂々としているマナなしに困惑する。


 この少年はそんな不遇は受けてこなかったのかとも考えたが、不意に彼の背中にある独特な絵風の刺青に混じりムチ痕のようなものが見えた。それを見ればやはりこの少年もそう言う扱いを受けてきたのがわかる。


「……ムカつくなぁ。やっと本気になったと思ったら今度は同情か?随分と余裕じゃねえか。」


 戦いに躊躇いに生まれた事に気づいたティア・マットの怒りが防いだ拳から伝わってくる。


「油断するのは大歓迎だが、同情だけは気にいらねえ、お前には俺がそんなに哀れに見えるのか!」

「⁉」

「テメェが何か一つの信念に真っ直ぐなのはわかる、主人の死を望みながらその主人を全力で守るのもその信念から来るものなのだろう。だがなぁ、ブレブレなんだよ!何もかもが中途半端だ!、俺はそれが気に入らねえ。」


 まるで心を見透かされてたような言葉に胸が抉られる。

 そしてオギニも思わずその言葉に返してしまう。


「……それも踏まえてこれが私の罪への罰だ。」

「そうかよ、だったら俺が裁いてやる。」


 ティアマットは一度距離を取ると腰につけた袋から取り出したアクセサリーの様なものを器用に指に付けると、拳を握りオギニを睨む。

 オギニもそんなティア・マットに感化されてか、気づけば同情も油断も忘れてハンマーを構える。

 ティア・マットが動くとオギニも前に飛び出し迎え撃つ、そしてオギニはティア・マットの腕のないためがら空きとなっている脇腹目掛けてハンマーを振りぬく。


 ――卑怯だと罵りたければ罵れ。


 だが、少年はニヤリと笑ったかと思うと、それを読んでいたのかこちらに向けていた拳をハンマーの方へ変え殴りかかる。

 いくら体が硬いと言えど、素手でハンマーに真っ向から立ち向かえば拳は粉砕するだろう、それでも容赦なく振りぬいたオギニだったが、何故か砕かれたのはハンマーの方だった。


「な、バカな⁉」


 よく見れば、先ほどつけていたアクセサリーの様なものは金属でできたものだった様でそれがハンマーを粉砕したようだった。


 ティアマットはそのまま起用に体を回転させると、オギニの腹に回し蹴りを入れる。

 そして続けてそのアクセサリーを付けた拳で鼻を殴り、膝で金的を蹴る。

 オギニが痛みに悶絶しているところをティア・マットは胸倉をつかむと、自分よりも大きな体を片手で持ち上げそのまま地面へと投げつける。

 勢いよく頭から地面に叩きつけられたオギニはその衝撃に耐えられず、意識を失った。



 ――


「ふう。」


 オギニ・ブランドンが動かなくなるのを確認すると、脱ぎ捨てた服を拾いあげる。


「とりあえずこっちは片が付いたな。」


 オギニが手を抜いていたことで大した傷は負っていない。

 屈辱的だったが、最後は本気で俺を殺りに来たから良しとしよう。

 あとはメーテルが帰ってくるのを待つだけだが、ここで戦いが終わるのを待っていたように扉の開く。

 部屋に入ってきたのはメーテルではなくふざけた笑い方をする道化師だった。


「キヒヒヒヒ、なかなか面白い舞台でした。」

「……お気に召したのなら何よりだ。」


 近く似た気配はなかったが見ていたようだな、遠くから見ることができるスキルでもあるのか?

 この世界のスキルは何でもありだからそう言うのもあっても不思議ではない。

 それよりもこいつが手に持っているのが気になる。


「その手に持っているのは?」

「ああ、これですか?屋敷の近くに置いてあったので拾ってきました。」


 ジャッカルが持っているもの、それはビビアンの首だった。


「メーテルは?」

「傍にはいませんでしたが、探してきましょうか?」

「いや、仕事をしたのなら構わねえよ。」


 俺はジャッカルからビビアンの首を受け取ると改めてその顔を覗く。

 ビビアンの首は驚いた表情のまま硬直しておりその様子で死に際が容易に浮かぶ。


「ま、なにはともあれ、これで俺たちの勝ちだ……明日から忙しくなりそうだな。」


 俺はビビアンの首を机に置き、部屋を後にする。

 そしてこの一件が世間をにぎわす前代未聞の大事件となるのに時間は掛からなかった。



 

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