第118話 休息

 ビビアン・レオナルド伯爵殺害事件、現在世間を賑わせているその事件は、世間以上に貴族界隈に大きな衝撃を与えた。


 公爵家領地の管理を任された貴族を白昼堂々と襲撃し、そして殺害。

 それだけでも十分衝撃的だったようだが、更にそれと同時刻に起きていた五大盗賊ギルド同士の抗争もあって拍車がかかっていた。


 陰謀がうごめく貴族界でビビアンと盗賊ギルドの関係性を知らないものはおらず、この二つの事件を別物として考えるのは極めて難しい。


 更にビビアン殺害の事件後、盗賊ギルドが消息を絶った事もあって、盗賊ギルドを利用していた貴族達も間接的に被害を被ることとなった。


 貴族たちの間では、なんらかきっかけでギルドとの関係が拗れた事によって盗賊ギルドがビビアン・レオナルドを殺害したと見られ、ギルド同士の抗争はビビアン殺害派と反対派の対立によるものと考えられている。


 長年飼っていた飼い犬に嚙み殺された、そんな風にささやかれ始めた。

 そして、これは決して自分たちも他人ごとではない。

 五大盗賊ギルドを使って暗躍していた貴族達も多く、今回の事件は各貴族社会に大きな影響を与え、現在では盗賊ギルドの代わりを探す者や、今利用している組織との関係性を見直す貴族たちが現れ始め、貴族界隈は大きく揺れ始めていた。


「……とまあ、こんな感じで今、貴族の間ではあなたの起こした事件の話題で持ちきりよ。」

「そうか、なるほどな。」


 ビビアン殺害から一週間、マリスから貴族たちの現状を聞くと、なかなか理想的な展開になっていたので俺は上機嫌に葉巻に火をつける。

 俺たちはビビアンを殺害後すぐに街を離れ、またこの教会の秘密の地下室に身を隠していた。


「残念だったわね。」

「何がだ?」

「あなた的には今回の一件でまた『貴族殺し』の名を世間に知らしめることもできたのに、全部盗賊ギルドに持っていかれちゃったじゃない?」

「ああ、別にそれは問題ない、屋敷の使用人や兵士には顔を見られてるからこれから調査が進めばよっぽどの馬鹿じゃなければ嫌でも俺にたどり着くだろう。」


 俺の髪色と容姿は目立つからな、今はギルドの刺客と思われているだろうが、特徴を知ればすぐにわかるだろう。

 それに後々の事を考えればそっちの方がより箔が付く。

 後は、これでノイマンがどう動くかだ。

 結果的にノイマンを攻撃したのはこれで3度目になる、魔石島での奴隷の反乱、闇オークション襲撃、そして今回のビビアン殺害だ。

 どれも直接的ではないにしろノイマンの息のかかった奴らを攻撃したのだ、そろそろ向こうにも動きや反応があってもいい頃だろう。


「それで、これからどうするつもり?」

「特に何もない。」

「え?」

「つるはしの旅団の奴らとの出会いから、竜王会を結成してここまででまだ半年も経っていない、少し駆け足できすぎたからな。しばらくは、大人しくするつもりだ。」


 今回戦利品としてビビアンのとこから貰えるものは全て貰っておいた、金は勿論宝石類も根こそぎ奪ったので売ればしばらくは持つだろう。

 その間に団員の能力の確認とそれに見合った新しいシノギを考えておかないと。

 狙いどころとしては、地方外れの小さな町の領主あたりだな、だが他にも色々と考えはあるからとりあえずは色々試していきたいところだ。


 今回の一件でうちの戦力は変わった。

 予想外だったのがアルビンが死にかけの状態で戻ってきた事だ、話によれば激闘の末、辛勝したようだが、血を流しすぎてここまでずっと意識を失っていた。

 だが昨日何とか峠を越えたようで、これから回復傾向となるだろう。

 それに マーカスの話によればどうやらアルビンの能力が格段に上がっているらしい、戦いの影響かはわからんが嬉しい誤算だ。


「じゃあ、またここを拠点に活動するの?」

「いや、ここじゃキャパオーバーだからな、しばらくしたら適当なとこに移動する。」

「そう……」


 そう言うと、マリスが少し残念そうに返事をする。

 こいつは今、男を誑し込もうと積極的にパーティーに顔を出しているようだが、まだ経験不足なところもあってあまり上手くいっていないらしい。

 そばで助言を頼みたかったのかは知らないが、今こいつに必要なのは言葉や指示ではなくだ。


「まあ、たまにこちらに戻ってくることもあるだろう、お前はその間にもう少し女でも磨いたらどうだ?」

「あら、私こう見えても結構人気があるのよ?」

「フン、男を知らないくせにか?男を誑し込もうとしてるやつが、処女なんて笑い話にしかならねえよ。」

「な⁉」

「まあ、相手がいないなら手ほどきくらいはしてやるよ。」


 俺の言葉に顔を真っ赤にしながら言葉を詰まらせるマリスを見る限り、まだまだ時間は掛かりそうだ。

 俺は固まってるマリスを放置して席を立つと、ビビアンの屋敷から拝借したワインを手に取り部屋を出る。

 部屋の外では傷だらけの団員達がそれぞれ寛いでいる。

 暇つぶしとして教えた丁半がなかなか流行っているようで、親のギニスが上手く進行させているのか、盛り上がりの声も聞こえてくる。


 準備も手軽でルールも簡単だし、いずれは花札やチンチロを増やして、この場所を賭博場として使うのもいいかもしれない。


 ここにはいない団員達は恐らく上の教会のベットで療養中といったところか。

 つるはしの旅団は街で情報収集、ウラッグとエルフの三人もカルタス領土と言うこともあって、久々に街に繰り出している。

 メーテルは騒動の中消息を絶った従兄のキーリス・ノーマを探すためにまた外へと出ていった。

 今回メーテルをビビアンの元に送り込めたのはこの男のお陰だった様だし、戦力になるなら迎えたいところだったが、メーテルがこの男の生死について問いかけてきたので、少しだがメーテルに委ねることにした。


 俺はかつて誘拐された子供が幽閉されていた牢獄へと向かう、そこには治療を受けず俺との戦闘の傷が癒えていない傷だらけのオギニ・ブランドンが一人牢屋のど真ん中で覚悟を決めたように胡坐をかいて座っていた。

 俺は牢屋の鍵を開けるとオギニの正面に座り同じように胡坐をかく。


「よう、生きてるか?」

「なんだ、殺しに来たか?」

「殺してるならあんときにそのまま殺してるよ、ただてめえの話を肴に酒を飲みに来ただけだ。」

「生憎だが、お前の興味を引くような話は持ち合わせていないぞ。」

「そんなことはねえだろ、忠義の将と言われたり、裏切者と言われたり、ビビアンの様な奴に肩入れしたかと思えば無能に同情したり、そんなブレブレのお前の人生はいい肴になるはずだ。」

「……」


 二つのグラスに酒をつぎ込むと俺とオギニの前に置く。


「折角だから聞かせろよ、オギニ・ブランドンの生きざまを。」

「……俺が忠誠を誓ったのはこの世でただ一人、祖国テパードの王女アレンシア姫だけだ。」

ギニは酒が注がれたグラスを覗きながらゆっくり語り始めた。

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