第119話 忠義と裏切り
「テパード?聞いたことない国の名だ、それにお前は確かカレドアの将軍だったはず。」
ビビアンを襲撃する前に護衛であるこいつの事も調べていたが少なくとも『イービルアイ』から得た情報ではそうだった。
「お前は俺についてはどれだけ知っている?」
「十年前に滅んだカレドア王国の将軍。ドワーフの血が流れていた事で、激しい差別を受けていたが、それでも国のために尽力をつくし、それを評価され将軍に任命されるが最後の最後で王を裏切り殺した、忠義と裏切りの将。」
「フッ、大陸の離れた小国の男の事をそこまで調べ上げるとは、流石は『イービルアイ』と言ったところか。だがどうやら詳細まではわからなかったらしい。」
オギニはそう言って少し勝ち誇った表情を浮かべる。
「それで、テパードってのは?」
「正真正銘俺の祖国だ。まあ大きさで言えばこの国の一都市程度の小さな国で俺が十歳頃にカレドアに攻めこまれて滅んだ国でもある、知らないのも無理はない。」
そう言ってオギニは少し寂し気な表情を見せ、酒が注がれたグラスを眺めながらゆっくり語り始める。
「俺の親父はそこで騎士団長を務めていてな。その関係で幼いころから王家と交流があってアレンシア王女とはその頃からの付き合いだった。騎士になるなら将来俺が仕える人とも言われてきたが、まだ当時はそんなことは考えていなくてただの幼馴染の関係だった。だが、テパードが亡び、父が王とともに処刑されると、俺と母は財産を取り上げられ辺境の村へ追いやられた。そしてアレンシア王女は僅か十二歳でカドレアの国王に嫁ぐ事となった。」
祖国の侵攻、父親の処刑、そして財産の剥奪、オギニはこの世界での敗戦国の末路を淡々と語る。
これで更に王女に恋愛感情でもあったなら、なんとも好みの別れそうな悲哀物語だな。だがこの時点ではわからない、俺はグラスを手にオギニの話に耳を傾ける。
「初めは慣れない環境に随分戸惑ったもんだ。なにせ父方の祖父がドワーフってだけで酷い迫害を受けていたからな。だが守ってくれる父はもういないからその環境に耐えるしかなかった。ただそれ以上に気になったのは王女の事だった。田舎に城の事情なんて入ってこないし、どういう扱いを受けているのかわからない。だから俺は母の死を期に十五で村を出て、彼女を確認するために王都に向かい騎士へ志願した……しかしすぐに会うことはできなかった。」
まあ普通に考えて兵士になってすぐに王族に謁見するのは難しいだろう、当時のオギニは若くてそこまで頭も回らなかったのかは知らないがな。
だがこいつの表情を見る限りそれだけが理由じゃないんだろう。
「アレンシア王女は第三王妃という立場で、敗戦国の王女だったこともあり扱いは酷くほぼ軟禁状態だった。自由などはなく俺はどうにかして王女との接触を試みたが一兵、それもドワーフの血が流れる俺が会えるわけなどなかった。だから俺は彼女と会うためだけに出世を目指した、そのためなら理不尽な評価もクソみたいな差別も気にならなかった。そしてそれから数年後、俺はモンスター討伐で大きな功績を上げると恩賞としてやっとアレンシア王女と再会することができた。」
オギニが俺が注いだ酒が入った器に初めて手に持つと、何かを思い出しているのか酒に移った自分の虚ろな眼で覗きこむ。そしてそのまま一気に飲みほした。
「子供もいてすっかり大人になっていたがもう十年以上も会っていないのに彼女は俺を覚えてくれていた、そして昔の話で花を咲かせ、不意に流した彼女の涙を見た時、俺は彼女を守ると誓った。……そしてそれから数年後、帝国との戦争が始まった。」
そう言うと、今まで淡々と話していたオギニの口調が強まる。
恐らくこの戦争こそがオギニの名をいい意味でも悪い意味でも世界に知らしめた、戦争なんだろう
「国王は帝国が資源を狙って一方的に攻めてきたと一方的に非難していたが、正直本当かどうかも怪しかった、圧倒的な軍事力の差がある状態で俺は責任を押し付けられる形で将軍に任命された、そしてひたすら戦い続けた。国のためなんかではなく彼女を守るためだけに……しかし、彼女を殺したのは帝国ではなかった……」
そう語るオギニは当時のことを思い出したのか、グラスを持つ手が軽く震えていた。
「王都手前まで迫ってきた帝国軍は何度も降伏勧告を出していたが、王は応じなかった。しかしこのままでは被害は大きくなるばかりで、彼女は夫である国王の説得を試みたが、王は逆上して王女を殺した。王はアレンシア姫が帝国を引き入れた悪に仕立て、国民のをまとめると最後まで戦うことを宣言、国民達は王女を罵り大きな盛り上がりを見せたが、俺は彼女の遺志を継ぎ、国王を殺し……そしてこれ以上被害を出さないよう帝国のために門を開けた。」
「――で、結果的に被害は最小限で抑えられたが、事情を知らない国民はお前を裏切り者と呼び、帝国側はお前を忠義の将と讃えたのか。」
「俺も本当ならすぐ王女の後を追う予定だったが、まだ死ぬわけにはいかなかった。」
「……子供か。」
「ああ。」
オギニが小さく頷く。
「国民への安全は約束されても王族はそのままってわけにはいかず、王家の子供たちは生かす代わりに全員が奴隷に落とされる事になった。俺は帝国に属することを条件にアレンシア姫の子供達を保護することを提案したが、肝心の子供達は俺からの庇護を拒み奴隷になることを選択した。理由はどうあれ降伏したのは俺だったからな、彼らからすれば俺は逆賊なんだろう、子供たちは別々に売られ各地に散らばった。ならばせめてもの償いとして、同じく奴隷になることにした。そしていつか許されるなら彼等を奴隷から解放して最後は……だが、あれから十年、行方は未だ分からないままで、俺もその為に手を汚しすぎた……」
オギニは語り終えると、一度小さく息を吐く。
「なるほどな、お前はずっと王女のためだけに戦ってきたという訳か。」
「情報屋として名高い『イービルアイ』や他国に通じる『闇越後』と繋がっているビビアンなら行方を追いやすいと思っていたが結局分からずじまいだった。もし今の話でお前に少しでも俺に情が芽生えたなら、殺してほしい。」
オギニは俯き俺に首を差し出す。
「そうか……ならば、オギニ・ブランドン、俺の下につけ。」
そう言うとオギニはすぐさま顔を上げて俺を睨む。
「貴様、俺の話を聞いていたのか?」
「聞いてたからこそだ。オギニ、俺はこれからこの国の裏を掌握する、そうすれば他国の裏とのつながりも増え奴隷の情報も入ってくるだろう。それでもし見つけたら俺が買ってやるよ。」
「……俺に、これ以上手を汚せというのか?」
「そうだ、今更いい子ぶったって、てめえがビビアンに加担していた過去は消えない、もうお前は汚れ切ってんだ。中途半端になるな、どうせならとことん汚れろ。」
こいつの過去話なんて正直どうでもよかった。
ただこいつがどういう理由で戦っていたのかを知りたかっただけだ、そしてそれを知った今、初めに感じていたこいつへの苛立ちは消え去り、戦力としてほしくなった。
「……少し考えさせてくれ。」
「ああ。」
それだけでいい残すと俺は牢屋から出る。
どうするかはわからないが、もし味方になれば心強い、とりあえず言いたいことは行ったからあとは待つだけ――
「どうして貴方がここに⁉︎」
「……あ?」
突如俺の部屋からマリスの怒鳴る声が聞こえてくる。何事かと戻ってみるとそこには俺が座っていた席にマリスと対面する形で一人の男が座っていた。
金髪の整った髪と髭、この地下には似合わないほどの身なり、どっからどう見ても貴族だな。
そしてその後ろにはジャッカルが控えていた。
「やあ、邪魔してるよ。」
「……あんたがジャッカルの言っていた飼い主か。」
俺は青ざめているマリスの隣に腰を下ろすと男をじっと見る。
少し若く見えるが落ち着いた雰囲気からそれなりに歳はいってると思われる。
人の椅子で自分で持ってきたと思われる酒を注ぎながら優雅にくつろぐ姿は、自己中心的なんて言葉を超えむしろ清々しく、その堂々たるたたずまいと風格だけでこの部屋を支配する、それはまさに王者の貫禄だった。
間違いなく今まで出会ったやつらの中で一番の大物だ。
「ふむ、聞いていた通り若いな、だがその割にはただならぬ雰囲気を持ち合わせている。ジャッカルの言っていた通りの男だな。」
「で?あんたは誰だ。」
「フフフ、面白いな。互いが興味を持ち、それぞれずっと互いを調べておきながら今日まで顔を知らなかったんだからな。」
そう言って男は小さく笑うと、自分の名を告げた。
「では、改めて自己紹介をしよう、私はバルデス・ノイマン、ノイマン公爵家現当主だ。」
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