第120話 ノイマン

 小さな教会の地下室にある一室の中は今、異様な空気で包まれていた。

 陽の光など当たらない小汚い場所にいるのは国をも動かす力を持つ大貴族と、その貴族の身内を殺したガキ、そして隣にはその張り詰めた空気の重圧に顔を強張らせているご令嬢が座っている。


「グラスはあるかね?」


 バルデス・ノイマンが自分が飲んでいたワインの瓶を持ち上げ尋ねると、俺はエール用のジョッキをとりあえず三つ用意する。

 貴族令嬢にジョッキは珍しいのか、マリスは自分の前に置かれたジョッキを少し興味深げに見つめ、ノイマンはその中に持参の酒を注ぐ。


「ぜひ飲んでくれたまえ。」


 ノイマンが初めに飲んでみせると、続いて俺たちも警戒しつつジョッキに手を付け酒を飲む。


「……美味いな。」

「ええ、すごく飲みやすいです。」


 どこか懐かしい味だ、普段から酒を飲まないのがわかる手つきのマリスですら、恐る恐る口に含むと少し驚いた表情を見せ口に手を当てる。


「気に入ってもらえたなら何よりだ、これは十二の頃から作り始めた四十年物のワインだ、是非味わってくれたまえ。」


 暇つぶしという理由で自分で調査をするような奴だ、恐らく言葉通り自分の手法で人の手を借りず自ら作ったんだろう。この世界の高級酒は戦利品などで飲んだことはあるが、前世よりもやはり劣っていたところがあった。だがこれはそれに近いものがある。


 まさに天才肌というやつか、おまけに金も権力も持っている、厄介極まりないな。

 ならば俺は作らせたものになるが、この世界じゃ珍しいの濃い酒を用意する。


「こ、これは……臭いが……」

「フフフ、これは飲むために作られた酒かね?」


 瓶を開けると同時に漂う臭いで既にマリスは拒絶反応を示し、逆にノイマンは興味津々にジョッキに手を伸ばす。

 スピリタルを意識して物好きな酒屋の爺に作らせた酒だったが、やはり世界の文化の違いもあって再現度は高くなく、前世のより危険性も増しているので武器や拷問の一つとして使っている酒だが、上手く飲めばそれなりに楽しめる代物だ。


「本来は水や果汁で割って飲むもんだが、これはこれでいいもんだろ?ただし、飲むときは火気厳禁だ。」

「成程、確かにこんな酒は今まで飲んだことがない。」


 そう言って、ノイマンは酒を顔色変えずに平気で飲み干す。

 アルコールを中和できるスキルでも持っているのだろうか?でなけりゃ化け物だ。


 互いの用意した酒の飲み比べをして、少し場の空気が緩和される。

 ……が、それもつかの間。次に本題を尋ねると再び空気が重くなる。


「で、あんたほどの大物が何のようだ?別に酒を飲むためだけにここに来たわけじゃないだろ?」

「ああ、勿論だとも。それでだがまず一つ確認したい、君は私に遺恨があるのかね?」

「いや、特にない。」


 こいつは俺が元奴隷だったことも把握しているだろうが、別にそれに関して怨みはない。

 この世界で正当に代われた奴隷だろうし、単純に個人的な感情への仕返しとしてはあの島を滅茶苦茶にした事で終わっている。

 俺がノイマンを狙ったのは裏社会で名を上げるためで最も影響力のある人間という事と、何かと縁があったからに過ぎない、俺はその事をノイマンに伝える。


「つまり、私は君が裏社会で成り上がるための踏み台というわけだ。」

「そういうことだ。」

「フフ、そうか、なら――」


 ノイマンは少し笑みを浮かべたと思うと指を鳴らす、するとジャッカルが現れこちらに向かって華麗にお辞儀をすると、机の上に手を乗せゆっくりとなぞると、まるで手品のように机に置かれていた酒類が消え、代わりに机には今まで見たことのないほどの数の金貨が山のように置かれていた。


「……何の金だ?」

「君と友好な関係になるための贈り物だ。なに、一千万ギル程度だが私からの気持ちだ。ぜひ受け取ってくれた前。」

「いっ、一千万ギル⁉︎」


 その金額に声をあげたのはマリスだった。

 同じ貴族でもマリスが一年かけて稼げるほどの金額をポンと出して見せたんだからな、声をあげたくなるのも分かる。

 この男からしたら端金なのはわかったが、いくら有り余っていても何の理由もなく金を渡すことなんてしないだろう。

 俺と仲良くしたいというのが本当だとしても、問題はさらにその先、何故仲良くしたいかだ。

 ただ、それを知るためにはここは受け取っておくしかない。


「ありがたくいただこう。」

「ではこれで私と君の間にしがらみは何もないのだな?」

「ま、そういう事になるな。」

「じゃあ改めて、君に、いや竜王会に依頼をしたい。」

「依頼?あんたなら俺たちよりも、大きな組織と繋がりがあるんじゃねえのか?」

「ああ、しかし大きいからと言って全ての依頼を引き受けてくれるとは限らない。世の中には適材適所という言葉があるのだよ。」


 つまり、貴族絡みということか。

 それも普通の相手ではない、ノイマンと同格の相手……王族とかか?


「君はこの貴族社会をどう思う?」

「クソみたいな、格差社会だ」


 ノイマンの唐突な質問に即答で返す、考えることすらないほどわかり切った答えだったからだ。

 俺がこの世界に来て最も目にしてきたのは貴族と平民との大きすぎる格差だ。


 日本にも格差というものがあったが罪に関しては全て平等でしっかりした事実証拠さえ押さえればある程度の裁きは下せる。

 だからこそ、政治家や上級国民の小さなスキャンダルが脅しの種になりヤクザおれたちの資金源になっていた。

 しかしこの世界ではは平等であるにも関わらず、貴族と平民では人と動物レベルの差がある。

 おかげで貴族の平民への犯罪は脅しの種にもなりやしねえし、こんな世界でマルチ商法なんて広めてしまえば、貴族に逆らえない平民は全滅しそうだ。


「フフフ、まさにその通りだ。私はね、幼い頃から何でも持っていた、魔力、スキル、知識……正直言って、実につまらない人生だったよ。何せこれほどの能力を持っていながら生まれ持っていた金と権力だけで全て補え発揮することなくここまできたんだからな。だからと言って権力がいらないわけではない、もし権力がなく普通の平民だったならば、私は国や他の貴族に飼い殺しにされていただろうからな。」


 なるほどな、言いたいことは分からんでもない。

 どの分野でもそうだが、能力が高いものほど、必然と位が高くなり、位が高くなると前に出ることが無くなり、能力を発揮する機会が得られなくなる。

 アルビンもそれが嫌で俺の下にいるのだからな。


 だがこれは仕方ないこととも言える、生物というのはどの種族でも自然と能力の高いものを憧れ敬う傾向がある。

 だが、貴族というのは生まれながらにしてもつ位であり、平気で無能な奴が上に行くこともある。こいつの場合は生まれながらに最高位の爵位を持ったことで自分の能力を最大限に発揮する機会がなかったというのだろう。


「さて、ここからが本題だ。今私には五人の子供がいる、実子、養子、妾の子など出生も育ちも様々だ。本来なら正妻の息子が私の跡を継ぐ事になるのだが、私としてはそれでは面白くない。だから私は育ちも出生も性別も関係なく最も有能な子を跡取りにすることを子供たちに伝えた。おかげで子供たちは野心剥き出しで日々公爵家の発展に勤しんでいる。だが、貴族というのは血筋があまりに大きい。もし私が平民の子を選んでも私の死後約束がちゃんと守られるかなんてわからない。だから君には、後継争いの選定者となって振り落としにかけて欲しい。」

「具体的には何をすればいい?」

「簡単な話だ。五人を後継争いから脱落させて欲しい。やり方は君に任せる、社会的に抹殺するか本当に殺すか、君が初めやろうとしていたことをすればいいだけだ。」


 確かに、元々ノイマンを狙ってたと考えるとやることはいたって変わらないのか。


「報酬は?」

「秀でていない子でも権力と金はあるから狙うのは簡単ではないだろうから、軍資金代わりに前金として5千万、そして一人消すごとに一億、五人全員消したら十億払おう。」 


 成程、出来高制か。金が欲しければ狙い、もし危険だと感じて降りればその子供が後継者候補となるという事か。


「だがそれじゃあ跡継ぎ全員消すことになるかもしれないがいいのか?」

「構わないさ、消去法で跡継ぎなど選ぶつもりはない。」

「成程な、それで期間は?」

「期間は設けるつもりはない。やらないならやらないでいいさ。」

「そうなると前金だけもらって無視するかもしれないが?」

「問題ない。今回楽しませてくれた報酬として受け取っておいてくれればいい、その金を使って君が裏社会を引っ掻き回すのも面白いだろうしな……だが、君はあまりポーカーフェイスは得意じゃないようだな。」


 そう言われて自分が無自覚に笑みを浮かべていたことに気づく。どうやらやるかやらないかの答えは顔に出ていたようだ。

 そりゃそうだ、多額の軍資金と報酬がもらえるのもそうだが、こんなに面白い話に乗らない手など持ち合わせてない。


「フフフ、久々にいい縁に巡り会えたようだ、君達のこれからの動きを楽しみにしてるよ。」


 そう言うと、ノイマンはジャッカルの魔法によってその場を後にした。


「マリス。」

「え⁉なに?」

「今外に出ている奴らを全員呼び戻せ、一週間後に、今後を決める重大な会議を開く、そしてその場にはお前もいろ。」

「わ、私も?」

「ああ、会議の前に、お前たちに話しておきたいこともあるしな。」


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