第121話 盃

 ノイマンと会ってから一週間が経ち、外に出ていた奴らが戻ってくると、場所を教会の地下から今はマリスの管理下にあるブリットの屋敷へと移す事にした。


 現在は空き家状態となっているブリットの屋敷は元々隠すものが多かっただけに、裏口が複数あるので何かと都合がいい。

 町の近くに建っているので人目はつきやすいが短期的に身を隠すにはもってこいだろう。


 全員が屋敷に集まると、大広間に来るように指示を出す。

 本来なら屋敷の主達が囲う食卓がある場所だが、今は全て撤去してあり代わりに闇越後の表の店で購入した座布団がズラリと敷いてある。


 俺はあらかじめ用意しておいた物の準備をしたあと部屋へと入る。中には総勢四十名の団員達が既に座っており、王国では珍しい座布団に触れたり、他の面子と雑談したりしてそれぞれが暇をつぶしていた。


 俺は上座の席に敷かれた座布団に座り、そのまま縦二列に並んでいる団員達に目を映すと、全員が口を閉じこちらに注目する。


「これで全員だな?」

「ああ、ところで何の集まりだ?わざわざこんな変な形の部屋を用意して。」

「この形式、まるで何かの儀式見たいですね?」


 対面形式の座布団の配置を見てランファが座布団に触れながら興味深そうに言う。

 儀式か、確かに近いものではある。


「まずは今回の一件ご苦労だった、全員離脱者もいない状態で無事目的を達成できたことはうれしく思う。そして、これからの事についてだが、実は先日……」


 そう切り出すと俺はまずノイマンとのやり取りの話を説明した。


「はぁ⁉なんだよそれ!俺が寝てる間にそんな面白い事になってたのかよ!!」

「ノイマン……よくいる権力を持った成金貴族かと思ったが、そんなにやべえ奴だったんだな。」


 話を聞いたメンバーの反応はさまざまだった。

 まあ、俺もノイマン自身が来るのは流石に予想外だったから驚くのも分かる、結果的にはでかすぎる収穫になったがな。


「これより俺たち竜王会は一気に注目を集める事になるだろう、そしてこの勢いをそのままに大きく勢力を伸ばすつもりだ。そこでだが、俺はお前達と親子の盃を交わしたいと思っている。」

「親子の……盃?」


 やはりここの世界では馴染みのない言葉のようで、いまいちピンと来ていないようだ。


「ああ、だがその説明をするにはまず俺の前世の話をしなければならない。薄々勘づいてると思うが俺は普通の人間ではない。俺は前世の、別世界での記憶を受け継いで生まれてきた。」

「それはつまり、転生者ということですか?」

「そう言うことになるな。」


 俺が頷くと、仲間たちは興味深そうに俺を見るが、驚いた様子はあまりない。

 『転生者』なんて元居た世界では聞きなれない言葉だったが、その言葉があっさり出てくるのを見るにこの世界ではよくいるのだろうか?


「あまり驚かないんだな。」

「いや、まあ、普通じゃないことはわかっていましたからね、けど転生者とは思わなかったっス。」

「転生者は歴史の中でもいなかった訳じゃないからな、だけど大抵がとてつもない才能を持って生まれてきているって話だった。」


 そういえば、普通は転生した奴は女神からちーととか呼ばれる才能がもらえるんだったか?


「それは俺が少し特殊なケースだからだろ。」

「と言うと?」

「俺は前世の罪への罰として無能の奴隷とし生まれてきた。」

「罪?」

「ああ、俺は前世でも今と同じようなことをしていてな、女神曰く本来なら奴隷として苦しみながら力尽きていく運命だったようだが。大人の記憶があったこともあってか、生き抜いてしまったようだ。」

「いや、大人でも普通は耐えられないんですが。」


 まあ、そこは前世での経験だろうな。

 俺も昔からなんでも耐えれたわけじゃない。若い頃は人を殺せばその都度吐いたり何日もうなされたし、死への恐怖を何度も味わい、情けない姿も何度も見せて来た。

 報復による集団リンチも受けたこともあれば、敵対勢力との争いで拷問も受けたこともあった。

 そしてそんな経験を乗り越え、青龍会という極道のトップに立ち、今の俺が作られた。

 きっとその経験がなければ俺も耐え切れずに死んでいただろう。


 それから俺は前世でのヤクザの事をこの世界に喩えながら説明し、そしてそのまま奴隷時代から商人として生きていたこと、そして貴族を殺してお尋ね者になった事とこの世界での事について話していた。


「……とまあ、あとはお前らの知ってる通りだ。」


 話を終えると部屋には静けさ漂う。


「……どうした?」

「いや、あんたも苦労して来たんだな。と思って。」

「無能ということである程度の境遇は予想していたが、あまりに普通にしてるもんだからそういう扱いは受けていなかったのかと。」

「ヤクザってのは舐められたら終わりだからな、それに幸も不幸も全て踏まえてこれが今の俺の人生だ。」


 あらかじめ知っているつるはしの旅団や、そういう話に興味なさそうなアルビンは特に反応を示さなかったが、他の奴らからはなんだか重苦しい雰囲気が漂い始めている。


「で、話に戻るが親子の盃って言うのはヤクザの世界での主従関係を示す誓いの様なものだ。血縁の様に切ってもきれない様な関係になると言う。」

「つまり、騎士の誓いのようなものか。」

「恐らくそうだろう。」


 オギニの言葉を肯定するとその問いに部屋に再び沈黙が訪れる。

 恐らく雰囲気からこの答えが半端な覚悟で答えられるものではないと悟ったのだろう。

 すると一番初めに口を開いたのは、エッジだった。


「俺たちは構わねえ、元々ミリアムを助けてもらったときにそう誓ったからな。」


 エッジの言葉に他のパーティの四人も頷く。


「俺もいいぜ、今更他の下につくのも面倒だからな。」

「それには俺も同意だな、元奴隷の俺としては今更真っ当な仕事には戻れねえし、ここにいれば貴族は復讐もできる。」

「私は元々そのつもりですから。」


 アルビンに続いて、ギニスとメーテルも同意する。


「まあ、不満がないと言えば嘘になるが今更エルフの里に戻るのも難しい状況だしここで骨を埋めるのもありかもな、何よりお前についていた方が捕まっている同胞を助けられそうだ。」

「私も、弟を残して離れるのは不安だしね。」

「私は……少し考えさせて。」


 ガイヤ、ランファと同意を得たが、パラマはそう言って保留の意を示す。


「俺も保留だ、下につくのは構わないが命を賭けるほどお前に忠誠は持てていない、まだお前たちのことを知らなすぎる。」

「ワシもじゃ、お前さんの境遇には同情するがそれとこれとはまだ別じゃな」


 続いて、オギニ、ウラッグも保留すると、その後も同意と保留で別れていたが、断る奴は出てこなかった。

 結果、盃を交わすのは全員で二十七名となっていた。


「よし、なら承諾してくれた面子だけでも早速交わすとしよう。」


 そう言って俺が手を叩いて合図をだすと、扉が開き部屋の中に和服を着た男達が現れ俺たちの前に盃を置いていく。


「こいつらは、闇越後⁉︎」

「ええ、正解です。」


 団員の問いに答えながら揚羽がマリスと共に入ってくる。


「この度、竜王会の傘下団体に属しました闇越後と申します。以後、よろしゅう頼んます。」

「闇越後が傘下団体って……いつの間に⁉︎」

「うちらだけじゃないですよ、蛇も兎も竜の下につく事にしましたから。」


 揚羽が魅了するような笑みを浮かべそう告げると、正座をしてそのまま盃に酒を注いでいく。


「しかし、まさかこちらの国で盃が出てくるとは思いませんでしたわ。」

「やはり東方にはあるんだな。」

「ええ、母国の古い慣わしです。」

「今は使われていないの?」

「ええ、今はどちらかというと血の盟約の方が盛んですね、そちらの方がより強固になりますから。」


 血の盟約か、確か契約書に血を付けて契約するんだったか?

 奴隷契約書に似てはいるが、これは双方の同意の元自らサインしなければならないがな。

そして、契約者に敵意を向ければその都度なんらかのペナルティーを受ける事になると言う物だ。


「ならそっちの方がよろしんじゃなくて?そっちは絶対に裏切れなくなりますし。」

「絶対なんかはいらねえ、もし裏切られたらそん時は俺の見る目がなかったってだけだ。」

「はぁ、そう言われると何も言えねえな。」


 全ての盃に酒が行き渡ると今度は次にマリスが部屋の中央に正座して座ると俺の方に顔を向ける。


「では。これより、盃の立会人として私カルタス家当主、マリス・カルタスが見届けます。」


 そう言った後、こんな感じでいいのかと不安そうにこちらを覗いてくるので俺は小さく頷く。本来ならもっと準備や段取りが必要だが大明神も存在しない、信仰する神も違うこの世界で全てを前世のしきたりに合わせる必要もないだろうと、かなり省いてある。


 ちなみにマリスとは交わす予定はない、こいつとはあくまで対等な関係だからな。


「では御方方?は、お手元の盃をお持ちください。」


 マリスの言葉に合わせて俺が盃を持つと他も自然と同じ様に手にする。


「この盃はただの盃ではない、これを飲み干せば俺とお前たちは親分子分の契りを結び俺が白と言えば黒も白になる、その覚悟が出来たら者からその盃を飲み干すように。」


 そう言って先に俺が一気に飲み干してみせると、皆も同じように飲み干していく。

魔法で縛ることのできる、この世界では何の誓約もない形だけの儀式だが、飲み終えた奴らは、心なしか顔つきが良くなっていた。

 そして、ここから一年の間、竜王会はその名を国中に広めることとなる。

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