第135話 従姉妹
昼休みになると、俺は一度ルナたちと離れ、エマの元へと向かう。
と言っても、俺はエマの顔を知らないので、当然いる場所も見当がつかない。
だからまずは彼女を知っているであろう教師のソルナンテに会いに行くため、職員室へ行く事にした。
「エマ・エブラートさん?勿論知っていますよ、確かあなたの従姉妹でしたね?」
職員室に着くと、普通の教員らしく授業で使う問題を作成しているソルナンテに話しかける。
他の教員たちがいる手前、自然な会話を心掛け要件を伝える。
「ええ、ですが出会ったことがないので顔を知らないんです。それで、先生が以前校舎を案内してくださった際に一年も担当していると聞いたのを思い出して、先生なら知っているかなと思いまして。」
「そうですね……外見としては小柄で金髪で少し大人しい感じの生徒ですね、綺麗な水色の瞳をしています、元々明るい性格でしたが今は以前と比べると少し控えめですね。そして場所ですが……ハハハ、流石に一生徒のいる場所までは把握していません。」
そう言って苦笑をしてみせるが、それと同時に一枚の紙を床に落とす。
俺はそれを拾い上げソルナンテに返すと、そのまま礼を言ってその場を後にする。
……そして、先ほどの紙に記された場所へと向かった。
中庭を通り抜け、ちょうど校舎の陰で隠れたところにあるそこは、目的がなければ誰も来ないような人気のない場所だった。
だが、何故かそこにはずぶ濡れになって校舎の壁にもたれかかって座っている一人の少女がいた。
膝を折り座っているので身長は分からないが、金髪で水色の瞳をしていることから、こいつがエマで間違いないようだ。
彼女は濡れた後に倒れたのか髪も制服も土で酷く汚れ、膝には傷ができている。そして呆けた顔で空を見上げており、隣で見下ろす俺に気づいていない。
「こんなところで水浴びとは随分変わった趣味だな。」
「ひや⁉」
とりあえず話しかけると、エマは驚きの悲鳴を上げこちらを見る。
「ど、どうしてこんなところに人が、しかも話しかけて来るなんて……、あ、すみませんすぐに行きますので。」
「あ、ちょっと待て。」
俺は慌ててその場から去ろうとする少女の手首を掴み、引き留める。
「おま……じゃなくて、あなたがエマ?」
「え?は、はい、そうですけど……その制服は二年の方ですよね?」
「ああ、私の名はマティアス・カルタス、昨日編入してきたんだ。」
「カルタスって、まさか……」
「そう、最近伯爵家に迎えられたアンタの従姉妹にあたる。」
そう名乗ると、エマは口に手を当て素直に驚いたリアクションを見せる。
「まあ、そうなんですか。私にこんな綺麗な従姉妹がいたなんて知りませんでした。」
「今まで平民として暮らしていたからな、最近になって伯爵家に迎え入れられたんだ。」
「そうなんですね、知りませんでした。」
「平民と聞いても驚かないんだな。」
「私の家もどちらかと言えば平民の方が近いですから。」
他の生徒は平民と聞くと露骨な反応を見せるのに対し、エマは特に気にしていない様子で笑ってみせる。
「それでだが、マリスにアンタの様子を見てくるように言われたんだが……」
俺は早速話を切り出すとエマはえっと呟き、何か言おうとするもすぐに口を閉ざすと、誰が見ても分かるような作り笑いを浮かべる。
「そうなんですか……で、でも私は大丈夫ですから――」
「雨も降っていないのに濡れているのにか?」
俺がエマの汚れた姿を指摘すると、エマは無言で俯く。
「あの……お会いできたのは嬉しいですけど、私とはあまり関わらない方がいいですよ。少なくとも、人前では。」
「……そうか。」
「……はい。」
「よし、じゃあ食堂でも行こうか。」
「へ?」
こんなところで立ち話も何なので俺は再び彼女の手を引っ張り食堂へと向かう。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「ん?ああ、すまない、まず着替えが先だったな。」
だが、寮まで着替えに行ってると昼休みの時間が終わってしまう。
「い、いえ、それはいいんです。もうこの制服しかないので……そうではなくて私と食堂なんかに行ったら大変な事に。」
「なんだ?殺し合いでも始まるのか?」
「い、いいえ、そこまで大変ではありませんが……」
「なら安心しろ。それ以外の事は大変なうちに入らない。」
俺はエマを保健室でジャージに着替えさせた後、食堂へと向かった。
「……と言うわけで、この子も一緒にいいか?」
俺は食堂でルナ達と合流すると、二人にエマの事を紹介する。
「勿論私たちはOKだよ。」
「それにマティアスさんの従姉妹という事は彼女もマリス先輩の従姉妹ってことよね?」
「あ、あのやっぱり私……」
歓迎ムードの二人に対しエマは居づらそうに下を向いている。
周囲はちらほらとエマの方を見てくる奴らはいるが、声をかけてくるような奴はいない。
だが、エマはそんな周囲の視線も気になっているようだ。
「お前は何か悪いことしたのか?」
「いえ、そんな……事はないです。」
「なら堂々としてろ、雑音なんて気にするな。」
そう言って四人で少し遅めの食事を始める。
エマは初めは緊張した様子だったが、ルナたちが上手く話を回すと時間が経つにつれ少しずつだが強張っていた顔が和らいでいった。やはり本当の女性である二人の方が話しやすいのだろう。
そうして時間が過ぎ、このまま問題なく食事が終ろうとした、その時だった。
「あら?誰かと思ったらエブラートさんじゃない?」
その声にエマは体をビクつかせる。
声の方を見れば複数の女子を率いた一人の女子生徒がエマに声をかけて来た。
「メ、メフィス様……」
その女子を見た瞬間、エマの顔が一瞬にして青ざめる。
「こいつらは?」
「確か一年のビオラ・メフィスさんだね。ほら、昨日話していたマンティスさんの親戚の伯爵令嬢だよ。」
メフィス?ああ、
「あんな目にあって、よくもまあ食堂に来られましたね?」
メフィスがそう言うと取り巻きの女子たちがクスクスとエマを嘲笑う。
先ほどまで笑みを浮かべていたエマはメフィスに話しかけられただけでその表情は固まり過呼吸になっている、思ったより重症だったようだな、手遅れになる前に間に合ってよかった。
しかし、肝心の王子とやらは何をやってるんだ?仲がいいならこんな状態を知らないはずもないだろうに。
「ちょっと、ビオラ様が話しかけてるんだから、何とか言ったらどうなの⁉」
取り巻きの一人が前に出てエマに厳しく追及してくると、固まるエマを振り向かせようと肩に手を伸ばす。
だがそれを俺の手が払いのけた。
「な、なにすんのよ!」
「マ、マティアスさん?」
「貴族の食事ってのは、静かに食べるのがマナーだと考えていたんだが、違うのか?……ああ、それともお前らのマナーがなっていないだけか。」
「な、なんですって!」
女子の矛先がこっちに向かうと俺は静かに立ち上がり、エマを守るように彼女たちの前に立ちふさがった。
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