第134話 自己紹介
「本の虫……」
いわゆる光に群がる虫に喩えた本ばかり読む人物という事なのだろうが、本を読むなら図書室で読む方が効率がいい、どちらかと言えば引きこもりと言った方がしっくりくる。
しかしそれは少々想定外だな。
ノイマンの子供達については一応調べてはいた、と言っても流石は公爵家だけあって、ガードが固く殆ど目ぼしい情報は得られなかった。特に次男に関しては名前すらわからないほどだ。
だからこそ、一人一人自分の目でどういう人物かを探ろうとしていたが、自分専用の寮に引きこもってたんじゃ情報を探るのは難しいか。
まあ、たまに図書室には顔を出すらしいし、そのうち接触する機会は来るだろう、とりあえず今はもう一つの方に集中するとしよう。
まずは、明日の昼休みにでもエマとやらに会いに行ってみるか。
明日からの予定が纏まったところで、ふと扉を叩く音が聞こえてきた。
アメリが対応し扉を開けると、そこには二人の女生徒が立っていた。
「どちら様でしょう?」
「あ、突然ごめんなさい、今日からここに編入生が来るって聞いたから挨拶をしようと思って。」
女子の一人がそう言うと、アメリがこちらを窺う。
あまり標的以外とは関わりたくないと思っていたが、そうも言ってられないか。
それに今後もこの姿でも生きていくなら、それなりに人脈も作っておかないとな。
「それはどうもご丁寧に、せっかくだから入ってもらって。」
俺が許可を出すと、アメリが二人を招き入れる。
部屋に入った二人は、何故か物珍しそうに部屋をキョロキョロと見渡す。
「広いわね、
「メイドがふた……いや、三人?ってことはやっぱり裕福なんだ。」
二人が感想を言い合って歩いてくると、俺はアメリに二人の席を用意させた。
「あ、挨拶もまだなのにごめんなさい。初めまして、私は高等部二年の、ルナ・ラードと申します。」
「同じく二年のアルテ・ポカードだよ、ちなみに二人とも子爵家の家柄ね。」
スタイルの良い金髪ストレートの髪形をした方が、ルナ・ラードで高校生にしては少し小柄で珍しいピンク色の髪色をした方がアルテ・ポガードだな。
「ああ、俺は……」
「ゴホン!」
「いえ、私はマティアス・カルタスです。」
二人が自己紹介をすると俺も間違いそうになりながらも名を名乗る。
すると、俺の名前にルナ・ラードが反応する。
「カルタス?ってことはもしかしてマリス様のご家族ですか?」
「ええ、マリスは私の従姉妹に当たりますが、知ってるのですか?」
「勿論です!マリス先輩は二つ上の先輩で中等部の時からお世話になっていました、頭も良く爵位問わず誰にでも優しくて、よく相談に乗ってもらっていたんです。」
「……へえ、そうなんだ。」
眼を輝かせながらマリスを語るラードからつい眼をそらす。
その憧れている先輩が今、男誑しで金を貢がせるような女になってると知ったらどうなるか。
そしてそれを教えたのは俺だ。
「ところでラードさん達は……」
「あ、ルナでいいですよ。」
「私もアルテの方がいい。」
「じゃあ私も、マティアスで。それでルナさん達はどうしてわざわざ私を訪ねてきたの?」
「私たちのクラスに編入してくる人がいるって聞いたから、どんな人か少し気になってしまって。」
「二人ともクラスじゃ少し浮いてるから、抜け駆けして声をかけようと思ったの。」
アルテがそう言うとルナが慌てて口を塞ぐ。
浮いている……っていうのは苛めか仲間外れと言ったところか?さっきも一人一部屋のはずなのに、自分達の部屋とも言っていたし、この二人は二人で何かあるのか?
まあわざわざ深堀する必要もないか、聞かなかったことにしよう。
「じゃあ次、私からしつもーん!マティアスはどうしてこんな時期に入ってきたの?」
「え?ああ、それは――」
元気よく尋ねてくるアルテの質問に答えようとしたが、すぐにルナがそれを遮った。
「アルテ、そう言うことは聞かない方がいいわよ、その……訳があるのかもしれないし」
「ああ、それもそうか。」
「いや、大した事じゃないから別に構わない、お……私の母が平民で、今まで二人でスラムで暮らしてたんだけど、最近その母が死んだから父の姪にあたるマリスを頼ったらそのまま迎え入れられたってわけ。」
「……それ、結構大した事あるくない?」
「私にとってはどうでもいい事だから……」
実際はただの作り話だからな、寧ろ広めた方が都合がいい。
「へえ……マティアスさんって、なんかクールでかっこいいよね!」
「うん、そんでもって見た目は可愛いから反則だよ。」
「そう……ありがとう。」
かっこいいはともかく可愛いは正直複雑だ。
今の俺は首飾りによって女性になっているとはいえ、変わったのはガタイと声色くらいで顔自体はあまり変わっていない。
どちらかと言えば、怖がられるくらいが俺としては丁度いいんだがな。
「ところで、二人に聞いておきたいのだけど……この学校で気を付けなきゃいけない人とかいる?」
俺が少し真面目な顔つきで尋ねると、その質問に対し二人は顔を顰める。
「まあ、学校って行っても貴族社会だからね……気をつける人とかはいるかな。」
「それならやっぱり私達の担任の教師かな、爵位贔屓が激しいから私達も色々言われるよ。」
「なるほど。」
俺の担任……確か、カールとかいう奴だったな。
「後はやっぱりソフィアさんかな?」
「ソフィア?」
「ええ、ソフィア・マンティスさん、マンティス侯爵家の令嬢で一番爵位の高いノイマン先輩が、あまり顔を出さないから実質女子生徒の中では一番爵位が高いことになっているわ。」
「特に第三王子であるマルクト先輩に夢中で、懇意にしている一年生が標的にされてるみたい。」
「へえ……」
つまり、そいつが俺の標的になるわけか。
「だから、ソフィアさんには近付かないほうがいいわね、学年は一緒だけどクラスが違うから大丈夫だと思うけど。」
「そう、わかったわ。ありがとう……」
その後、俺たちはたわいのない話をした後、その日は解散となった。
翌日、俺は担任の教師に連れられて自分のクラスへと向かう。
カールは担任だからか俺の家庭事情を知っているようで、ルナが言っていたように俺に対し侮蔑の目を向けてくる。
「ったく、何故私のクラスにこのような奴が入ってくるのだ。」
カールは不満を隠すことなくブツブツと呟きながら、クラスへと案内する。
そして八つ当たり気味に勢いよく教室の扉を開けると、挨拶もなしにいきなり俺の紹介を始める。
「えー、皆さんにお知らせです。今日からこのクラスに転入することになった、マティアス・カルタスさんです。こんな時期に転入とは珍しいかもしれないが、どうやら彼女は今まで
スラムという言葉を強調して嫌味ったらしく俺を紹介すると、クラスに不穏な空気が流れ、ざわつき始める。
ルナとアルテは怒りを見せてくれているが、この程度は想定内だ。
俺は軽くお辞儀をして改めて自分で自己紹介をする。
「ただいま、ご紹介に預かりましたマティアス・カルタスです。今先生が話された通り、私は最近までスラムで暮らし、カルタス家に迎えいれられました、なので貴族の事はまだわかりません、ですが学校とは学ぶためのもの、ここにいる貴族の先輩である皆様方はきっと貴族らしい振る舞いをしてくれると思うので、是非勉学だけでなく貴族としての振る舞いも学んでいこうと思いますので皆様、どうぞよろしくお願いします。」
自己紹介を終えると、もう一度俺はお辞儀をする。
こう言っておけば、向こうも露骨な嫌がらせなどはしてこないだろう。
まあ中にはいるかもしれないが、それはそれで楽しみではある。
クラスの雰囲気が少し和らぐと、担任はつまらなそうに鼻を鳴らし、俺の座る席を指示する。
場所は一番後ろの窓側の席だ、前世なら当てられにくい席として喜ぶ場所だが、この世界ではどちらかと言うと立場を追いやるような席なのかもしれない。
その後、授業が始まるが、誰も声をかけてくる事はなかった。
ちらほら視線を感じていたので意識はしているようだが、伯爵家であり、平民の子供ということで対応に困っているのかもしれない。
そして、休み時間になるとルナとアルテが俺の元へ集まってきて、守るように席を囲んでくれた。やはり浮いているのか二人が来ると誰も近づいてこず、おかげで俺は昼休みまで何事もなく時間を過ごしていた。
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