第136話 対立

「……貴方、誰よ?」


 俺が間に割って入ると、先ほどまで楽しそうにエマに絡んでいたビオラ・メフィスが腕を組みながら不快そうにこちらに眼を向ける。


「名乗るほどのものではありません。」

「馬鹿にしてるの!ビオラ様が尋ねてるんだから名乗りなさいよ!」


 取り巻きの一人が突っかかってくるが、動じることなく無言を貫く。その反抗的な態度に取り巻きはさらに怒りを重ねるが、騒ぐだけで特に何もしてくることはない。


「ちょ、ちょっと、わざわざ煽らなくても……。」

「マ、マティアス様……」


 メフィスたちと対立する俺をエマが心配そうに裾を掴みながら見つめるが、俺は心配させないように小さく微笑む。

 何せここは先ほどの場所と違って人の目が多い食堂だ、裏でこそこそとイジメを行うこいつらにこんな公の場で暴れる度胸なんてないだろう。


「大体貴方には関係ないでしょ!」

「目の前で身内が嫌がらせを受けているのを黙って見ている性分じゃないのでね。」

「あら、嫌がらせなんて人聞きの悪い、私達はただ話しかけただけよ、ねえ?」

「ええそうですわ、それなのに私たちを無視したのはエマさんです!」


 そう言って、あたかもエマが悪い様に指を刺して責め立てる。


「ならもう少し自分が嫌われていることを自覚した方することだな、空気が読めないと社交界でも苦労するぞ。」

「……あなた、随分失礼ね。名門伯爵家の令嬢であるこの私にそれだけ言うのであれば、さぞかし名のある貴族なのでしょうね?」

「そう言えばさっきその子の身内って言ってましたっけ?という事はもしかしてあなたが例の編入生のマティアス・カルタスさんかしら?」

「あら、アリーナ、知っているの?」

「はい、カール教諭が言いふらしていましたから、なんでも最近カルタス伯爵家に迎え入れられたの娘だそうですよ?」


 周囲にも聞こえるようにスラムと平民と言う言葉を強調してクスクスと笑うと、周りからもちょっとしたざわつきが聞こえてくる。


「まあ!平民なうえにスラム出身なんて汚らわしい。」

「そんな子をこの学園に通わせるなんて、カルタス伯爵家の方々は何を考えているのでしょう⁉」


 メフィスたちは俺を貶めようと大げさに声を上げ騒ぎ立てる、これぞまさに貴族社会といったところか。

 周囲の雰囲気もスラムや平民と言ったワードを聞いてから少し変わり、傍観する奴らの中には俺に侮蔑の眼を向ける奴らが現れ始める。そんな俺に唯一味方する三人も少し心配そうな様子を見せるが、これくらいの事は想定内だ、それにカルタスを悪く言われたところで俺は別に痛くも痒くもない。


「貴族になれたから随分調子に乗っているようだけど、所詮平民は平民よ、私たちと同じ立場だと思わない事ね。」


 周りの雰囲気にメフィスが勝ち誇った顔を見せるが、俺はそんなメフィスを鼻で嗤う。


「フッ、ここに来てから何かと馬鹿の一つ覚えみたいに平民平民と……それしかいう事がないのか?まあ、仕方ないか、甘やかされて育ったお嬢様は家柄以外誇るところがないんだから。」

「な、なんですって⁉」

「エマに絡んでるのも、身分が低いのに成績が優秀で男に人気があるのが気に入らないからだろ?そんなことしてる暇があるなら、持て余してる金なり権力なりを使ってもっと自分を磨いた方がよっぽど効率的だと思うぞ?」

「言わせておけば……あなた、許さないわよ!歴史だけが長い貧乏貴族の片割れのくせに!私の家はメフィス侯爵家の他にもたくさんの貴族と繋がりがあるのよ!貴方の家なんて、お父様に言えば簡単に潰せるんだから!」

「ならやってみろよ。」

「え?」


 俺は一気に声のトーンを落とすと、相手を威圧するようにドスを効かせた声で答える、今は女性なので声が高い分普段よりも迫力に欠けるが、ガキどもをビビらせるには十分な様で食堂の空気が一瞬で凍り付く。


「どうした?さっさと親父に連絡して泣きついて来いよ、それとも……いつものようにでもするか?つってもこんな公の場ではする度胸もないか。」


 俺が再び挑発するが先ほどとは違い、さっきまで怒鳴り散らしていた令嬢たちは固まって動かない、そして今度は俺の方から一歩一歩詰め寄っていく。


「早くやれっつってんだよ?安心しろ、水をかけられたくらいじゃ怒らねえからよ。」

「え……あ……」


 俺は息をするのを忘れ、何とか声を出すのが精いっぱいの令嬢たちから一切目をそらさず睨み続ける。

 そしてこの状況に臆し始めたのか、徐々に彼女たちの目に涙が溜まり始める。すると、この空気を破るように若く凛々しい声が食堂に響き渡る。


「これは何の騒ぎだ?」


皆が一斉に声の方へ振り向くと、丁度食堂の入り口から男子が二人、入ってきた。


「マ、マルクト様……」

「マルクト殿下だ……」

「スノー様もいるわ……。」


 周囲の生徒がその声の主を見て、名前を口々にする。

 マルクト……ようやく王子のお出ましか。

 俺の瞳とは対照的な青い瞳に、女受けしそうな整った顔立ち、服装の乱れは一切なくその佇まいから育ちの良さが伺える。

 そしてこれが王族の風格か、メフィスたちと同じように固まっていた他の生徒たちもマルクトの姿を見て安心したのか、緊張を解けはじめポツポツと口が開き始める。

 そして、マルクトの隣にはどこか見覚えのある男子の姿もあった。

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