第137話 マルクト
「いやあ、しかし、今日のソフィア嬢は一段としつこかったなあ。」
生徒会の仕事を終えた帰り道、生徒会長であるマルクトは副会長であるロミオ・ベーシスと共に少し遅めの昼食を取りに食堂へと向かっていた。
「僕たちももう高等部三年、学園生活も長くないから向こうも必死なんだよ。」
ここ最近、放課後はソフィア・マンティス令嬢の相手をしていたこともあって、生徒会の仕事が遅れ気味だった分、こうして昼休みを使って取り戻していたが、今日はその昼休みにすら彼女はマルクトに会いに生徒会室にやってきたので思った以上に仕事が進まなかった。
彼女が頻繁に会いに来る理由は分かっている、それはマルクトの卒業が近づいているからである。
マルクトは今年で高等部三年、あと数ヶ月で学園を卒業することになる。
そして卒業すれば繋がりが断たれ、会う事も難しくなることからソフィアはマルクトに積極的なアプローチを起こしているのであろう。
「でもこのままじゃ仕事も溜まっていく一方だぜ?」
「だからと言って無碍にはできない、彼女も立派な婚約者候補なのだから」
第三王子であるマルクトは、他二人の兄と違って生まれて十七年間婚約者がいたことがない、理由は父である国王がノイマン公爵家と繋がりを持とうと、マルクトと同じ年でノイマンの令嬢であるアンデスとの婚約を目論んでいたからである。
ノイマン公爵家はこの国の三大公爵家に数えられていたが、現当主のバルデスが当主になってからは実質ノイマンの一強となっている。
幸いノイマンには反逆をするような不穏な動きはみられていないが、バルデスは非常に腹の内が読めない男で、いつ何をするかわかったものではない。
そのため、ノイマンを王家の下に繋げておくためにもマルクトとアンデスの婚約を進めようと動いてきたが、アンデスはそんな王家を嘲笑うようにその話をはぐらかし続けていた。
父であるバルデスもアンデスに強要するようなことはしなかったため、この十七年間マルクトはひたすらアンデスの言葉を待ち続けていた。
そして何の回答もないまま、十年の時が過ぎ、二人が高等部三年になった年、アンデスは正式に婚約を断ったのである。
アンデスに振り回された形となった王家だが、文句を言う事も出来ず。そしてその話を聞きつけたマルクトの元には多数の令嬢からの婚約の話が持ち掛けられることとなった、そして侯爵家のソフィアは、その婚約者最有力候補となっている。
「でも、おかげで毎日仕事とソフィア嬢の相手でエマちゃんにも会えてないんだろ?」
「……」
その名前を出されるとマルクトは口を閉ざした。
エマ・エブラート……
資金面の関係で高等部からこの学園に通い始めた男爵家の令嬢である。自分の婚約者候補でもあったマリス・カルタスの親戚にあたり、自分が最も懇意にしている女性である。
この一年暇さえあれば何かと彼女と時間を過ごしてきた、だがここ最近はまともに話もできていない
だが最近はこれでいいとさえ思い始めていた。
彼女の家は地位の低い男爵家なので当然婚約者候補の中には入っていない。どれだけ仲よくしたところで彼女とは結ばれることはないのだ、ならばこのまま疎遠になった方がいいと、マルクトは自分に言い聞かせていた。
「僕より自分の心配をしたらどうだ?お前もまだ決まってないんだろ?それとも気になる子がいるのか?」
話を変えるためマルクトはロミオに話を振る。
ロミオはこの国の宰相を務めるベーシス侯爵家の次男でマルクトとは幼馴染になる。
顔もよく彼自身も爵位の高い貴族なので縁談の話が後を絶たないが、好きな相手と結婚したいという理由でのらりくらりと避けているのだ。そしていまだにロミオに相手はいない、それを知っているからこそ、マルクトはロミオに話を振ったのだが……
「……いる。」
「なに⁉」
ロミオからは予想外の返答が返ってきた。
「いや、と言っても本当にただ気になっているだけでな、昨日初めて会った子で名前も知らないし、ただ凄く独特の雰囲気があって普通の女子と違うから、妙に気になるっていうか……」
ロミオは言い訳をする様にその子について語り始めるが、その口調はとても早口で今までのロミオとは違い凄く新鮮な反応だった。
「でも名前も学年も知らないんだよな……制服を着てたからこの学園の生徒ではあるのは確かなんだが……あれだけ可愛ければいやでも目に付くはずなんだが……」
そういってロミオはその子の事を考え始める、それが既に夢中になっている証拠だろう。
そういう相手を見つけたロミオにマルクトは驚きつつも、親友の初めて見る反応に思わず笑みを浮かべた。
だが、食堂に近づくにつれなにやら騒がしい声が聞こえてくると、真面目な表情に変える。
「なんかあったのか?」
ロミオもそれに気づいたようで、すぐ表情を引き締める。そして食堂に入ってみると何やら女子たちが揉めているようだった。
「あれは、ビオラ嬢?」
そこにいたのは取り巻きを連れたソフィアの親戚であるビオラがおり、
その前には見慣れない姿の令嬢がいた。
「それともう一人は……」
「あ、いた」
弱弱しい声でそう呟いたロミオの眼にはメフィス嬢に詰め寄る青い髪の少女が映っていた。
――という事は彼女がさっき話していた……
マルクトは改めてロミオが夢中になっている女子生徒に目を向ける。とても綺麗な青い髪と、それとは対照的な緋色の瞳が目に付く凄く可愛らしい少女だ。
マルクトはそのまま騒ぎの元へと足を進める。
「なんの騒ぎだ?」
「マ、マルクト殿下!」
一人の生徒が自分の名前を呼ぶと、ビオラもすぐにこちらを振り向く、そしてすぐさまこちらに駆け寄ってきた。
「マ、マルクト殿下!こ、この女がいきなり騒ぎ立て始めたのです私たちはただ静かに食事をしていただけなのに!きっと平民の血が流れているから私たちに嫉妬して……」
「……どうやら死にたいらしいな。」
「ひっ!」
可愛らしい姿からは想像もつかないほどの威圧的な声で少女がそう言うと、いつも強気なビオラが涙目になって、自分の背中に隠れる。
確かに、言葉遣いは非常に野蛮ではあるが、何故か違和感を感じられない。
それに彼女の平民と言う言葉も気になる。
そしてすぐ傍の席ではエマが不安そうにこちらを見つめていた。
「……わかった、この件はいったん僕が預かろう。えーと君は……」
「初めまして、マティアス・カルタスです。マルクト殿下」
そう名乗ると彼女は先ほどとは別人のように礼儀正しい姿で頭を下げる。
――カルタス?と言うことはエマと親戚という事か、エマの表情を見るに、もしかしたらエマも関わっているのかもしれないな。
「ではマティアス嬢、この件について話を聞きたいから放課後、生徒会室に来てくれ。」
「わかりました。」
「それと、流石に年頃の男女二人きりで話はできないから、ロミオも一緒にいてくれると助かる。」
「!あ、ああ勿論だ!」
そう言って、ロミオが嬉しそうに返事をする。やはり彼女がロミオの意中の相手なのだろう、だがマルクトはそんなマティアスを少し警戒していた。
エマの親戚であり親友の意中の相手、本来なら信用したい。
……だがマルクトの眼には、彼女の右腕から漏れている黒いオーラが見えていた。
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