第30話 再会

「きたか……」


 俺がそれを目にしたのは、パルマーを出てからおよそ半年後のことだった。

 滞在中の街にある酒場と繋がったギルドの依頼掲示板、その横には国中で指名手配されている犯罪者の手配書が貼られてある。

 俺はその中の一つの手配書に目を向ける。


 手配書にはその人物の名前は書かれていなく、人相書きは似てるかどうかと言われれば、似てない部類に入るのだろう。

 しかし見た目の特徴はうまく捉えており、人相書きの下に書かれた情報を照らし合わせてみればすぐに分かった。


『王国貴族殺害の野盗 懸賞金十万ギル』

 

それは間違いなく俺の手配書だった。


「十万ギルか……中々良い値がつけられてるな。」


 野盗と書かれているのが少し気になるが、懸賞金は他と比べても結構な額がつけられている。

 まあ、この罪状を見れば誰も不思議に思うものはいないだろう。


「王国貴族……か」


 この世界での指名手配は主に二種類に分けられる。

 一つはギルドの依頼の一環として扱われ、村人から貴族まで誰でも懸けることの出来る通称個人指名手配、そしてもう一つが国が懸賞金をかける国際指名手配だ。


 個人指名手配は名前の通り個人で出す手配書の事で、依頼と同様、ギルドに仲介金と手配書の発行料を払うと誰でも最低一〇〇〇ギルから懸賞金をかけることができる。

 そしてそれをギルドがその指名手配をかけられた人物の前科や知名度により危険度を査定し、依頼と同じくFからSランクに振り分け、ギルドの依頼掲示板横に手配書が貼り出す仕様だ。


 普通の依頼と違うところは、わざわざ依頼を受ける必要がなく、ギルドに所属してなくても手配犯を捕縛、もしくは討伐すればその報酬がしっかりともらえるところだが、所詮は個人から出される金だから高い懸賞金がかけられる事はあまり多くない。


 そしてもう一方の国際指名手配は、国から出された手配書で、全て国が管理している。

 主に国に仇なす者や騒がせる者にかけられることが多く、ランク分けはなしで、その起こした事件の大きさによって懸賞金を決めている。

 中には目撃情報を伝えるだけで報酬がもらえたりもする。

 言うなれば日本仕様の手配書だな。


 個人指名手配と違ってギルドだけでなく、宿や武器屋などといった店の中にも、手配書が貼られているため、町の住人達の眼にも届きやすい。

 その為、国際指名手配書で懸賞金をかけられたら、もう表立って歩くことはできなくなる。


 そして俺が殺したのはどうやら貴族の中でもそれなりの地位のある帝国貴族というやつだったらしく、俺は見事、その国際指名手配犯となったわけだ。

 今はまだ手配書が出回ってないから大丈夫だが、いずれ浸透すれば皆がこの手配書を目にするだろう。


 この半年間は行商人の経験を生かし、行商人紛いのことをして生活してきたが流石にそれも、できなくなるだろう。


「……とりあえず今手元にある物は全て売却し、暫くはなりを潜めるとするか。」


 そう決めると俺は酒場を出て、そのままこの町にある商会へと向かった。


――


「はいよ、これが売却金だ。」


 商会で売却を済ませると俺は手元にある金を数える。

 売り払ったのは使うことのない素材と旅に使っていた馬と馬車。

 売却金額は全部含めて一万五千ギルほど、相場としては少し低いくらいだが渋るほどの値段でもない。

 これで手持ちは五万ギルくらいだな。


 まあ、これで暫くはもつだろう。

 俺は金を数え終えると、腰につけた袋の中に入れ、街の通りの方に歩き出す。


 しかし、そう上手くはいかないもんだな。


 正直言えばこの世界の文明を侮っていた節はある。

 この世界には、写真や映像といった技術はないのであわよくば逃げ切れるなどと思っていた。

 だが、それにかわる魔法かスキルがあったのか、人相書きは髪型や肩幅など、人に聞いただけではわからないような特徴を捉えていた。


 それでも人相書きが似ていなかったのは恐らく描き手の絵心のなさが原因だろうな。

 他の手配書をみる限り描き手の人間はいるようだが、その描き手が描いていないのを見ると、実際に容姿を知っているのはその魔法かスキルを持っている男だけとなる。


 あの絵ならば、少し髪型を変えれば少しは誤魔化しは効くだろう、この世界で赤髪なんかは珍しくないからな。

 だが、それでも気づくやつはいるだろうな。


 「やはりどこかで身を隠すか……」


 問題はどこに隠れるかだが。

 他の町から離れた、名もなき村でひっそりと暮らすのも一つの手だが、その場合バレた時に色々と面倒なことになりかねない。

 ならば、治安の悪い場所で身を隠した方がまだマシか……


 どの町にも人目のつかない場所と言うものがある、そして大きい町はそう言った場所が地区単位であり、そこは衛兵の眼が届かないスラムとなっている。

 国から追われる者として隠れるには申し分ない場所だが、治安が悪い分、常に身の危険を感じなければならないのが難点だ。


 どちらにせよ、この町からは出ないといけないな。


 ……ただ、その前に


 俺は横目で後ろを見る。


 ……つけられているな。


 商会を出てからずっと、一つの足音が俺の後方でピタリとくっついてきている。

 もう指名手配に気づいたか、もしくは俺の腰に付けた金が目当てか……ただあまり尾行は上手くないようだ。

 まあ、どちらでもいいか、襲ってくるなら返り討ちにして身ぐるみはがさせてもらう。


 俺はそのまま人気のない路地裏に入り、更に奥まで入り込むと人目がつかない場所で尾行者を待ち構える。

 

「隠れてないで出てきたらどうだ?」


 警戒しているのか何もしてこない尾行者にそう促すと、物陰から一人の男がゆっくりと顔を出す。

 

「へへ、さすがアニキっすね」

「……てめぇは……マーカス?」


 男の顔を見てそう呟くと、男はニンマリと笑う。

 以前であった時に比べて、やせ細り小汚くなっていたが、その特徴的なキツネ目と、へこへこした態度は間違いなく一緒に脱走してきた奴隷の一人であるマーカスだった。


「どうもアニキ、お久しぶりっす。」


 マーカスは以前と変わらぬ呼び名で呼びながら歩み寄ってきた。


――


「へえ、アニキも色々苦労してきたんスね……」


 一年ぶりの再会となった俺達は互いの別れた後の事を話し合っていた。

 俺があの場から離れていった後、統率が取れなくなった奴隷達は次第にバラバラになっていったらしい。


 行く当てのないマーカスは数人の奴隷と共に、とりあえず奴隷になる前に住んでいたこの町を目指したらしい。

 レクター一家がいた俺と違って、奴隷の見た目のせいで街中を歩けなかった分、苦労は絶えかったみたいだが、他の奴隷たちと協力しながら何とかこの町まで戻って来たらしい。


 ただ、戻ってきたところで以前のような情報屋は出来ないらしく、仲間たちと共にゴミ漁りで何とか食い繋いでいたところ、俺の姿を見つけたという事だ。


 そして他の仲間にその事を話したら是非会いたいとのことだったのでこうして俺の後を付けて話しかけるタイミングを探していたらしい。


「いやあ、まさかこんなところでアニキと出会えるなんて思っても見なかったっスよ。」


 そして、現在俺はその他の奴隷達に会う為、マーカス達が隠れている場所へと向かっていた。


「ところでどうして俺だと分かったんだ?」


 俺とマーカスが最後にあったのは一年前、あの頃と比べて髪も整え、身体もだいぶ大きくなった。

 すれ違いざまで、一目で見て気づくには少々疑問が残る。


「いやだなぁ、アッシがアニキに気づかないわけ――」

「御託はいい、どうせ持ってるんだろ?そう言うを」 

 

 そう問いかけるとマーカスの細い目がほんのりと見開く。


「へへへ、流石アニキ気づきましたか?」


 マーカスはあっさり認めるとそのスキルについて説明し始める。


「そうっス、アッシの持ってるスキルは『鑑定』、アッシには自分の眼で見た人や物のあらゆる情報を見ることができるっス。」


 なるほど、だから情報屋をしていたのか。

 そしてそれで知ってはいけない情報も手に入れて捕まったと……

 

「なら奴隷時代に俺に近付いたのもそれが理由か?」

「正直に言えばそうっすね、アニキのステータスは奴隷の中でも人一倍飛び抜けてましたから。おまけに称号は名もなき十年目のベテラン奴隷。興味が出ないわけなかったっス」


 称号なんてものも見えるのか……


「なら、今の俺の称号はどうなってるんだ?」

「えーっと……貴族殺しっスね」


 称号を見たマーカスが苦笑しながら告げた。


「さて、着きましたよ。ここがアッシらの隠れ家です。」


 案内されてついたのは、まるで物置のようなサイズで今にも風で吹き飛ばされそうなほどのボロボロの小屋だった。


「元々アッシの住んでいた家は奴隷になってる間に別の奴らに乗っ取られちまったんで、今はこちらが新しい家でさあ!」


 情けない話を意気揚々に語りながらマーカスが扉を開ける。

 すると、中にはマーカスの話していた奴隷仲間と思わしき男達が三人、壁にもたれて座っていた。

 三人共ロクに飯を食べていないのかマーカス同様かなり痩せこけている。


「へえ、まさか、本当にあんたがいるとはな。」


 すると三人のうちの一人が俺の姿を見るや呟く。


 どうやら向こうは俺を覚えているようだが、生憎俺自身は一人一人の奴隷の顔など覚えてはいな――

 ……と、思ったところでふと気づいた。

 以前と比べて随分やせ細っていたのでわからなかったが、俺のはその男をはっきりと覚えていた。


「てめえ……まさか……」

「へへへ、久しぶりじゃねえかさんよ。」


 俺の驚いた様子を見てエッジがニヤリと笑った。

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