第29話 犯行現場

 ベンゼルダ王国、南部地方にある町パルマーは長閑なところ以外特徴のない町である。

 名産がある訳でもなく、王都からも離れているため、一応王国領土としながらも国の有力者や、名だたる貴族達とはほぼ無縁の町であった。


 しかし、そんな片田舎の町に今、王都から王国の精鋭部隊が訪れていた。

 

 ベンゼルダ王国騎士団第十一部隊……ほんの数年前に国の第二王子であるリチャード・ベンゼルダにより設立された部隊でいわばリチャード直属の部隊である。


 団長を務めるのは聖剣使いの家系で知られるメンデス子爵家の長男であり、リチャードの幼馴染でもあるアルバート・メンデスで、隊員はわずか十数名。

 他の部隊が全員貴族なのに対し、この十一部隊は老若男女種族身分問わず集められた異色の部隊とも言える。


 リチャードの名の下、悪事が発覚すれば貴族でも容赦なく取り締まる。

 他の騎士団と違ってどんな身分の者にも寄り添う形で接するため、平民達からの評判も良く、聖剣使いである団長のアルバートに因んで『聖騎士団』の名で親しまれ、一部の権力者からは疎まれる存在であった。


 そしてそんな聖騎士団が今回パルマ―を訪れたのは、この町の領主であるブーゼルについて調査するためであった。


 ブーゼルはおよそ一年前にこの聖騎士団の働きにより、悪事を暴かれた貴族の一人であった。

 ただ、取り締まる事は出来ても裁くことまでできなかったため、その裁決を国に委ねた結果、本来なら投獄でもおかしくない罪であったブーゼルの判決は左遷で終わっていた。


 その判決に団員達は不服を申し立てるが叶わず、それどころか僅か数ヶ月で都に戻ってくると話まであった。

 団員達が不満を漏らしていた中、ことが起きたのはそんな矢先のことであった。


 アルバートの元に、役人からここ最近ブーゼルとの連絡が途絶えたので至急調査をしてほしいとの要請が入った。

 本来はその役目は役員自らが確かめに行くべきなのだが、忙しか暇がないとの事だ。

 いいように使われている事を自覚しつつも、ブーゼルのことを気がかりにしていたアルバートは、団員を連れてパルマーへ調査に向かった。


 行くまでの道のりの間でもこの調査に不満を漏らす団員は少なくなかった。

 上層部がブーゼルから賄賂を貰っていたことは知っていたし、今回の調査も賄賂を持ってくる使者が途絶えたのが原因と踏んでいたからだ。


 だが、いくら王子の名の下に、動く聖騎士団でも証拠がなければ捕らえることは出来ない。

 アルバートは今回の調査のついでにその証拠を見つけるつもりでいた。


 町に着くと、早速聖騎士団は町の調査へとかかる。

 その町はまるでここだけ時間の流れが遅いのではないかと思うほどのんびりとしており、まるで争いとは無縁のように思える。

 だが、それが逆に違和感を覚えた。


 ここにはまるでブーゼルの影が全く持って見当たらなかったのだ。

 そして、住民達に聞き込みをするが、皆が皆、口を揃えて同じことを言った。


「領主様?そういえば最近見ていませんね。」


 逆にその言葉が不自然さを感じさせた。

 

 ブーゼルが領主の役目を放棄していることも考えられるが、アルバートは経験上、彼らが何かを隠しているではないかと考えていた。


「団長、町のものに聞き込みをしてきましたが誰もブーゼルの事を知らないとのことでした。」

「こっちもニャ!」


 町の者に話を聞きに行っていた褐色肌の男の団員ニールと、頭に猫の耳をはやした獣人族の女性団員スーが同様の報告をしてくる。


「そうか……」


――屯所の中も見たがもぬけの殻、となると……


「ならばニール、スー、我々はこのままに領主館へと向かうぞ」

「はっ!」

「はいにゃ!」


 名前を呼ばれた二人が強く返事をすると三人はそのままパルマ―の領主が住む屋敷へと向かった。


――


 屋敷に到着すると、さっそく中へと足を踏み入れる。

 見たところ、ここも屯所と同様に人の気配はなかった。


「やはり、ブーゼルの奴は元々この町に来ていなかったのでは?」


 ニールの言葉にアルバートも少し迷い始める。

……だが、その問いをスーが否定した。


「いや、それはないにゃ。ここから死臭がするにゃ。」

「なに⁉」


 人より嗅覚の長けた獣人族であるスーがそう言うと一歩一歩前へ踏み出しながら屋敷の中の臭いを嗅いでいく。


「うん、間違いないにゃ、大分時間が経って消えかけてるけど、この屋敷で何人もの人間が死んでるにゃ。」


 その言葉を聞くと、ニールとアルバートは険しい表情を見せる。

 もし、スーの言葉が事実なら先程の住民たちは確実に嘘となる。


「もう一度住民たちに問いただしますか?」

「いや、きっと彼らにも事情があるんだ、言いたくない事をわざわざ問いただす必要はない。」


 アルバートが腰につけた袋から掌サイズの小さな水晶玉を取り出す。


「それは?」

「リチャード王子から授かった古代魔道具 『空間の記憶エリアウルメモリ』魔力を込めるとこの場所の持つ記憶を映し出してくれる。」


 簡単に説明し、水晶に魔力を込めると、水晶の中にぼんやりとこの部屋の過去の映像が映し出される。

 そこに映ったのは複数の兵士相手に大立ち回りを緋色の髪をした少年の姿だった。


「こいつは……」

「子供?」


 映像の少年は兵士たちを素手で次々と倒していく。

 立ちはだかるものがいなくなると、屋敷から逃げていく使用人を無視して、意識のある兵士を一人捕まえ、案内させるようにそのまま二階の部屋へと向かっていく。


 少年は兵士ごと部屋の扉を蹴り飛ばすと、中に入っていく。

 音声は聞こえないので中で何が起きているのかはわからないが、そこから暫く経った後、部屋から血塗れになった姿の少年が一人出てくると、倒れている兵士の前で短剣を取り出し、喉を一突きする。

それを他の兵士にも同様に行い、まるで作業のように淡々とかき切っていく。


「なるほど、こいつが犯人か!ならすぐにでも――」

「いや、待て、もう少し見てみよう。」


 戦意のない兵士達にとどめを刺していく少年に怒りを見せるニールがすぐさま動こうとするが、それをアルバートが遮りそのまま映像の続きを見る。


 映像に映った兵士を全員殺した少年は、念入りに死んでいることを確認した後屋敷を後にした。

 映像には死体だけが残る、それから暫くすると、映像のなかに何人かの町の人間らしき者たちが映り込む。

 

「あ、この人さっき話聞きに行った人にゃ。」


 映像に映った人物にスーが指さし反応する。

 街の者達は屋敷の中を探索すると、先ほど少年が出てきた部屋から体を震わせ涙を流す一人の美しい少女を連れてきた。


「「「……」」」


 その光景を見た三人は、ここで何が起こったのかを把握した。

 恐らく、先ほどの少年はブーゼルからこの少女を助けるために。単身で乗り込んだのだろう

 兵士を殺したのは口封じ、先に出て行ったのは一人で罪を背負うため、そして知らぬふりをしていた町の住人はこの少年を守っているのだと察した。


「……」


 映像の中では住民達が顔色を悪くしながらも事後処理を行なっている。

 それを見て、全員何も言えなくなっていた。


「……ニール」

「はっ!」

「どうやら今回の一件は一人のによる犯行のものだったようだ。」


 その言葉にニールが一瞬眉を顰めるが意図を把握すると小さく頷いた。


「……ええ、住民は無関係で本当に何も知らないようでした。」

「なら、君は先に国に戻り上の者達にそう報告してくれ、次にスー。」

「はいにゃ!」

「君はアリアと共にこの町でこの件とは別にブーゼルの街での行いについて聞き取り調査を行ってくれ。」

「了解にゃ、団長はどうするんだにゃ?」

「私は他の者たちと共に屋敷から逃げた使用人たちを探し、話を聞くつもりだ。もしかしたらまだ近くにいるかもしれんからな。」


 指示を出すと、二人は早速動き出す。

 

――領主が守るべき領民たちが領主を殺した人間を手助けする……こんな悲しい事もないな……


 アルバートは今一度水晶の映像を戻し、兵士を殺していく少年を見つめていた。

 

「君の覚悟を尊重して、罪は君だけに問うものとしよう、だが、どんな理由があってもこれだけの人間を殺したんだ、その罪はしっかり償ってもらうよ。」

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