第28話 番外編 前世の記憶


 長方形に伸びた部屋に高級感あふれる椅子が対面になって二列ずつ並んでおり、その椅子には威圧を感じさせる黒スーツを身に纏った貫禄のある男達が、それぞれ睨み合うように向かい合って座っている。

 

 日本最大の暴力団組織『青龍会』


 ここはその本部にある一室であり、この日は毎月行われる上納金アガリに関する会議の日である。

 同じ組織に所属してようとも皆が皆仲良くしているわけではなく、組織が大きいだけに中には先日まで小競り合いを起こしていた組もある。


 俺はそんな殺伐とした雰囲気が漂う部屋の上座に置かれた椅子に座ってその会議の様子を傍観していた。


「これが、今月の飯島組の上納金になります。」


 進行役に任された一人の若い構成員がそう言うと、俺の真正面の壁に降りているスクリーンに右肩下がりに並ぶ棒グラフが映し出される。


「見ての通り、飯島組の上納金はここ3ヵ月間連続で下がり続けています。」


 進行役の言葉に椅子に座る青龍会の幹部連中からは嘲笑の声が漏れる。


「これはいけませんなあ、次期会長候最有力の飯島の叔父貴ともあろうものが上納金一つまともに収められんとは。」

「取締りの厳しいこのご時世、肩身が狭くなりつつあるうちら極道が力を示すには金こそが最も手っ取り早い示し方、このままではいくら武闘派で名の知られた飯島さんでもその立場は怪しいのでは?」


 青龍会次期会長最有力、そんな肩書きの飯島を蹴落としたがっている奴らがここぞと言わんばかりに叩き上げる。

 そんな他の連中の言葉に、話題の張本人である飯島が小刻みに肩を震わせると、その場で勢いよく立ち上がる。


「し、しかし親……いや、会長!こうもシノギを制限されては稼ごうにも稼げませんぜ!」


 飯島がこちらに向かって必死で弁明を続ける、俺はそのいい訳ともとれる言葉を興味なさそうに聞いていた。


「会長が今年に入ってから出した組織の方針により堅気に害するシノギを削った結果、薬にショバ代、ぼったくりバーにガキを使った振り込め詐欺も禁止。これでは堅気に迷惑かけてなんぼのヤクザの面子メンツもありゃしませんぜ!」


 飯島の言葉に思うところがあるのか話を聞いていた何人かの古参の幹部たちも賛同する様に頷いていた。


「飯島……もう昔と今では時代が違う。今、世間では俺たちヤクザの徹底排除に力を入れ一際厳しく目を光らせている。俺達も時代の流れに則って変わっていかなきゃならねえ。今には今にあった稼ぎ方があるんだよ。」

「しかし、世間の目にビビってちゃ極道の面子が……」

「だったら今の時代にあったやり方で面子を保って見せろ。チャチな理由を言い訳して、結果を出さないでいる方がよっぽど丸潰れだ。」


 飯島の言葉を一蹴すると、飯島は納得していない様子を見せながらも黙りこむ。

 そしてその話に乗るかのように第三者の声が割って入って来る。


「そう言うことですよ、飯島の兄貴。」

「ああん?」


 飯島が声の聞こえた方を振り向き睨み付ける。

 そこには厳つい見た目の飯島とは違い、少しほっそりとした体型の眼鏡をかけたサラリーマンの様な男がいた。


「西浦……テメエ、誰に向かってそんな口聞きやがる?」

「今はもうあなたと私は対等の立場ですので。では次、西浦組の上納金について説明いたします。」


 目で殺すがの如く睨み付ける飯島を諸ともせず、インテリヤクザの名で知られる西浦は自分の組の上納金について自らの口で説明していく。

 

「私の組である西浦組は、株を主体としたシノギを展開し、その中で今月はインサイダーでの取引に成功により、先月の倍に近い献上金を収めることができました。」


 西浦が説明するグラフには高く伸びた棒が安定して映し出され今月の場所では一つ飛びぬけた高さのグラフが映し出されていた。

 その数値には一部の幹部達から驚きの声が上がる。


「株はバブル時代からある我らの大切なシノギの一つ、そしてそれは今に則った稼ぎ方でもあるのですよ、ねえ会長?」

「……」


 西浦は得意げな視線をこちらに向けてくる。


「まあとにかく、お前も時代にあった新しいシノギを探すことだな。最近世間では『たぴおか』とやらが流行っているらしい。原価も安く、手軽に作れるということだ。どうだこの際やってみたらどうだ?」


 俺個人としては本気で勧めたつもりだったが、飯島には皮肉に聞こえたのか、グッと怒りを堪えるように唇を噛みしめると、それ以降飯島が前に出ることはなかった。


――


「ったく、相変わらず頭の硬いやつだ。」


 会議が終わり、組へと戻る車の中でポツリと呟く。

 飯島は俺が初めて組を持った際に、初めに親子の盃を躱した間柄で今いる幹部連中の中では一番長い付き合いになる。

 腕っ節も強く漢気もある奴だが、どうにも頭が硬いのが難点な奴だ。


 俺の後釜はあいつで決まりだと思っていたが、今の状態ではとても推薦はできんな。

 窓を少し開けて懐に入った煙草を手に取る、するとその煙草に対し、前の座席から待ったの声がかかる。


「親父、煙草は医者から頑なに禁じられていますので、お控えください。」


 長年専属の運転主を勤めている赤井がバックミラーに映る俺の姿を確認して、注意を促してくる。


「ったく、うるせえなあ。煙草と酒をやめたら病気が治るのか?今更藻掻いたところでしょうがねえんだよ、それなら最後ぐらい俺のやりたいようにやらせろ。」


 俺は赤井を無視してタバコに火をつけた。

 そう、俺にはもう時間がない。


 身体に末期の癌が見つかり、余命宣告を受けたのはほんの数か月前の話だ。本来なら病室で寝てなきゃならんところだが、無視していつも通りに振る舞っている。

 この事は一部の者にしか知らせてない、だが諸事情により会長職を降りることは告げているので一部の奴らには勘繰られているだろう。

 赤井は無視してタバコをふかす俺に対し呆れるようにため息を吐いた。


「……しかし、どうするつもりですか?次期会長については。」

「さて、どうするかな、このままいけば飯島にするしかねえが……」

「それは意外ですねえ。てっきり、飯島の兄貴は今回の一件で評価が落ちたかと思いましたんで。」

「……ま、確かにあいつの考えは今の時代には似合わねえ、だが俺もヤクザだからな、あいつの考え方を否定しきれねえところもある。それにあいつは文句は言いつつも決して方針は破ってないだろ?今は不慣れで成果が出てないがいずれは対応するだろうよ。」


 まあ、それが俺の生きてるうちにできるかは知らないがな。

 余命は一年と言われてるが、それはあくまで病院で治療を受けながらの話だ。

 薬で騙し騙しの状態で過ごしていれば、期限を待たずに俺が倒れるのも時間の問題だろう。


「そうですか、しかしそうなると実績を残している西浦の奴が黙っているか……」


 西浦は幹部連中の中では比較的に若く、この世界に入ってからの日も浅い

 だがそれでも金が物を言うこの世界で多額の上納金を収めたたことでとんとん拍子で幹部まで上り詰めた。それだけにあいつの出世欲は強い。


「そうだな、確かにあいつは上手くやっているよ、でな。」

「えっ?」

「知ってるか?ここ最近、あいつの縄張りしまではガキどもが薬を捌いるらしい。

本人達は無関係を装い気づいていない振りをしているが、薬の入手元は恐らく西浦経由だろう。」

「それは、つまり、西浦の奴は親父の方針に背いてるってことですか?」

「さあてねえ、調べればすぐにわかるだろうが。」


 金のためとはいえ、親の言うことが絶対のこの世界での西浦の行動はは最大のご法度も言える。

 本来なら黙っちゃいねえが、それも余命一年を切った俺に関してみてみれば今さらだ。


「……今すぐに兄貴に知らせますか?」

「ほっとけ、自分達で気付かせろ。この程度のことも自分で気づかない奴らがこの先この青龍会の代紋を背負っていけるはずがねえ。」


 と言っても、あの様子じゃ当分気付かねぇだろうなぁ。

 今後の組織のことについては不安は残るが、今更、死にかけの俺が首を突っ込むことでもない。


 開いた窓の隙間に向かって、タバコをふかす。

 ちょうど窓の外を見ると、もう家のそばまで来ているようで、窓からは大きな噴水がある公園があるのが見えた。


「……おい、ここら辺で車を止めてくれ。」

「え?」

「少し、歩きたくなった……」


――


「親父、外を歩くなら自分も一緒に――」

「こんなところに車を止めておいたら堅気の方々に迷惑かかっちまうだろうが、テメェはさっさと車を組に戻してこい。」

「ですが一人で出歩くのは――」

「安心しろ、死にかけといえどまだ、たまとられるほど衰えてはいねえよ。」


 食い下がる部下を振り解き公園へと繰り出す。

 公園の中は先ほどの殺伐した場所とは違い、暖かい日差しに包まれのんびりとした雰囲気が漂っていた。


 平日の昼間ということもあってか、人気は少なく、子連れの母親や、ベンチで一服するリーマン達がちらほらいる程度だ。


 俺はそんな公園の様子を目立たないよう隅の方で煙草をふかしながら眺めていた。


 目の前で走り回っていた子供が転ぶと、その場で泣きだしすぐ様母親が抱き抱えあやす。

俺とは無縁のなんとも微笑ましい光景だ。


 俺にもこんな時代があったのだろうか?

 物心ついた頃には両親から暴力的な指導を受けて愛情なんてものを感じたことがなかった。


 自分に子供ができた際にはこんや親のようにはならないと意気込んでいたが、こんな職業と立場上により、女は作っても家族を作る事は無かった。


 今度は近くで猫の鳴き声がした、その声の方に目を向けると、野良猫の兄弟が遊んでいた。親猫は近くにいないのだろうか?

 捨てられていないことを願う。


 再び前を見ると先ほどの母親と目が合い、母親は子供を抱えて慌ててその場から去っていく。

 まあ、黒スーツの男に見られていては当然か。


これが極道おれたちの世間での立場だ、表を歩くだけで迷惑がかかる。

だからこそ、こんな奴らだけ生きれる裏社会を作ってやりたかったが……

さて、俺も帰るとしよう。


 そう思い公園を出る、すると向こう側の道路に鳥の死骸を加えた先ほどの親猫と思わしき猫がいた。

 どうやら親猫は子猫への餌を取りに行っていたようで、こちら側に渡ってこようとしているみたいだが、信号は赤で車も止まることなく走り続けている


 しかし人間の作ったルールなど猫が知るはずもなく、猫は車が走り抜けたタイミングで、道路に飛び出すがそこにはさらに続けてトラックが来ていた。


 トラックの激しいブレーキ音が響き渡る。

 

――…………


 なぜだろうな、今更善人ぶるつもりもないしその程度のことで許されるような人生は送ってきていない。

 だがそれでも、考える前に俺は道路へ飛び出していた。

 強い衝撃に吹き飛ばされると、体は一切動かなくなる。

 呼吸が乱れ、少しずつ意識が薄れていく中、俺は飛び出した理由を考える、

 理由は……わからない……

 ただ……周囲から聞こえるざわつきと、今後の世間やサツを対応を考えれば悪くない判断――


 ……ああ、違うな。人生最後くらい素直にならねえと

 俺は単純にあの親猫を助けたかっただけか。


 周囲が混乱している中、その騒ぎに驚きながらも無関係のように子猫たちのところへ向かう親猫を見て、ホッとすると、そのまま意識は途切れて行った。



――


「……さん、……くさん……お客さん!」

「ん?」


 自分に対して呼びかける男の声に目覚めると俺は馬車に揺られ眠っていた。

そうだ、俺は確か道行く途中に出会った商人に金を払って町まで乗せていってもらってたんだったな。


「なんか、随分険しい表情をしていましたけどどんな夢見てたんですか?」

「いや、なにちょっと昔の事を思い出してな、まあ今となってはどうでもいい事だがな。」


……本当、どうでもいい事だ。


「ふーん……まあ詮索はしませんけどね、それよりもうすぐ町につきますので準備しておいてください。」

「わかった。」


 商人の言葉に従い自分の荷物をまとめ始める。

 レクター一家と別れて一ヵ月、俺は一人、宛てのない旅を続けている。

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