第27話 別れ
「ここか……」
パルマ―の町から馬を全力で飛ばしておよそ数十分、町から少し離れた場所に建つ屋敷を発見する。
街の者に事情を話して借りてきた馬から降り人気のないところに停めると、そこから屋敷の様子を窺う。
貴族というからにはもっと広い庭を持つイメージがあったが、左遷されて来たということもあってか、屋敷は左程大きくはない。
と言っても、それでも民家の二倍以上の大きさはある。
入り口の前には町にいた兵士と同じ武装の兵士が二人、門番として立っており、その前には馬車が一つ止まっている。
恐らくマリーを運んだ馬車だろう。
「……フッ」
今の状況を思い出すと少し鼻で笑ってしまう、まさか生まれ変わった先でもカチコミをする羽目になるとはな。
いや、この場合は一人だからどちらかと言うと俺は鉄砲玉になるのか?
だが、死ぬつもりなど毛頭もない。
俺は軽く指の骨を鳴らすと、そのまま正面から屋敷へと突入した。
――
屋敷中央の二階へと続く階段を上った先にある一室。
その部屋は屋敷内で最も広い部屋であり、屋敷の主、パルマー領主のブーゼルの部屋である。
無駄に広々としたその部屋には猫型魔獣の毛皮や、なんの生物の物かわからない髑髏などが壁に飾られ、悪趣味さを演じており、部屋の中央には醜く太った中年の男、この部屋の主であるブーゼルが町から連れてこられた悲観な表情をみせる少女を見てニヤニヤと不気味な笑みを浮かべていた。
「フホホホホ、まさか、こんな片田舎でこれほどの生娘にであるとは、田舎暮らしも捨てた物ではないな、ビベル。」
「はっ、喜んでいただけたのなら幸いです。」
独特な笑い声をあげ喜ぶブーゼルに、少女を連れてきた兵士長であるビベルも小さく笑みを浮かべて優雅に頭を下げる。
「あの聖騎士団の若造のせいでこんな片田舎に飛ばされた時はどうなるかと思ったが、終わってみれば中々楽しめたではないか。」
ブーゼルが過去の出来事を振り返る。
元々王都で財務官をしていたブーゼルであったが、聖騎士団の調査によって、町の裏組織と違法である魔物の売買を行っていたことが発覚し、事を追及されたブーゼルは本来なら投獄であろうところを権力を駆使してなんとか左遷で留めこの町に領主としてやってきた。
町に来てからは憂さ晴らしと言わんばかりに、町の者達に重税を課して金を巻き上げたり、町にやって来た人間に対し無実の罪を着せて奴隷にしたりとやりたい放題の事をしてきた。
そして、それらで集めた金を国の上層部に賄賂を送り続けていた結果、ブイゼンは近々財務官への復帰を認められることとなっていた。
「フホホホホ、しかも最後にこれほどの
ブーゼルがその醜く太った顔を少女のその綺麗に整った顔に近づけてじっくりとその容姿を観察する。
少女が近づけられた顔から視線を逸らすと、ブーゼルはその顔の顎を掴んで固定する。
「ふむ、顔にも傷一つついていない様だな。」
「当然です。ブーゼル様への大切な貢物ですから丁重に扱いました。」
「抵抗などはされなかったのか?」
「ええ、家族の安全を条件に自らの意思でここまでついてこさせましたので。」
「フホホホホ、流石だなビベル。」
「勿体なきお言葉……」
二人の会話を聞いてるそばで少女はただ震えている。
本当ならばすぐにでも走って逃げだしたいもののビベルが言っていた通り少女は家族を人質に取られる形となっているのでこの状況でも震える事しかできないでいた。
「そなたにも褒美を取らせねばな、何が欲しい?」
「いえ、私に特に欲しいものはありません。ただ、王都への帰還後に、ちょっとした口添えを……」
「確かそなたもあの若造の被害者であったな。フホホホホ、よかろうよかろう。」
ビベルの要望にブーゼルが快諾すると、ビベルはその事に対し一礼をして、その流れでさらに要望を重ねた。
「あと、部下達への褒美として、この娘の母親をもらいたいのですが?」
「え?」
その言葉に少女が大きく目を見開く。
「母親か、まあよかろう。生娘以外には興味がないからな。好きにするがいい。」
「ありがとうございます。」
「そんな!家族には手を出さないって!約束だったはず。」
「ふん、何故貴族たる私が高々下民如きの約束を守らなければならないのだ?むしろブーゼル様に繋がりをつけた私に対し泣いて感謝すべきだろう。」
その言葉に少女はビベルを睨み付けるも、睨み返されるとその視線に耐えられず目を逸らすように俯き、悔しさと悲しみに膝を落とす。
――お母さん……お父さん……
「助けて……ティア……」
少女が祈るように一人の少年の名前を小さく呟き涙を流す。
そんな絶望する少女を見て、男達の笑い声が響いた部屋だったが、突如部屋の外から騒がしい声が聞こえ始める。
「騒々しいな……」
何事かと、部屋の外を確認しに行こうと扉に向かったビベルだったが、ビベルが出るより先に部屋の外から慌てた兵士が部屋に入ってくる。
「も、申し上げます!ただいま屋敷に侵入者が!」
「侵入者だと?何者だ?」
「わ、わかりませんそ、まだ子供なのですが……」
「え?」
兵士からの報告に少女はうつむいた顔を上げる。
「子供?そんなものさっさと片付けろ。」
「そ、それが思ったよりも強く――」
報告をしていた兵士が話の途中、後ろからの衝撃に吹っ飛ばされると、兵士が立っていた後ろから一人の少年が部屋の中へ乗り込んでくる。
そして、その少年の姿を観た瞬間、絶望していた少女の顔から涙が消える。
――
「マリー、無事か!。」
話をしていた兵士を蹴り飛ばし、部屋の中に入るとそこには男が二人と、その間で膝を落としたマリーがいた。
泣いていたのか眼を充血させながら鼻をすすっているが、衣服に乱れは一切ない。
何とか間に合ったようだ。
俺はそのまま男二人を睨み付ける。
「な、なんだこのガキは?」
「恐らく先ほど言っていた侵入者でしょう。貴様は確か報告にあったこの娘の身内の者だな、兄妹を取り返しに来たのか?」
「悪いが身内ではない……が、マリーは返してもらう。」
「ほう、ならばどうする?」
「……なに?」
眉を顰めて問いかけると、他の兵士達とは少し違う鎧を身に纏った男がニヤリと笑う。
「理由はともあれこの娘は自らの意思でここまで付いてきたのだ。それを連れて行くというのなら誘拐という形になるぞ?いや、この屋敷に侵入した時点で手遅れか?中でも随分暴れまわってくれたそうだしな。」
「……」
「ティア……」
「平民の貴族に対する犯罪は重罪である、このままいけば処刑は確実だが、もしこの娘が我らに従い、貴様もこのまま娘を諦めるというのなら、見なかった事にしてやろう。」
男が勝ち誇ったような顔を見せて選択を迫ってくるが、とてもじゃないがそんな条件を飲むようには思えない。それにその話が本当だとしても、そんな選択は俺にはもう無意味な話だ。
「……どうやら、テメェらは色々と勘違いしている様だな。」
「なに?」
「俺のここに来た目的は二つある。一つはマリーを助ける事、そして……もう一つはテメェらを殺す事だ。」
それはここに来る際に街の奴らと交わした約束だ。俺は町の奴らに事情を話しレクター一家の保護を頼んだが、その際に出された条件が領主ブーゼルンとその配下の兵士長ビベルを殺す事だった。
それは、こちらに肩入れする以上当然の条件だし俺はそれを承諾した。
「ハハハハ!何を言うかと思えば貴様のような小僧が私達を殺すだと?随分舐められたものだな。」
そう言って男は腰に付けた鞘から剣を取り出し俺に突き付ける。
「今でこそ個人に雇われの身だが、私もかつては聖騎士団を目指していた男、他の兵士と一緒にするなよ。」
「御託はいいからとっととかかってこい。」
その一言に苛立ちを見せるとビベルが剣を構えて突っ込んでくる。
「死ねぇ!」
瞬時に距離を詰め、ビベルはそのまま勢い任せに剣を振り下ろしてくる。
確かに言うだけあって、その剣の速度は今までの相手の中でも最速で避けるのは少々難しい。
……なら、避けなければいい話だ。
俺は頭上に落ちてくる剣を素手掴みにかかる。
「な⁉」
剣は俺の手の肉を切り裂くも切り落とすとまでは至らず、その場で止まる。
傷口からは大量の血が流れ手を伝って、肘からポタポタと地面へと落ちるが、俺はその手を犠牲に剣を掴んでがっちりと固定する。
「き、貴様……離せ!」
逃れようと必死で抵抗を見せるが俺は剣を離さない。
そしてそのまま、もう片方の手で拳を作りビベルの顔面目掛けて力いっぱい振りぬいた。
「ぶへぁ!」
ビベルが勢いよく吹き飛ぶと、そのまま部屋の壁まで飛んでいく。
俺は血まみれになった剣をひっくり返し、刃から取っ手に持ち帰ると、そのままビベルへと近づいていく。
「ま、待て、降参だ!だからどうか命だけは⁉」
「兵士という職業についてる以上、今までいくつも
必死で命乞いをするビベルの胸に容赦なく剣を突き刺す。
ビベルはぐげぇっと声にならない悲鳴を上げるとそのまま息絶えた。
だが、まだこれで終わりではない。
俺は刺した剣を引き抜き、今度はその光景を見て青ざめるブーゼルに標的を定める。
「さて、次は――」
「ひ、ひい⁉」
俺に狙われたことを悟ると、ブーゼルはすぐさま逃走を図ろうとするがすぐに躓き転ぶと、その際に腰を抜かしたのか立てないでいた。
逃げることはできないと判断すると俺はゆっくりとブーゼルに近づいていき、そして剣を振り上げた。
「ひいぃぃぃぃ、どうかお助けを――」
そんな言葉は無視をする、しかし……
「やめて!」
突如聞こえた別の声に不意に剣が止まる。
声の方を向くとそこには涙を流しながらこちらを見つめるマリーがいた。
「ティア、もういいよ……その人まで殺しちゃったらもう戻れなくなるよ。」
マリーが涙ながら訴える。
その事で剣をゆっくり剣を下すとブーゼルも便乗して訴えてくる。
「そ、そうだ、私を殺せば貴様は……いや、貴様の家族すら国から追われる身となるそれでもいいのか?」
「……そうだな、確かにそれは困る。」
そう呟くとブーゼルがニヤッと笑う。
「そ、そうだろう?なら――」
「だが……」
俺はブーゼルの首に剣を突き刺した。
「もう、手遅れだ。」
首を一突きすると、ブーゼルはそのまま項垂れ動かなくなる。
そして、マリーはその光景を見てエルザ同様俺の顔を見て青ざめる。
「ティ、ティア……」
「俺は町の兵士を全員殺した、元々もう戻れなかったんだよ。」
言葉にならないのかマリーはただ無言でその場で佇んでいる。
だが、それでいい。その反応こそが俺とお前の境界線だ。
「だが、安心してくれ。
「え?」
「この町にいる兵士達は全員殺した、そして逃げたこの屋敷の使用人たちも俺とレクター一家との関係性を知らない。つまり、俺があんた達から離れれば仮にバレたとしてもあんた達が追われることはない。」
町の住民達にもこの一件について口止めをする事についてはあらかじめ言ってある。
住人たちはブーゼルをどうにかしてくれるなら墓場まで持っていくと約束してくれているので大丈夫だろう。
「という事で、悪いがお前ともここでお別れだ。」
「そ、そんな……」
未だ理解が追い付いていないのか、マリーは言葉を詰まらせ唖然とする。
俺はそんなマリーをジッと見つめ、彼女の両肩にそっと手を置いた。
「ティ、ティア?」
「レクター一家の一員として旅したこの一年は俺にとっちゃ夢のような日々だった。女装させられたことや女みたいな名前を付けられたこととか、初めは屈辱的に感じたことも今じゃいい思い出だし、いつか名前を変えようと思っていたこの名前も気に入っている。このままお前と結婚して一緒に生きていく……そんな人生も考えていた。」
今までの事を振り返り、思い出を語っていると自分の頬が緩んでいくのがわかる。
恐らく俺は今まで見せた事のない顔をしているんだろう。
見つめ合って告白ともとれるような言葉を告げた俺に対しマリーは今度は違う理由で頬を赤くして茫然としている。本当ならこのまま抱き寄せたいがそういうわけにもいかない。
「……だが、それはどうやら無理らしい。俺とあんたらじゃ住む世界が違う。」
今度は突き放すように冷たく告げると、俺はマリーから手を離し、背を向けそのまま出口へと歩いていく。
マリーに関してはあとで町の者が迎えに来てくれる手はずだ。
「じゃあな。」
「あ、ま、待って!ティア――」
一瞬の間が空いた後、マリーが慌てて追いかけてくる。
そして呼び止めようと俺の肩を掴もうとするが俺は振り向きもせずに手を払う。
その際にパンッと手と手がぶつかる音が大きく響いたが俺はそのまま歩いていく。
「お前は家族と一緒に表の世界で幸せに暮らせ、俺は……再び裏で生きる。」
その場でしゃがみ泣いているマリーには聞こえてないであろう言葉を残し、俺は屋敷を後にした……
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