第66話 次なる動き②

 ……まただ。


 男の中に混じった一人の若い女。

 この世界では決して珍しくない栗色の髪に、顔半分が隠れながらも美しいとわかる顔立ちと、その特徴的な尾の生えた姿は認知すれば嫌でも目に入るのに、気づかなければそいつはまるでその場にいない様な感覚に陥る。


「お前、何もんだ?」

「ただの女の奴隷……というのは流石に難しいでしょうか?」


 率直な問いかけに対し、女はおどけながら答えるも誤魔化せないと悟ったのか、奴隷の服を着ながら貴族のように服の端を指先でつかみ、優雅な挨拶をして見せる。


「私はメーテル・ノーマと申します、メーテルとお呼びください。」

「ノーマですと?」


 その名前にモンベルが神妙な顔つきを見せる。


「モンベル、知っているのですか?」

「はい、ノーマとは北部地方の男爵貴族の名で、確か龍殺しの家柄として知られる者達です。」

「龍殺し?」


 マリスが聞き返すとモンベルは頷く。


「ええ、今でこそ減りましたが昔、この国には多くのドラゴンが生息し、街や人々を襲っては国を悩ませていました。そしてその際に活躍していたのが龍殺しの名で知られるノーマでした。」

「お詳しいのですね。おっしゃる通り私の家は龍殺し、『ドラゴンスレイヤー』の名で通っていました。ただ、今では害なす龍の数も減り、活動機会もなく名ばかりになりつつありますが。」

「……しかしおかしいですな、私が知る話ではノーマの一族に蜥蜴族のハーフがいるという話は聞いたことがありません。」


 そういうと、モンベルはおっとりとした笑顔を見せるメーテルに懐疑的な目を向ける。


「それに関して理由は二つあります。まず一つ、私はハーフではありません。」

「ハーフではない?」

「はい、この尾や鱗などは蜥蜴族リザードマンではなくドラゴンの身体です。」

「……ドラゴンですと?」

「ええ、お話の通り私の一族は代々竜殺しとして活躍していました。しかし、その裏では龍を殺し続けてきたことにより、私たちの一族には龍の呪いがかかっており、世代に一人、私のように龍の体が混じった子供が生まれるようになったのです。」


 そういって彼女は右手で顔を覆う髪をどかす。

 すると、隠れていた右眼は大きな瞳を持つ左眼に対し、爬虫類のように細く長い瞳をしており、髪を掻きあげた右手も黒い鱗に覆われいた。


「生きる中でこの体に不自由は何もありません、むしろ頑丈な分好都合なほどです。しかし龍殺しドラゴンスレイヤーの家系として龍の体を持つ人間などがいるなどとは世間には知られる訳にはいきません。なので、我が一族はそのことを隠すために私のような体を持つ者を代々敷地の山に立てた、祠に監禁し、その存在を隠し続けてきたのです。それがもう一つの理由です、私はその影響もあって隠蔽スキルを手にしております、皆さんが私に気づかなかったのもその影響だと思われます。」

「……なるほど、そうでしたか。」


 事情を聞いたモンベルは納得したのかメーテルに向けていた疑いの目をやめ、謝罪する。


「それで、そんな奴がどうして奴隷になっているんだ?」

「運良く、家から逃げおおせる機会があったので、外に出た後は奴隷に紛れてやり過ごしていたのです。」


 運良くねえ……


「ならどうして俺についてきたがる?隠れるならマリスのもとにいた方が見つかりにくいだろ?」

「あなたには何かしら縁のようなものを感じるからです。その背中の独特な竜の刺青に、そしてティア・マットという名前に。」

「なるほどな……」


 龍殺しの一族からしたら龍に関連する名と入れ墨を持つ俺に興味を持ったとしてもおかしくはない、か。

 今の話を聞く分には特段気になる点はなく、モンベルが納得したのと頷ける……だが、どうもひっかかるな。


 こいつは言葉を詰まらせることもなく予め用意していたようにスラスラと答えており、逆にそれに違和感を感じた。

 だが現状疑う理由はない……


「私はお役に立つと思いますよ?あなたがお望みでしたら、こんな体ですが夜のお相手も……それとも、ここにいる方々を皆殺しにしてみせたほうがあなたには魅力的でしょうか?」


 その一言を放った瞬間、その場の空気が凍りつく。

 今の言葉が冗談なのか本気なのかはわからない。

 ただ、一つ言えることは、こいつにはそれが実行できてしまうと言うことだ。

 

「随分面白えこと言うじゃねーか。」


 話し声に気が付いたのか、気絶していた目を覚ますとアルビンがそのまま会話に割り込んでくる。

 

「それは、俺も殺せるという事か?」

「ええ、もちろんです。」 

「そいつは聞き捨てならねぇな。」


 そういうとアルビンは近くにいた奴から剣を奪うと、メーテルに突き付ける。


「てめぇが普通じゃねえのはわかる、だがそれが俺より強いに直結するかはまた別だ。」

「あらあら、どうしましょう?」


 敵意むき出しのアルビンにメーテルがわざとらしく困ったように眉をしかめると、こちらの様子を窺ってくる。


「……やるのは構わねえが、お互い殺すなよ?」

「ご安心を、この方にに私の身体は斬れませんよ。」

「言ってくれるじゃねえか!」


 メーテルの挑発に煽られアルビンが剣に気を込める、そして加減することなく本気の速度でメーテルに突っ込むとそのまま斬りかかった。

 しかし、メーテルはアルビンの剣の速度に悠々と反応して見せると、その鱗に覆われた手で白刃をとる。


「なっ⁉」

「……思った以上にいい腕をお持ちですね、剣がもう少し上等なものなら斬られていたかもしれません。」


 そう言ったメーテルは刃を握り締めると、そのまま剣をへし折った。


「これでどうでしょうか?」

「……チッ」


 アルビンは不服そうにしつつも折られた剣を見つめると渋々納得したように後ろに下がる。


「決まりだな。」

「では、よろしいという事でしょうか?」

「強い奴が嫌いな男なんていないからな。」


 正直にいえば、こいつの目的がわからない以上、そばに置いておくのは危険極まりない。

 だがそれ以上にこの強さには魅力を感じている。

 こいつがどう言う意図で俺に近づいているかは分からないが、もし俺の下につくというのならリスクを背負ってでも利用しない手はない。

 まあ、素性においてはも心当たりある人物もいるし、後々調べていけばいいだろう。


「フフッ、ありがとうございます。ではよろしくお願いします、主人様あるじさま。」


 俺が承諾すると、メーテルは改めて頭を下げて挨拶をする。

 そしてそのまま側近のように俺の背後に控える。

 

「それで、これからあなたがたはどうするつもりですか?」


 話が一段落したところでマリスが今後についての尋ねてくる。


「まずは拠点をここから移す、いつまでもこんなところにいたんじゃ何もできないからな、とりあえず東部地方の王都最寄りの都市、ヴェルグに拠点を構える。」

「ヴェルグ……」


 その街の名前を聞くとエッジ達は大きく唾を飲み込む。

 そこは東部の王都に最寄りの街であり、そしてノイマンの領地にある街の一つになる。

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