第65話 次なる動き①
力一杯振り抜いた拳がアルビンの顎に綺麗に入ると、アルビンは無意識に踏ん張ろうと後ろに二、三歩よろめいた後、最後は耐えられなくなり膝から崩れ落ちた。
その瞬間、ゴングの代わりとなる 周りからの歓声が聞こえると、俺も力尽きてその場に座り込んだ。
「ハァ、ハァ……」
男の汚ねえ歓声に囲まれながら、空気を欲しがり空を見上げて呼吸をする。
流石に今回はやばかったな、勝ったとはいえこちらもいいパンチをもらいすぎた。
肋と鼻に歯を数本か……随分馬鹿な戦い方したもんだ、やり方次第ではもう少し楽に倒せただろうに。
剣を奪えば何とかなると考えていた節もあり、アルビンのパンチについ熱くなってしまった。
だがこれだけの怪我でも魔法やポーションで治癒力を高めればある程度は回復できるのがこの世界のいいところだ。
俺は道具袋から闇市で高額に取引されていたポーションを一つ取り出す。
通常の透き通った青いポーションとは違い、色は黒く味は吐き気がするほど不味い、おまけに材料がわからず素人が作ったオリジナルのポーションなため、薬師ギルドの認定もなく市場には出回っていない
だが性能に関しては一度試しているので本物なのはわかっている。
俺は蓋を開けると一気に飲み干す。
「糞まじぃ……」
全て吐き出しそうになるのを抑え飲み込むと、口直しにと葉巻咥え体の回復を待つ。
しかし、こんな純粋な殴り合いをしたのはいつ以来だろうか?はっきり言って覚えていない。
きっと前世だった頃でも数十年前、俺がまだガキだった頃まで遡るだろう。
意外な事にヤクザになってからは殴り合いなんて事はほとんど記憶にない。
ヤクザの基本は脅しだ、暴力を奮うのも脅しの手段の一つに過ぎない。
時には素手で、時にはエモノで、そして時には人といったあらゆるものを使って力を示す。
ヤクザに最も必要なのは腕っぷしじゃねえ、傷つき傷つける覚悟だ。
その覚悟があるやつだけが、上へと上がれる。
……ま、そんな話はこの世界に来た後では今更だろう、それにこんな馬鹿をするのはこれっきりだろうしな。
「さて、と」
葉巻を一本吸い終わると、体もある程度回復する。
少しふらつきながら立ち上がると、俺は未だ盛り上がっている周囲の元奴隷達の方に眼を向ける。
「これで余興は終わりだ、これ以上ここにいても何もない、てめぇらもとっとと動き出すことだな。」
そう告げると盛り上がっていた場は現実に戻されたように、一気に落ち着いて行く。
「この先、堅気としてまっとうに生きるか、再び賊に戻るかはてめえら次第だ、俺はこの先お前らには一切関与しない好きに生きるといい。」
「……」
とは言ったものの、男達はその場から動こうとしない。
まあ、いきなり自由に動けと言われても動けるわけねえか。
俺だって初めはこいつらと似たような境遇だった、できるなら何とかしてやりたいが、かといって今の俺にこいつらの面倒を見れるほどの余裕はない。
元々それが理由でこいつらを解放したんだしな。
俺はこの状況を唯一何とかできる相手に眼を向けると、眼が合ったマリスは察したのか大きくため息を吐く。
そしてどうすればいいかわからず固まっている奴隷たちに対し声を掛けた。
「皆さん、もし行く宛がないのなら、私のところで働きませんか?」
「お嬢様⁉」
その一声に解放された奴隷たちが、そしてモンベルが反応する。
「この方々には頼る相手もいません、このままではまた賊や盗みを働くかもしれません、それに私たちも叔父の一件で整理した人員の補強しなければなりませんからね。」
「そ、それはそうですが……いえ、わかりました。」
モンベルは反論しようとするも言葉が見つからず、渋々ながら納得してみせる。
「へへへ、本当にいいんですか?」
「ええ、構いません……ただし、少しでも悪事を働くようであれば今度は奴隷などと言わず、即座にクビを刎ねますので、そのお覚悟を。」
マリスの威圧のある言葉で釘を刺されると、男達は怯み無言で何度も頷く。
なかなかいい牽制だ、理由はそれぞれだが犯罪者の集まりだからな。
こいつもこの期間でそれなりの経験を積んだ分、いい感じに肝が座って来てやがる。
マリスはこれでいいかと言わんばかりに冷めた目でこちらを見てきたので俺も頷いて見せた。
とりあえず、これでこいつらは大丈夫だろ。
こうして、マリスの申し入れを今ここにいる半分以上の元奴隷達が受け入れた。
そして残りはというと……何故か俺の前に列を組んで並んでいる。
「何の真似だ?」
「俺たちをあんたの下に加えてほしい。」
この期間、奴隷達を仕切っていた男がそういうと、奴隷達は俺に向かって一斉に頭を下げる。
「……何故だ?俺より
「元々俺たちは解放されたらこの面子で再び賊をする予定だったんだ、俺たちにはそれしか生きる方法を知らないからな。それに……貴族の施しは死んでも受けたくない。」
「っ……⁉」
そう言った男たちの眼には貴族に対する怒りが満ちていた。
……なるほどな。
好きで賊になるやつもいればやむなくなる奴もいる、そしてその中には貴族絡みの理由なんかもある。
それを感じ取ったマリスは悲痛な表情を浮かべる。
「けど、さっきのあんたの話を聞いた時になんだか馬鹿馬鹿しくなってな、また賊としてこそこそ生きるくらいならいっそのことあんたについて行って狂った生き方をしてみたいと、だから……」
……数は七人、この程度ならなんとかなる……か。
「……いいだろう、だが俺は来るものは拒まないが去るものには容赦しない、もし抜けようと思うものならそれなりの覚悟をするんだな。」
「は、はい!」
男たちは先ほどよりも深く頭を下げる。
予定外だったが、これで少し行動幅が広がるな。
さて、じゃあ改めて今後の計画の話を――
「あの、すみません」
と、そこで更に別の方から声がかかる。
「もしよければ私もあなたのもとに置いていただけないでしょうか?」
その声の方を向くと、そこには尾の生えた女が一人、男達の中で不気味に感じるほどの笑顔を浮かべて小さく手を挙げていた。
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