第64話 ノーガード

「……」


 アルビンとティアの一騎打ちを観戦していたエッジは言葉を失っていた。

 この戦いは見ているものからすればそれは不思議な戦いだった。


 二人の実力差は見て取れるほどの開きがあった。

 見えない速度で剣を振り、斬撃を飛ばして、いとも簡単に地をも砕く剣士としてトップクラスの実力を持つアルビンと、それに対してスキルも魔法も使えず、ギリギリの所でなんとか躱し続ける事しかできなかったティア。

 自分の時とは違いとてもではないがティアが勝てる要素は全くなく、決着がつくのは時間の問題と思われていた。


 しかしそんな一方的な戦いの形勢はティアの奇策によりアルビンから剣を奪った事により互角へと変わっていた。

 もちろんアルビンも油断していたわけではない、状況に見合った剣技を使い本気で戦っていた。

 その剣技の威力がどれほどのものかは戦場のように荒れ果てた周囲の地面を見てわかる。

 恐らく普通の人間ならとっくに勝負はついているはずだ。

 それだけに無能のティアがこのアルビンから剣を奪い、この状況にまで持ち込んだ事に驚きを隠さずにいた。


 そして現在、武器を失った二人は素手で戦い始め、命のやり取りまで進んでいた決闘が何故か殴り合いの喧嘩に変わってることが不思議でならなかった。


「なんなんスかね?これ」


 その光景について皆が思っていた言葉をついにマーカスが口にする。


「……分からん。」


 エッジもそう答えるしかなかった。


「しかしティアのアニキは、殴り合いが様になるなあ」

「ああ、以前の時よりも遥かに迫力がある。」


 それには同感する、以前の時……自分がティアにやられた時から時間が経ちティアは見た目だけでなく年頃の少年らしく身体的にも成長している。

 その事も大きいが、それ以上に影響を与えているのはあの背中に彫られた刺青だろう。


 描かれているのは髭の生えた蛇のような魔物で、刺青ながら非常に細かく描かれておりその画風は独特で時に勇ましく、時に恐ろしくと様々に見る者を自然と引き込む魅力がある。

 

「あの背中に書かれている刺青、あれは何なんだろうな?」


 エッジが他の三人尋ねてみる。


「あれは……蛇?」

「魚にも見えますね。」

「魔物のクロコダイルじゃないっすか?」

「いえ、あれは恐らく、ドラゴン――」

「え?」

「ではないでしょうか?」


 四人の会話に横から入ってきた女性の声にツルハシの旅団一行は一斉に視線をそちらに向ける。

 気がつけば、側には鱗を纏った尾の生えた見知らぬ亜人の女性が一人立っていた。

 その身なりから恐らく奴隷の一人だとはわかるが、異種族という事を除いても今までその存在に気づかないのが不思議なほど美しく魅力のある容姿をしていた。

 そのおっとりとした立ち振る舞いはとても奴隷には似つかわしくない、そういうところは少しティアに似ている所でもある、そしてその事に脅威を感じた。


「えーと、あんたは?」

「私は彼の方に買われたただの奴隷ですよ?」


 彼女は物静かな声で言うが、明らかに普通ではないのは全員がわかっていた。

 その不思議な女性に、マーカスは気づかれないよう自然と鑑定スキルを使う。


「あら?女性の秘密を覗こうとするのは失礼ですよ。」

「へ?」


 女性がマーカスの方を向きそう呟くと、目が合ったマーカスは突如脳を揺さぶられたような感覚に陥り、その場でバタリと倒れこんだ。


「マ、マーカス⁉」

「……気絶している」

「あらあら、戦いの気に当てられたのかもしれませんね」


――絶対そんなわけない!


 あたかも無関係を装う女性に三人が心の中で一斉にツッコミを入れるが、言葉にする勇気は持ち合わせていなかった。


「そ、そうかもしれないな。」

「マ、マーカスさんも災難ですねえ。」

「うんうん。」


 幸いマーカスに害はない、三人は保身のために女性の話に合わせた。


「それにしてもあの刺青、本当に見事ですね……そういえばご主人様のお名前は何というんでしたっけ?」

「ああ、確か今はティア・マットって名乗ってるみたいだったな。」

「ティア……マット?」


 エッジが名前を伝えると、女性は他の者と同様にその名前に反応を見せる。


「はい、なんでも冒険者登録をする際に適当につけたとか。」

「へぇ……それは、大層があるみたいですね。」


――


 剣を奪われたことによって始まった、武器を持たずにしての戦い。

 それは両者ともに一歩も退かない打撃戦となっていた。


 剣を所持してない時の襲撃に備えて護身用で身につけた拳を硬化できる能力を持つアルビンの攻撃は自然と拳の攻撃が主体となっている。

そしてそんなアルビンに対し、ティアの方は先ほどとは打って変わって攻撃を一切避けない、真っ向勝負で挑んでいた。

 

 やられてはやり返すを繰り返し、お互いこれまで受けた攻撃の数は変わらない。

 だが一撃の重さなら硬化しているアルビンの方が上だろう。

 ……にもかかわらず、戦いの攻勢はティアの方に傾いていた。


「ハァ、ハァ、クソ!」


 アルビンが口に溜まった血を吐き出す。

 何の駆け引きもないどつき合いにお互い顔が随分と酷い事になっている。

 しかし、体に受けたダメージの方は差が開いており、肩で息をするアルビンに対し、ティアは始めと変わらない体勢で真っすぐアルビンを睨み付けている。


 無能はステータスは高い、だから防御は高くてもおかしくはない。

 だからといってこの攻撃を何度もまともに受けて、立っているのは異常である。


――やはり初めに受けたラッシュが効いて力が出しきれてないのか?それともこいつが打たれ強いからか?


 堅すぎて効いていないのならまだわかるが、ティアの場合はそうではない。脇腹を殴った時には骨への手ごたえがあった、間違いなく骨は折れている。

 殴った頬も腫れており口から血も垂らしている、確実に効いているはずなのにこの男は殴れば殴るほど動きにキレと凄味が増す。

 まるで痛みからくる怒りを力に変えているようだった。


――きっとそれもあるだろうが、それだけじゃない


 アルビンは殴り、殴られつつ更にティアの戦いを分析する。

 ティアの攻撃は拳や蹴りだけでなく、膝、肘、頭といった自分の体の固い部分を使い、目、顎、鼻、そして腹部の中心と人の弱点である部位を的確に狙ってくる。

 そしてその一撃一撃に、脳が揺れ、呼吸が止まる。


 そしてこちらの攻撃を受ける際は、体を逸らし力を受け流したり、逆に自ら体を前に出すことで殴られる部位を調整しながら受けていた。

 

――こいつは知ってるんだ、どこを狙えばいいのかを、どこを殴られればいいのかを、人間の弱点も強みも知っている、同じ土俵に立ったつもりだが全然違った。


 そして今ならわかる、こいつの本当の強さが。


 ティアは十年奴隷をしていたと簡単に言ってのけたが、奴隷をしていただけではここまで動けるようにはならない、恐らく過酷な環境に身を置きながら更に体を鍛えていたに違いない。

 そしてそんな向こうの拳から伝わってくるのは、負けない事への異常なまでの執念。


――剣を戦い方を熟知している俺に対し、こいつは人間との戦い方を知っていたんだ。


 体力に限界が見え意識が少しづつ遠くなりはじめ、空振りも増えてくる。

 そして更にその隙を見て向こうから飛んできた拳に脳が揺れる。


――俺が無能だったとしても、俺はこいつのように強くはなれない、だがきっとこいつは俺と同じスキルが使えたら今の俺以上に強くなるんだろうな。


 まるで酒に酔ってるように体が揺れていて、視界もブレている。戦いの終わりが見始めていた。


――ハハハ、面白え、面白えじゃねえか、ならばせいぜい俺をこき使ってやりたいことをやってみろよ。


 最後と言わんばかり今までで一番強い衝撃が顎を襲うと、それを最後にアルビンの意識は途切れていった。

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