第33話 契約
「よお、例のもんは手に入ったかあ?」
ドアが開く音と共に入ってきた男がねっとりとした口調で尋ねてくる。
帽子を深く被り、茶色のマントで身を包んだまるで姿を隠すような格好をした見るからに怪し気な男は、その帽子をあげてニヤリと歯を見せながら不気味な笑みを見せたかと思うと、俺の姿を見るやその表情を曇らせ首を傾げる。
「あー?なんだお前……知らねえ顔だなあ?あいつらの小間使いかあ?」
「……ああ。」
とりあえずここは頷いておく。
しかし男は近づいてその目つきの悪い眼光でこっちの方をじっと観察すると――
「……いいや、違うなあ。俺を見てそれほど冷静に警戒と分析をこなしてる奴があんな小物共の下に付くはずねえよなあ?」
とあっさり見破られる。
「お前、なにもんだよ?」
「この家の新しい宿主だ、悪いがあのゴロツキは追っ払った。」
「ケハハハハハハ!何?あいつら?家追い出されてやんの?だっせえ!」
その話を聞いて男は独特な笑い声で高らかに笑う、しかし何かに気づいたのかその笑い声をピタリと止めると再び俺の顔を覗き込んでくる。。
「……」
「なんだ?」
「……お前……例の貴族殺しか?」
「⁉」
その言葉に思わず目を見開くと、男はその表情を肯定と受け取り、先ほどの比じゃないほど高らかに笑った。
「ケハハハハハハハハハ!マジかよ、こいつがか?全然手配書と似てねえなおい!」
男が腹を抱えて笑っている先に距離を取り、身構える。
クソッ、いずれはバレるとは思ってはいたがまさかこんなに早く気付かれるとは思ってもいなかった。
こいつが一体何者なのかは知らないが、決して油断していい相手じゃない。
俺は狭い部屋のスペースの中で一定の距離から向こうの出方を窺う。
「おいおい、そう身構えるなよ、別にどうこうするつもりはねえからよう、俺はお前を気に入ってんだぜ?」
「そういうてめぇはナニモンだ?」
「さあな、こっちも当てたんだ。お前の方も俺が何者かを当ててみろよ。」
そう言って両手を上げて敵対のない意思表示をしながら男はニヤニヤと笑う。
俺もその挑発に乗るように男の事を分析する。
まずこいつは今日手配書が貼られたばかりの俺の事を知っていた。
数ある手配書の中でまだ貼られて間もないものに普通の人間がすぐに気づくことは限りなく低いだろう、なら考えられるのは二つ。
こいつが、賞金稼ぎで偶々俺に狙いを定めていたか、もしくは俺の事を手配書が出回る前から知っていたか……
そしえこいつはさっき、俺に対して「例の」と言っていた。
と言うことは恐らく後者だろう。
次にこいつは俺を気に入ったとも言っていた。
こいつの言葉を鵜呑みにするつもりはないが、仮に本当だとしても、俺の手配書の罪状は貴族の屋敷に押し入った野盗だ、気に入られる要素などまずない。
もしあるとすれば、男が俺が殺したあの貴族を嫌っていたか憎んでいたか、もしくは俺が殺害した本当の理由を知っているか。
他に見る点があるとすればこいつの格好か。
マントで身を包んだその格好は、誰から見ても怪しい格好ではある。
寒い季節や、環境によってはこう言う格好の旅人もいるかもしれないが、この町の内外の状況ではそれはまずあり得ないと言ってもいい。
そう考えると、男の格好は自分の普段の服装を隠しているのではないかと思える。
なぜ服装を隠すのか?
理由があるとすればその服装をが目立つからだろう。
恐らく一眼見れば、自分が何者なのかが分かるほどに。
そして、今いる場所は決して治安のいい場所ではない。
と言うことはそんな場所には似付かない職業の服装……
これらを考えるにこいつは以前から俺のことを把握し、柄の悪い奴らとの接触を避けられる立場にいる男。
……となると。
「てめぇ、騎士団員か?」
「……おいおいおい、無茶振りで言ったのにマジで当てんのかよ?」
どうやら当たったようで、本当に当てた俺に対し男は露骨に顔を引きつらせる。
「てことは、やはり。」
「ああ、正解だあ。俺はグレイス・レーグニック。みんな大好き正義のヒーロー、聖騎士団のメンバーよ。」
そう言って証拠と言わんばかりに、レーグニックと名乗った男はマントを脱いでその下に着ていた王国の紋章の入った鎧を見せつける。
「似合わねえな。」
「だろお?」
ハッキリ言って当たったところで、俺にとっては何の意味も持たない。
普通の人間なら安心するのだろうが、指名手配犯の俺にとっては、寧ろ警戒する相手である。
しかもよりによって聖騎士団か。
以前は会いたいと思っていたときに会えずに一番会いたくないときに会ってしまうとは中々皮肉なもんだな。
「で?その聖騎士様がここに何のようだ?悪いがここにはもうあいつらはいないぞ?」
「ああ、あいつらはもういいさ、俺がようがあるのはお前の持ってるそれだ。」
そう言って指を差したのは先程見つけたリストの紙だった。
「これか?」
「そう、それだ。」
俺は何も聞かずにそれを渡す。
「これが何か気になるか?」
「別に。」
正直言えば気にならないこともないが、それ以上にこいつと関わりたくない方が大きく、そっけない返事で返す。
「そんな、つれないこと言うなよ。こいつはな……違法奴隷を取引をしている貴族のリストだよ。」
「……なに?」
興味がない振りをしながらも、その言葉につい反応してしまうと、レーグニックはクククと小さく笑いながら説明する。
「奴隷は借金や罪人からなる国公認の合法奴隷が存在するが、必ず欲しい奴がいるとは限らない。こいつらは専属人攫いを雇って、自分の要望した奴や、特定の人物を拐わせて奴隷として買うクソな貴族どもだ。」
「つまりあんたはここにいた奴らにその関係者と接触させて、リストを手に入れその貴族どもを捕まえるするつもりということが。」
「まあな、つっても捕まえるには他に証拠が必要だが、まあそこら辺は俺のつてを使えばなんとでもなる」
なるほどな、要するにこいつは目的のため手段を選ばないタイプの人間か。
そういう奴は前世でも珍しくなかったな。
「ただ、本来ならその予定だったんだが……」
そこまで言うとレーグニックは言葉を止め俺の方ジッと見る。
「お前と会って気が変わった。」
「あん?」
「……なあ、知ってるか?この国では貴族どもの胸糞悪い犯罪行為よりも平民が貴族の皿を一枚割る方が罪は重いんだぜ?」
「……ああ、もちろん知っている。」
そんな状況、平民として生きていたら嫌でも目にする状況だからな。
「今まで俺はあらゆる方法を使ってクソ貴族どもを捕まえてきたがどいつもこいつも、牢屋に入れられたはいいが、いろんな理由で僅か数日で出てきやがる。狂ってる思わねえか?お前が殺したブーゼルだってもう少し遅かったら、都に戻ってたんだぜ?だからはっきり言って俺はお前には感謝してるんだよ。」
それが俺を気に入った理由か。
守るべき相手を殺されて喜ぶなど騎士の風上にも置けねえが、こういう正直な輩は嫌いじゃない。
「そこでどうだ?お前、俺と手を組まねえか?」
「手を組む?」
「さっきも言ったように今のやり方には限界がある、ならばこちらもそろそろやり方を変えなきゃいけねえ。国が罰を与えられないというのなら代わりの奴に与えてもらうだけだ。」
「……で、それが俺だと?」
そう尋ねると、レーグニックにやりと笑って無言で頷く。
「俺になにをやらせるつもりだ、殺し屋か?」
「別にそこまでしなくていい、ただ奴等を大人しくさせてくれればな。やりかたはお前に任せる。脅し、圧力、交渉、それこそお前のやりたいようにすればいい。殺しは最後の手段としてな。」
なるほどな。それは俺の得意分野だ。
「俺へのメリットは?」
「勿論それに見合った報酬は用意してやる、金だろうが女だろうが、お前が欲しいものをな、それに多少の余罪ならこっちで揉み消してやるよ。あと今は無理だがいずれはお前にかかった手配を取り消してやる。」
「そんなことができるのか?」
「うちの団長さんがいる間は無理だがな。だがいなくなれば後はどうとでもなる。」
「いなくなる予定はあるのか?」
「あの人はいずれ将軍になる人だ。実績は十分あるが男爵と言う低い身分に上位貴族どもが噛み付いて、無能な伯爵どもと争っている形だ。だが、それもお前の活躍次第でなくなるだろう。」
つまり、そいつらもいずれは標的になるということか……面白い。
「いいだろう。その話乗ってやる。」
「契約成立だな。」
こうして俺はこの男、グレイス・レーグニックと手を組むこととなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます