第14話 名前
「マットさん、すみません。」
注目が集まる俺に対しノーマが申し訳なさそうに謝る。
別に隠していたつもりもないし、そんなに気を使う必要もないんだが、どうやらこの世界では隠したいほどの事らしいな。
まあ、それならば俺からもはっきり言ってやろう。
「それで?結局
「ち、ちょっと!マットさん⁉」
態々周り聞こえるように無能を強調して言うと、ノーマはさらに慌てふためく。
そして今ので俺の無能と言う事実が確実に伝わると一気にギルド内はざわつきを見せる。
「あいつ、無能ってマジかよ?」
「無能ってスキルも魔法も使えないんだろ?」
「それなのに冒険者になろうなんて無謀にもほどがある。」
やはり、決していい印象は持たれていないようだな。
どいつもこいつも珍獣を見つけたような物珍しそうな顔でこちらの様子を窺ってくる。
「で、どうなんだ?」
「え?あ、すみません、その……前例がないので少し上の者に聞いてみます。」
そう言ってノーマが駆け足気味に奥への扉に退いていく。
俺はノーマが戻ってくるの間、カウンターにもたれながら待っているがその間もずっと他の奴らはチラチラとこちらを見てくる。そしてその中の一人の男が俺の元へと近づいてくる。
「なあお前、無能ってのは本当かよ?」
話しかけてきたのは立派な鎧と剣を身に付けた赤髪短髪の若い男、その後ろには連れらしき若い男女が俺を見てニヤニヤと笑っている。
どちらも友好的には見えないな。
「……ああ、そうだが。どうした?サインでもやろうか?」
「ハッ、そりゃいいかもな。お前のような無能の癖に冒険者を目指す頭の方も無能な奴なんてなかなかお目にかかれないからな。」
そう言って赤髪の男がゲラゲラとが笑うとそれに合わせて連れの奴らも俺に対して嘲笑を見せる。
周りの奴らは止めることなくただ俺とこいつらのやり取りを面白そうに眺めている。
どうやらこうやって、自分より下を見つけてバカにするやからは異世界共通の様だ。
「いいか?無能。スキルや魔法っていうのはこの世に生を受けた際に授かった時にもらえる女神からの祝福と言われている。それが使えないお前はいわば女神に祝福されていない存在、つまり生まれてきてはいけない存在なんだよ!」
なるほどな、それが無能が嫌われる理由か、いわゆるこの世界の神の教えというやつだな。
まあ、あながち間違ってもいないな、女神は元々俺を殺すために無能として生んだんだから。
「そうなのか、まあ女神に祝福されようがされまいが俺にとっちゃ、どうでもいいがな。」
俺が挑発に乗ることなく言葉を流すと、それに対しつまらなそうに舌打ちをする。
すると今度は連れの男が何かを見つける。
「おい、見て見ろカルロ、こいつの名前を」
連れの男が悪意に満ちた笑顔でカウンターの上に置きっぱなしの、俺が先程書いた紙を手に取りカルロと呼んだ男に見せる。
「なになに……プッ、な、なんだこいつ!お前の名前、ティア・マットって言うのかよ!」
そう言って他の奴らにも聞こえるように俺の名を読み上げると今度は酒場のあちこちから噴き出す声やクスクスと笑う声が聞こえる。
「ま、まじかよ、無能の分際で、ティアマットって」
「名前負けにも程があるだろ」
俺の名前に対し三人は腹を抱えて笑って見せる、陰で笑われるよりは清々しいが公の場で馬鹿にされるのも腹が立つな。
「何が可笑しい?」
「なんだ、お前、まさかこの名前のこと知らないのか?」
「知らねぇな。」
「ハハハ、流石無能の分際で冒険者になりにきただけの事はある、ティアマットのことを知らないなんてな。母ちゃんから習わなかったのかよ?」
「まあ、そりゃ仕方ねぇよ。親だってまさかこんな名前をつけた奴が無能が生まれてくるなんて思っても見なかっただろうしな。きっと恥ずかしくて隠してたんだぜ?」
付けたのは俺自身だがな。
付けたのは適当であったが、どうやら意味のある言葉の様だ。
そしてこの様子では、意味を教えるつもりはなさそうだ。
「気は済んだか?ならそれを置いてとっとと消え失せろ。」
俺が紙を奪おうとするとカルロはヒョイっと上に紙を上げて避ける。
「おっと、そうはいかねぇ。お前みたいなやつに冒険者になられたらモンスターにだって笑われちまうからな。欲しかったら力づくで奪って見せろよ。」
こいつはスキルが無くてもステータスが高いとは考えないのだろうか?
やはり、無能というのもあれだが見た目も関係してそうだな。
若造相手に熱くなるのもあれだが、流石に邪魔をしてこられては放っておけねえ…。
「いいのか?」
一応確認は取っておく。
「へへっやれるものならな」
あ、そう、……なら遠慮なく――
俺は完全に油断しているカルロの懐に素早く飛び込むと、胸ぐらを掴んでそのまま背負い投げで酒場の席まで投げ飛ばす。
――ガッシャーン!
カルロはそのまま酒場のテーブル席へ突っ込み、俺もそのまま投げ飛ばしたカルロの後を追う。
「ってて……」
「そんなにゆっくりしているとは余裕だな。」
頭をぶつけたのか頭をさすりながらゆっくりと起き上がるカルロに俺はそばにあった酒瓶を手にして、カルロの頭に容赦なく叩きつける。酒瓶がパリーンと激しく音を立てて割れると、カルロは頭に酒を浴びながら再び床にうつ伏せで倒れる。
俺はゆっくりと腰を下ろしカルロの髪を鷲掴みにして、強く引っ張り上げる。
「ごめんなさいは?」
「へ?」
――ダン!
そのままカルロの顔を勢いよく床に叩きつける。
「へ?、じゃねぇだろ、ごめんなさいは?」
「ご、ごめんなさ――」
ダン!ダン!
「そんな小さな声じゃ聞こえねぇなあ?」
「ごめんなさいっ!」
「……ふん、まあいいだろう。」
謝罪をしっかり聞き取ると、俺は顔が鼻血で血まみれになったカルロの頭から手を離し、そのまま腰についていた金の入った袋を取り上げる。
「これは、俺への迷惑料としてもらっておく。そして――」
その袋を酒場の店主に投げる。
「そいつは、店で暴れて壊れたテーブルの弁償代だ。」
「え、い、いいのか?テーブルの費用よりもはるかに多いけど」
「なら余った分はこいつから皆んなへの迷惑かけた身としての奢りとしてくれ。お前もいいよな?」
「ひゃ。ひゃい……」
怯えるカルロを睨み付け、有無も言わせず頷かせる。
そして音を聞いて奥の部屋から慌てて戻ってきたノーマがカウンターから出てきてこちらへと向かって来る。
「あ、あの、なにかありました……て、ひゃ⁉︎」
そして現状を見ると、騒動の発端である俺に対し恐る恐る尋ねてくる。
「マ、マットさんこれは……」
「なに、ちょっとじゃれてただけだ。」
「ちょ、ちょっとって……」
「だが少し騒ぎすぎた、悪いが今日は一旦帰るらせてもらう、話はまた後日。」
俺はそう言って、その場から立ち去る。
来た時は騒々しかったギルド内はまるで病院の様にシーンとしていた。
さて、とりあえず聞きたことは大方聞けたし、これからどうするかだな。
結局今日は一文無しのままレクター一家の元へ戻る事となった。
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