第15話 仕事
「ええ!ギルドで喧嘩ぁ!」
四人で行った夕食の最中、三人に今日のギルドでの出来事を簡潔に話すと、話を聞いたジェームスが思わずひっくり返りそうになる程のリアクションを見せる。
「……そんな大したもんじゃないですよ。難癖付けられたんで、ちょっとこづいた程度です。」
「それで、怪我は大丈夫なの?」
エルザに言われてふと相手の怪我の具合を思い出す。
「……確かにきつくドツキましたが、普通に意識はあったので大丈夫でしょう。」
「いや、相手のじゃなくてあなたの方なのだけど。」
そう言ってエルザに呆れられているが、どちらかと言えば今の方が俺にとっては戦いである。
俺は今日も普通に食べる振りをしながら嘔吐と格闘する。
「ていうよりティアって無能だったんだね。」
「言ってなかったか?」
「うん、それにあまりに堂々としすぎて。そんな風に見えなかったから。」
まあ、ギルドの連中や今まで出会った奴らの『無能』と言う言葉に対する反応を見れば分からなくもないが、無能だからといって人目を気にして生きる理由なんてどこにも無いしな。
俺からすればむしろそれが可笑しい。
「ええ、
そう言いながらエルザはチラッとジェームズの方を見る。ジェームス本人にも自覚があるのか苦笑いを浮かべながら肩を落とす。
まあ、確かにジェームスの気の弱さは少々厄介ではあるな。
「じゃあ、結局ギルドの登録はしてないの?」
「ああ、明日改めて登録をする。」
聞いた、マリーはふーんと呟き少し何かを考えた後、この場全員に対し提案する。
「ならうちで働いてもらったらどう?」
「ウチ?」
「そう!私達行商人だから。」
「あら、それはいい考えね。最近は仕入れの出し入れも多くて男手も、必要となってきたところだし。それに冒険者なんて危険な仕事よりよっぽどいいわ。」
マリーの提案にエルザが賛同するし、ジェームスも特に反対はなさそうにする、しかしこれ以上この家族に借りを作るのも抵抗がある。
「いや、それは流石に……」
「あ、ちなみに、もしティアちゃんが断るなら、代わりに他の人を雇うだけだから。でもギルドの一件を思い返すとやっぱり顔見知りに頼みたいわよねぇ?」
「ねー。」
と言いながらエルザとマリーが女性らしく笑顔で見合わせる。
エルザは俺の思考でも読めるのかと思うほど的確な言葉で断りへの道を塞いだ。
何か他に案はないかを考えるが見当たらず、そしてそうこうしている合間に話が着くと、俺はこの家族に衣食住の他に仕事まで提供してもらうという新しい借りを作ってしまった。
――そして翌日
早速朝からレクター一家の手伝いが始まった。
仕事としては今日この町で開く露店の商品の出し入れが主となり力仕事が多く、実際男手が必要なのは本当のようだった。
またこのお人好し家族による口実だったらどうしようかと思ったが事実のようで少し安心した。
なら、しっかり働かないとな。
俺は馬車にある指定された荷積みをどんどん出店場所付近の地面に置いていく。
そして数分後……
「よし。」
俺は一通り荷積みを下すと、一度軽く腕を回す。
「おお!流石ティアさんだ。これだけの荷物をあっという間に」
「まあ、慣れてますんで。」
主に奴隷時代の岩運びでだが、そんなことを言えばこの親父さんはまた謝ってくるだろうからそこまでは言わない。
「と言うより、いい加減その呼び方やめてくれやせんかい?」
「え?」
そう告げると、ジェームスはキョトンとした顔を見せる。
俺の呼び名が決まったのはいいが全員が見事にバラバラだ。呼び捨ては勿論、エルザのちゃん付けも不満はあるが、向こうが年上、そして名前的にも違和感もないせいかすぐに慣れたが、未だにこの親父さんのさん付けだけは慣れない。
「呼び捨て、最悪君呼びでも構いやせん。」
「わ、わかった、じゃあティア君で」
そう言うとジェームスは渋々納得してみせる、本当なら敬語もどうにかしてもらいたいが、一度にそこまで求めるほど切羽は詰まっていないのでとりあえずまずはここからだ。
「で、後残っているのはどうするんです?」
「ああ、それはまた別の所に直接売りにいくんですよ。」
「別?」
「ああ、残りの箱は鉱石や素材だったりしますからね、それを買うのは主に鍛冶屋や装飾屋だったりするからそちらの方にね。」
なる程、残りはもう売る相手が決まっているという事か。
まあここには何度か来ているみたいだし、常連もいるのかもしれないな。
「ならこれはどう並べます?」
「ああ、それはね……」
俺は言われたとおりに並べていく。
「あら?やっぱり男手が増えると早いわね。」
全ての商品を並び終え、開店の時間に近づいた頃に母娘二人がゆっくりとこちらに向かってくる。
「さて、じゃあここからは私達女の出番ね。」
「よし、じゃんじゃん売っちゃおう!」
そう意気込むと、マリーは開店の時間まで待機する、そして時間になると一度大きく息を吸い込んだ。
そして……
「さあ、今年も来ました、レクター商店の開店だよー!さあ、買った買ったぁ!」
明るく元気な少女の声が町中に響くと、すぐさまそれに反応した町の者達が商店へと集まっていく。
男が多いのが少し気になるがやはりこう言う販売は女は強いな。
俺はしばらくの間。ジェームスとその様子を後ろで見ていた。
「お、レクターさん、もう戻ってきてたのかい、それじゃあ見させてもらうよ?」
「はい、どうぞ!」
「お嬢ちゃん、これいくらだい?」
「はい、一つ二十ギルです」
「マリーちゃんかい?久しぶりだねえ。歳、いくつになったんだい?」
「いやですわ、ノエルのおば様。前来た時からまだ半年しか経ってませんから十五歳のままですよ。」
マリーは看板娘らしく笑顔を振りまき客を呼び込み、エルザが丁寧に商品の説明をしていく。
まさに適材適所といったところで客足は途絶えず商品はどんどん減っていく。
「上薬草がもうないわ。お父さん、追加お願い。」
「はいはい、上薬草だね。」
追加?もう出せるものは出したはずだが?、
俺がそう疑問を口にする前に指示されたジェームスがゆっくりと立ち上がると、何もない空間からさらに荷積みを取り出す。
「えっと、これはアイテムボックスと言ってアイテムを収納できる「収納」のスキルを持つ人が使える魔法なんです。私は決して多くはしまえないけど結構貴重なんですよ。」
顔に出ていたのか、俺が尋ねる前にジェームスが説明する。
「凄いでしょ?このスキルは持ってる人は結構重宝されるんだよ。」
そして会話を聞いていたマリーが接客の間がてら横から父親自慢をして母に注意される。
だが実際にこれは凄い、今までスキルというものあまり目にしたことがなかった為か、いまいちピンとこなかったがこうして目でわかるようなものを見せられると改めてスキルの凄さを思い知らされる。
それに、もしかしたらこのようなスキルが他にもあるのかもしれないな。
そう考えれば無能が見下される理由も少しわかってしまう。
出した商品もすぐに消えていく。この美女二人の接客が効果的なのだろうが、それだけではない
多分ジェームズが仕入れてくる物もいい品ばかりなんだろう。じゃなければ幾ら二人の接客とは言えここまで盛況になるわけがない。
性格はともかくジェームスには商才があるのは確かだな。
それからしばらく続き、商品も大方売れ、客足も途絶え始めると俺達は撤退の準備に取り掛かる。
と言ってもほとんど空なので片づけるのは楽ではある。
「じゃあ、次は店への持ち込みと売り込みね。」
「そ、そうだね、じゃあマリーとティア君は先に帰っていてくれないか?」
空の箱を荷台に乗せながらジェームスが言う、しかしその話を聞いていたエルザが少し考え込む。
「……いえ、せっかくですが今回は私は抜きで行ってもらいましょう」
と今思い立ったように手を合わせて提案すると、何故かそれを聞いたジェームスは驚きのあまり腰をぬかす。
「な、何を言ってるんだ?エルザ?今回はフォージャー商会への売り込みもあるんだぞ?」
「ええ、だからこそよ、私あそこへ足を運ぶのあまり好きじゃないの。」
「そ、それは君の気持もわかるけど……」
「あら?わかっているのにあなたは私をあの人の元へ寄越そうと言うのですか?」
そうエルザが問いかけるとジェームスは言葉を無くし観念したように大きなため息を零す。
「フォージャー商会っていうのは私達の仕入れてきた遠い地方の商品を買い取ってくれるお得意様なんだけどそこの主人のフォージャーさんがちょっとした女好きでね、年々スキンシップが酷くなっていくのよ。」
エルザが頬に手を当て困った様子を見せる、ジェームスが反論しないところを見るとどうやら事実の様で彼も見て見ぬふりをしているようだ。
話を聞いたマリーからはそんなフォージャーという男と父親であるジェームスに罵声が飛ばす。
まあ、こればかりはしょうがないだろう。
「でも、あの人は僕だけじゃまともに取り合ってくれないし、大きい商会でもあるから、仲がこじれたら今後の取引にも影響が……」
「あら?誰も一人で行けと言ってないわよ?」
そう言うと、エルザがこちらの方を見る。
「ティアちゃん、お願いできないかしら?」
「そんな大事な取引相手、俺なんかが行っていいんですかい?」
「ええ、むしろあなたが適任だと思うのよ」
そう告げたエルザは俺に今回の取引についての詳細を説明する。
「……なるほど。わかりやした。」
話を聞くと俺は小さく頷き、今既に顔面蒼白のジェームスについて、フォージャー商会の元へ向かっていく。
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