第145話 制裁④

「それで、一体どうなってるのかしらこれは?」


 休み明けの学園の昼休み、ビオラは中庭に呼び出されると、早々に地面に膝をついて厳しい口調で問い詰められる。

 目の前ではビオラと同じマンティス侯爵家の派閥の令嬢たちが中庭に建てられたガゼホでテーブルを囲っており、そしてその中心には派閥の令嬢であるソフィア・マンティスがいた。


 貴族の令嬢の中では珍しく、体型の維持や美容のための食事制限していない彼女は、好きなものを好きなだけ食べた代償とも言えるふくよかな体とニキビだらけの顔が目立つ。

 声色から明らかに不機嫌な彼女の顔を見れないビオラは、俯きながら頭上から聞こえてくる不快な咀嚼音を黙って聞いていた。


「あなたが食堂で起こした騒動以降、ずっと続いていたマルクト様との逢瀬が無くなったのだけど?」

「そ、それは……」

「まさか、無関係って言うじゃないでしょうね!」


 ソフィアの隣を挟んで座る令嬢二人にも問い詰められると、ビオラは苛立ちに唇を噛み締める。

 彼女たちは、自分より格下の貴族で、普段ならソフィアの隣には自分が座っていたのだ。

 恐らく二人のどちらか、あるいは両方が食堂の一件をソフィアに大袈裟に報告したに違いない。


「せっかく婚約まであと一歩のところまで来ていたのに、ビオラ!これもあなたのせいよ!」

「も、申し訳ございません。」


 口から出そうになる不満も言いわけの言葉もぐっと堪えながらビオラはただひたすら謝罪する。


 ――どうして私がこんな屈辱を……


 ほんの数日前までは全てが順調だった、マルクトと噂されているエマ・エブラートを虐め、ソフィアのご機嫌を取っていたビオラは、ソフィアの腹心と言う立場を確立し学園でも高い地位を保っていた。


 だが、それがマティアス・カルタスとの一件で一気に崩れた。

 自分の手足となって動いていた令息達は全員休学しており、更には今まで何度も助けてくれた父親からも逆に向こうに謝罪しろと言われる始末だ。

 そして今はこうやって地面に膝をつき、他の令嬢たちの笑い者になっている。


 ――これもすべてあの女のせいよ……


 マティアス・カルタス……地位で言えば同じ伯爵貴族だが、半分平民の血が流れている半端者で、貴族の立場で言えばだが、自分よりもはるかに低い。

 しかし、令嬢ながら男子を複数人倒すほどの力を持っており、更には父を介入させないほどの伝もあるようだ。もしかしたら、どこかの大貴族の愛人なのかもしれない。

 そして、そんなカルタスに一人で立ち向かうような勇気をビオラは持ち合わせていなかった。


 だからこそ、この状況を逆に利用する。

 いくらあの女に大貴族と強い繋がりがあろうと、マンティス家を敵に回せるほどではないだろう。

 彼女の家は、富や権力の他、いくつもの裏の組織との繋がりを持っている。ソフィアが動けば嫌がらせする程度では済まない。寧ろ、自分だからこそエマ・エブラートはあの程度で済んでいたといってもいい。


「実はその件に関してお伝えしたいことがあります。」


 ビオラは全てをカルタスに擦り付けるため、俯く顔を上げると、ソフィアを見て口を開いた。


「実はあの騒動の発端はマティアス・カルタスと言う女子生徒なのですが、彼女はあろうことか、平民の血が流れている分際で従姉妹であるエマ・エブラートと共に、マルクト殿下に近づこうとしていたのです。殿下がソフィア様と会わなくなったのも、彼女が裏で動いていたのが原因です。」


 その言葉に他の令嬢たちが少しざわつく。


「今の話、本当かしら?」

「でも確かに、彼女がマルクト殿下の幼馴染のバージス様とお茶をしていたという目撃情報も流れていましたわね。」


 噂好きの令嬢たちの想定外の援護もあって信憑性も増す、ソフィアはクッキーを貪りながらしばらく考え込んだ。


「なるほど、つまりそのマティアス・カルタスと言う女が私とマルクト様の仲を引き裂こうとしていると?」

「はい。」

「いいわ、ならそいつのところへ案内しなさい。どんな女か見てやろうじゃない。」


 ソフィアが重たそうに身体を持ち上げゆっくり立ち上がると、取り巻きたちも続いて立ち上がる。

 ビオラはソフィアと取り巻きの令嬢たちを率いてカルタスがいるであろう食堂へと向かった。

 食堂に入ると、集団で入ってきた自分たちに生徒たちの目が一斉に集まる。


「あれって、マンティス嬢?」

「どうしてここに……」


 あちこちから聞こえてくる声も、取り巻きたちが睨みを効かせるとあっという間に静かになる、

 ビオラはその中で平然と友人達と食事をとる、カルタスの元へと歩いていく。


「こいつです、ソフィア様。」


 ビオラが自分たちが近づいても食事に集中するカルタスを指さす。

 何故かそこにはいつも一緒にいる、エマ・エブラートの姿はない。


「……フン、なんだ、私のマルクト殿下を奪おうとするなんてどんな女かと思ったら不細工じゃない。」


 ソフィアがカルタスを見て鼻で嗤うと、それが気に障ったのかカルタスはこちらに眼を向けた。


「……誰?」

「ほら、この方が前に話していたソフィア・マンティス嬢よ。」

「ああ、例の……。」


 友人の令嬢にソフィアの名を教えられるとカルタスはジッとソフィアを見る。


「エブラートさんはいないみたいね?」

「あの子は殿下と何処かで食べてますよ。」


 ビオラが尋ねると、カルタスはあっさり答える。

 そして予想通りの答えにビオラも思わずニンマリと笑みを浮かべる。


「それで?なにかようですか?私は今、食事中なんですが……」

「そんなもの見てわかるわよ!」

「わかってるなら、邪魔をしないでいただきたい、食事の邪魔をされるのがどれだけ不快な事か、食事が好きそうな体型してるあなたならわかってくれると思いましたけど。」

「な、な、な、なんですってぇ!」


 その言葉に、ソフィアよりも先に周囲が騒ぎ始める。


「ちょ、ちょっと、マ、マティアスさん⁉」

「あなた、誰に向かって……」

「もういいわ、戻るわよ。」

「……え?」

「とりあえず、今日はどんな奴か見に来ただけだったけどもう十分わかったわ、ビオラの言ってた通りの大バカだったようね、これからこの学園生活、楽しみにしてなさい。」


 そう言うと、ソフィアは出入り口に向かってに歩き出すと、取り巻きたちも戸惑いつつ、ついて行く、

 意外にも怒りを見せなかったソフィアの態度に、一部の令嬢たちは拍子抜けしてるようだったが、ビオラはその態度こそ、彼女の怒りが最大限に達していることを知っていた。

 とりあえず矛先を変えることに成功したビオラは、安堵すると一緒に食堂を出ようとする。

 しかし、その直前でカルタスに呼び止められる。


「ああ、そうそう、ところでメフィスさん。」

「なによ?」

「私に何か言わなければならないことがあるのでは?」

「は?何を言って……」


 そこでふと父に言われた事を思い出す。


 ――まさか、ここで謝罪をしろと?そんなことできるわけないじゃない。


 ここには大勢人がいるし、何よりソフィアがいる。お供としてついてきておきながらこんな大勢の前で謝罪なんてすれば、ソフィアに大恥をかかせることになる。


「な、何の事かしら?」

「……言わなきゃわからねえか?」


 ――ゾクッ


 その言葉を聞いた瞬間、ビオラの背筋に悪寒が走った。


「貴方が、マンティス家派閥の令息どもを使って私を襲わせたことに対する謝罪ですよ!」


 大勢の前でカルタスが大声で言うと食堂でざわつきが起こる、食堂を出ようとしていたソフィアも自分の名が聞こえると、立ち止まりビオラの方を振り返る。


「そ、そんなの、証拠がないじゃない⁉」

「そうですね、ですからあなたの口から言って認めていただきたいのです。」

「はあ?そんな事言う訳――」

「ああ、そう言えば、メフィス嬢のお父様はお元気ですか?」

「……え?いきなり何を――」

「いえ、聞いた噂では何やら暴漢に襲われて重傷を負っているという話だったので、大丈夫かなあと心配に思ったのです。」

「⁉」


 ――なに、それ……聞いていないわ?


 父であるレビンは外に出かけるときは常に護衛を付けているし、簡単に傷つけられるような立場の人ではない。

 この女の嘘と言う可能性の方が高いが、何故かそれを否定できない。

 父と話した時のあの慌てようを考えると、何かがあったのは確かだった。

 そして何故その事をこの女が知っているのかが謎である、考えられるのは一つだけ……この女が何かをしたからだろう。


 ……もし本当にこの女が何かをしたのなら、それをできる立場の人間という事になる。


 ――ただの伯爵令嬢ではない?


 彼女はカルタス伯爵の令嬢、しかしそれ以外の何かがある……その謎が恐怖心を煽り立てる。

 だが、それでも簡単に頭を下げられる状況ではない。

 もしここで謝れば罪を認めることになり、一緒にいるソフィアも恥をかくことになり、そうなれば親族とはいえ、間違いなくメフィス家は終わるだろう。

 しかし否定すれば、この女が何をするかわからない。


 ――今すぐこの場から逃げたい


 だがそれさえも許される状況じゃない。

 胃が痛く吐き気もしてくる、ビオラは青ざめ眼を泳がせながら無言になる。

 そして……


「も、申し訳ございませんでした。」


 ビオラは謝罪の言葉を口にする。


「何に対してですか?」

「そ、それは……あなたを襲った事です。」

「ええ、すごく怖かったです……でもそれに対しての謝罪にしては、少し頭が高いんじゃないかしら?」


 ビオラは彼女の言葉に体を震わせながらも膝を付き、そして額を頭につけた。


「ビオラ、あなた……」

「……」


 明らかにソフィアが怒っているのがわかるが、もはやビオラにはどうでも良かった。

 謝罪を口にした時点で既に手遅れだとわかっていたからだ。


「わかりました、その謝罪受け入れましょう。」

「……ありがとうございます。」

「ビオラ!よくも私に恥をかかせたわね!この事はお父様にしっかり報告するからメフィス家が無事で済むと思わない事ね!そしてマティアス・カルタス……あなたもよ!」


 そう言い残すと、ソフィアは不穏な空気を残したまま食堂を出て行った。


 謝罪を受け入れた、カルタスもビオラに興味を失ったのか淡々と食事を終えると、友人たちとその場を後にする。

 そして、すべてを失ったビオラは頭を上げられないまま、時間が止まったように固まっていた。




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