第144話 作戦会議

 学園に編入してから初めての休日。

 俺はマルクトの側近のような存在であるロミオ・バーシスから、エマと王子の関係を進めるための話がしたいと学園近くにある喫茶店へ呼び出されていた。

 正直まだ言葉遣いは矯正中だから、あまり人とは話はしたくなかったんだが、そんな理由で断る訳にもいかず、とりあえず今日は全て敬語で誤魔化すつもりで行く事にした。

 まあ、ただ話し合いをするだけだから、前みたいに興奮しなければ素が出ることもないだろうと、そう考えていた。

 しかし……


「……で、ここはなんですか?」


 呼び出された店は、人通りの中にある華やかな喫茶店で、学生達からも人気らしく多くの学生たちが店に入っている。


「ああ、ここは前からデザートや、雰囲気の評判が良く女子生徒から人気の店なんだ、どう?気に入ってもらえたかな?」


 そう言って、バージスはにこやかに笑う。

 確かにこいつの言う通り、雰囲気も華やかで周囲の客は女子生徒の割合が多くなっている。

 だからこそ、その中にホストみたいなキラキラした男と二人で入っている俺達は非常に目立っている。


「……あなた、ここに何しに来たかわかってるんですか?」

「え?」

「ここには王子とエマの仲を取り持つための作戦を立てに来てるんですよ?こんな人目の多いところで作戦会議をするんですか?」

「え、あ……」


 その言葉にバージスが周囲を見渡す。


「ねえ、あれってバージス様じゃない?」

「本当だわ、一緒にいる女性の方は誰かしら?」


 周囲には俺達に目を向ける女子生徒が多数いてひそひそと何やら話している、休日が明ければあっという間に噂が広がっていそうなくらいに。


「す、済まない。そんなつもりじゃなかったんだ!ただ、どうしても君と来てみたくて……」

「てめ……あなたねえ……」


 早速素の口調が出そうになるが、一度大きく息を吐いて自分を落ち着かせる。


「はぁ……仕方ありません、まあこんな店、男一人じゃ来にくいからこういう時しか来れないかもしれませんしね。」

「いや、そう言う訳では……」


 まあ、作戦っつっても所詮はガキの恋愛だ、周囲の視線が気になるが、話せればどこでもいいか。


「とりあえず話を戻しましょう。それで、二人はどこまで進んでるんですか?」

「え?」

「デートはしてるんですか?手とかは繋いでるんですか?キスまでしたんですか?」


 まずは二人の仲がどこまで進展しているのかを調べなければならないので、根掘り葉掘り聞いてみる。


「えーとそうだね……確か休みの日は良く二人で出かけたりはしていたかな?彼女、ドレスをあまり持っていないって話になって一緒に買いに行ってプレゼントしたとか言ってたし。それに最近は事情もあって会っていなかったけど、以前は学園でも顔を見かければ二人で過ごしていたしね、手も繋いだこともあると思うし、キスは……学園行事のダンスパーティーでエスコートした際に手とかにしてたかな。」

「成……程……」


 ……舐めてんのか?


 身分や立場がどうこう言いながらそれだけの事してるとか、予想以上のど阿呆じゃねえか。

 逆にそこまでしておきながら、その気がないって言ってるなら身内として俺がぶん殴ってるところだ。


 行動力がないわけでもない、好意を隠してるわけでもない、傍から見てもいい感じの雰囲気出してるなら、もうどちらかが一気に押せばいいじゃねえか。

 薬でも盛ってやってもいいが、流石それは後が面倒だからな、ならば感情的なところを動かすとするか。


「大体話はわかりました、恐らく足りないのはネガティブですね。」

「ネガティブ?」

「ええ、話を聞く限り正直二人の関係は、もう恋仲と言ってもいいくらいでしょう、しかし立場上、その関係にまで踏み出せないといった感じに思えます。王子は真面目性格なので踏み出したい気持ちはあれど、立場を考えるとやはり踏み出せない、そんなもどかしい状態なのでしょう。ならばネガティブな黒い感情でその一歩を強引に踏み出させるのです。今回の場合なら、『嫉妬』が効果的ですね」


 怒りや憎しみと言ったマイナス感情は時に力にもなる、嫉妬もその一つだ。


「嫉妬か……成程、しかし具体的にはどうすれば……」

「簡単ですよ、先輩。」

「ん?」

「エマを口説いてください。」

「は……はいぃ⁉」

「殿下にエマを他の者にとられたくないと思わせるんです。」


 ああいうタイプは、紳士に見えて意外と独占欲が強いタイプだ。

 何かのきっかけでタガが外れればそのまま勢いでいってしまうだろう。


「で、でもそれはまるで二人を騙すようで……」

「見せかけだけでいいんです。エマの方には後で説明しておきますから。」


 二人で会ったり話したりするだけでいい、寧ろその方が向こうも妄想が膨らむだろう。


「でも、二人っきりで話すなんてやっぱり不味いと思うし、マルクト以外でも噂になったらエマちゃんにさらに迷惑が……。」


 喫茶で茶、シバイてた女にいきなり話しかけてきた男が何言ってんだ?


「そもそもそれなら今の状況も不味いでしょう?」

「いや、それに関しては……その……」


 めんどくせえ男だな、見た目はホストみたいな顔してるくせに……まあ無理なら仕方ねえ。


「わかりました、それなら仕方ありません、代わりに私がします。」

「え?」

「私がエマを口説きます。」

「はぁ⁉」


 その一言にバージスが声を上げ立ち上がると周りの客が一斉にこちらを見る。

 それに気づいたバージスはすぐに座りなおすと、一度咳を入れ、改めて話を続ける。


「で、でも君は女性だし、従姉妹じゃないか⁉」

「従姉妹でも結婚できますし、女性が女性を口説いちゃ駄目なんて法律はないでしょう?それに私、女性の方が好きですし。」

「な……なんだってぇ!」


 まるでお手本のようなオーバーリアクションだな。

 こっちの世界じゃ別にそこまで珍しくもないだろうに、合法的な奴隷商も経営しているが、そう言う目的で奴隷を買う奴らも結構いるぞ。まあ、若い奴らには知らない世界かもしれないがな、特に貴族は世継ぎの関係でそう言うのは徹底的に隠してそうだしな。


 と言っても、俺に関しては男だが。

 しかし、そんなにショックだったのか、バージスはずっと固まったままだ。

 ……これ以上は話し合いも難しそうだな。


「じゃあ、そう言う事で話を進めますので、具体的な詳細は後日連絡します。では……」


 とりあえず方針を固めると、俺は呆然としているこいつを放っておいて店を出る。

 そして俺は寮に戻ると早速、次の休日にエマをデートに誘うと、俺が女性という事もあってか二つ返事で返ってきた。


 なら次はデートプランだな。やはり行くなら女性と言えば服やアクセサリーといった店だな、酒もあれば良かったが、生憎門限があるためそう言う店には行けないのが少し残念だ。

 そういえば今日行ったあの店も女子に人気の店だったな、折角だから有効活用させてもらおう。


 さて、次の問題はやはり言葉遣いだな。

 今日も素が出そうになってたくらいだ、一日一緒に行動したら気を付けていても何回か出る可能性は十分ある。

 そもそも女のフリをするだけでも気乗りしてないのに、貴族女性らしく振舞えるようになれなんてかなり難しい。

 何か女らしく振る舞いたくなるようなきっかけとかがあればいいんだが、そんなものはあり得ないだろう。

 ま、来週までは時間があるし、それまでにどうにかするしかない。


 それに明日からまた学校も始まるしな……



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