第62話 無能と有能
俺はテンポよく斬りかかってくるアルビンの剣をかわしなが後退し、少しずつ距離を空ける。
向こうも剣を振りながら追ってくるが、幸い動く速度で言えば俺の方が速いので徐々に距離が空いていく、そしてある程度距離があいたところでアルビンは一度足を止める。
これでとりあえず、少し落ち着く余裕ができた。
といっても距離があいたところでこちらは遠距離で攻撃をする手段を持っていないので何の解決にもなっていない。
さて、ここからどうにかして反撃の手段を探さないと――
その瞬間、俺の耳元でヒュッと風が横切る音が聞こえると、俺の頬から一滴の血が垂れる。
……そうだったなこいつらは剣ですら飛び道具になるんだったな。
それを思い出すと今度は連続で斬撃が飛んでくる。
「ハハハ、いい反応じゃねぇか!」
これは以前カルロが使っていた技か。
奴より遥かに格上のこいつが使えないわけがなかった、そしてあいつより剣の振りが速い分飛んでくる数も速さも段違いだ。
だが、技自体は同じものだ軌道もパターンも見た事がある分、幾度か避けられる。
「流石にこんな技じゃ勝てねえか」
俺の動きを見てそう判断すると、アルビンは上段に構えるとそのまま地面に向かって叩きつけるように剣を振り下ろす。
「地砕斬ッ!」
アルビンの剣が地面に触れるとそのまま地面を砕きながら斬撃の波が襲ってくる、咄嗟に横に飛び込みそれを避けると、その斬撃は俺の後ろの森の方へと飛んでいき木にぶつかると、その木を真っ二つにしたところでようやく消えた。
今度は惜しいと言わんばかりにアルビンは悔しそうな顔を見せる。
「……おいおい、まじかよ。」
「あんなの喰らったらひとたまりもねえぞ」
戦いを観戦している奴らからもその威力にどよめきが聞こえてくる。
だが分からなくもない、今の攻撃は先ほどのとは威力が段違い、直撃どころか掠っただけでも体を持っていかれる。
この封鎖された孤島を抜け出して二年近くたって、魔法もスキルとやらも何度も見てきてようやく慣れたと思っていたがまだまだ分かっていなかったようだ。
これが実力者、マナが使える奴らはこういうことができるからこそ出来ない無能はと蔑まされるか。
……だが、そこに付け入る隙はある。
――
正直に言えば力を試す必要なんてなかった。
それがこの戦いにおけるアルビン・ヴィクスンの本音だった。
戦うことを好み、頭を使うのを嫌うアルビンとしては戦いの機会を与えてくれる相手ならそれが正義だろうが悪だろうが誰でも良かった。
元々は戦いを求めソロの冒険者として各地を転々としていたが、その好戦的な性格上、制約の多い冒険者としての活動は非常に窮屈で更に他の冒険者とも諍いが多く、ふとした事で依頼主を殺してお尋ね者となった。
それはそれで色んな冒険者が、自分捕らえに来るので良かったが。
最終的には向こうの知略と数の暴力で押し切られ捕らえられることとなった。
だから今度は自由に暴れまわることができる相手の下に付くことを考えていた、そしてこの少年、いやこの男はそれを十分満たしてくれる相手だと感じた。
大貴族にケンカを売るなどと大それたことを考える人間が一体どれだけいるだろうか?
この階級社会の国で貴族の力は絶対的で、大貴族となれば国と喧嘩をするようなものだ、考える人間はいてもそれを実行しようとする人間はいないだろう。
考えただけでゾクゾクする。
勿論この男が口先だけの可能性もある、だが今の段階ではそうは考えられなかった。
無能の奴隷という過去を持ちながらそんなことがあったことを一切匂わせない堂々とした立ち振る舞いに、平気で大貴族に喧嘩を売ると言えるその大胆不敵さ。
なによりアルビンは直感していた、恐らくこいつは同類の男だと。
下につく理由はそれだけで十分だったが、それでも戦いを挑んだのは単純にその実力に興味を持ったからだ。
当然ながら無能と戦ったことなど一度もない。
存在自体が珍しいが、いたとしても魔法もスキルも使えない無能が戦いに身を置いた話など歴史上でも聞いたことがなかったからである。
無能として生まれた人間は皆、女神から見放された者として蔑まれてひっそりと生きるか、奴隷として生涯を終えると言われていて、どうやって戦うかなど検討もつかない。
戦いにとなるとどうしてもスキルや魔法といったマナの力が大きくなってくる。
武器を使って戦う者はもちろん、肉体を武器にする者ですら戦闘では身体に強化魔法をかけたりマナを体に集めて放つ体術など、何かしらでマナを使う。
本当に一切マナの恩恵を受けない人間の戦い方にだからこそ興味がわいたのだ。
無能でありながら、強者の貫禄を持つこの男に。
そして今、その実力をその身をもって体感している。
――なるほど、これが
戦いが始まると同時に無能の唯一の長所であるステータスを生かした先制攻撃、やはり無能の唯一の長所と呼ばれるステータスだけあって動きは素早い。
だが、やはりマナが使えないところで差が出ている。
剣に重さを感じているのか足の動きに比べて剣の振りは鈍く、奇襲の攻撃も簡単に受け止められる。
逆にこちらが軽く振った剣には受け止めきれず躱すという形をとっていた。
魔法も使われる心配もないので距離を置くこともできる、勝負がつくのは時間の問題だった。
――まあそれでも、そこらの奴らよりは遥かに強いぜ。
これだけの攻撃を全て躱しきるなんて芸当、ステータスだけが高いというだけではまず無理だろう。
普通の人間なら躱しきれずに直撃するか、剣で防ぎにいってそのまま斬られるかのどちらかだ。
向こうも剣で防ぐことができるのに、避けに徹したのは直感でそれを感じたからだろう。
だが、それが限界だった。
何せ向こうには躱す以外の手段がない、そしてそれは向こうも感じているはずだ。
勝つ手段がないことに。
そう考えると、アルビンは一度動きを止め剣を下ろす。
「どうだ、ここいらで剣を収めないか?俺はお前の下に付くつもりだ。」
実力もわかったところで勧告を進言する、でないと殺してしまいかねない。
「ありがたい申し出だが、お断りだ、逃げっぱなしで終わるのは趣味じゃねえ。」
だが、向こうは申し入れを断るとこちらに向かって剣を構える。
「そうかよ」
そういうところも気にっているが、それは最大の悪手だ。
元は剣は近接の武器、近距離の剣技なら先ほどより速くて強力なものもある。
初めに受けた奇襲とは違い、今度はしっかり身構えられる分反撃も容易い。
次、向こうが接近してきたらそのままとどめを刺す。
――残念ながら縁がなかったってことだな。
少し惜しいが、アルビンは向こうの覚悟を受け入れると剣を構える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます