第142話 制裁③

 レビンが目を覚まし周囲を見渡すと、周りには薄汚い格好をした男達がレビンを取り囲む形で集まっていた。


「な、なんだ貴様らは⁉ここはどこだ?」


 薄暗い部屋に薄汚い男達に囲まれたその状況にレビンが慌てて立ち上がろうとするも、手が後ろで縛られて使えず上手く立つことができないでいる。


「お、やっと目が覚めたか?」


 奥から声が聞こえたかと思うと、囲んでいる男達が人が入れるほどの隙間を作る、そしてそこに体型が真逆の二人の男が入り込んできた、その二人の顔にはレビンは見覚えがある。


 ――こいつらは竜王会の……


 二人は確かアッシュとボーンと言う名の兄弟で、竜王会に仕事を依頼をした時に何度か会っている男だ。


 ――という事はこいつらは竜王会の奴らか。


「おい貴様ら!私にこんなことをして一体どう言うつもりだ!」

「どう言うつもりも何も、あんたがうちのボスの呼び出し無視してるのが悪いんでしょ、おかげでボスはお怒りだぜ?」

「そうだそうだ。ボスはお怒りだぞ。」

「ちっ……ならばとっとと、そのボスとやらに繋げ、貴様らのこの行為も含めて抗議してやる。」


 ――この組織は私が使っている、いわば私の傘下の様なものだ。そんな実質的な主人でもあるこの私をこんな扱いするなどありえない。恐らくこのバカそうな二人の独断だろう。


 見た目から話し方まで教養が見られない二人に苛立ちを感じながらレビンが待つ。

 しかし……


「んー、駄目だな。」

「……なに?」

「んだんだ、俺達完全に下に見られてる。こんな状態でうちのボスに繋げられないぞ?」


 二人はボスに繋ごうとせず何かを相談し始める。


「どうした?さっさと貴様らのボスに繋げ。」

「ど、どうする、兄貴?」

「こう言う時はあれだな、えーとなんて言うんだっけ?確か……そう、 焼きを入れる。」


 何を言ってるんだ?と思った瞬間、レビンの顔にアッシュの蹴りが決まる。


「ぐほぉぁ!」


 勢いよく蹴飛ばされて倒れこむレビンの背中を今度は体型の太い弟が体重を乗せて踏みつける。


「な、なにを、ぼへぁ⁉」

「ボスから言われてるんだよなあ、俺達の立場はあくまで仕事をする側と金を出す側で互いに対等だと。いつもは金もくれるから気にしてなかったけど、今回はそっちに問題がある話なのにこの態度は許したらダメだよな。」

「き、貴様ら……私にこのような仕打ちをしてタダで済むと思うなよ!」

「んー駄目だな兄貴、やっぱり俺達じゃ全然効いてないみたいだ。」


 ボーンが嘆くように呟くと、部下の一人が鍛冶屋で使われるようなハンマーを持ってくる。


「へへへ、ベニーの兄貴達、こういう荒事は俺達に任せてくれよ。」

「そうそう、元々あんたらの下に付くまではこう言うこともよくやってたし。」

「それにこの男、前々から気に入らなかったんだよなあ、貴族ってのを鼻にかけて、言いたい放題言いやがって。」

「ああ、この前せっかく来てくれたメーテルの姉さんにも色目使ってやがったからな。」

「おい、待て、貴様ら一体何を――」

「せい!」


 気合の籠った掛け声とともにハンマーが振り下ろされると、断末魔が部屋いっぱいに響く。


「ぎゃああああああ!」


 その痛みにレビンが藻掻き転げ回る、レビンの足はみるみる晴れ上がり一目で足の骨が折れたのがわかるほどである。

 だがそんなレビンに対し、竜王会のメンバー達が棍棒やつるはしなどを持ち自分の前で待っている。


「よし、じゃあ任せた、でも顔はダメだぞ?歯が折れたら話せなくなるしな。」

「あれ?でもさっきアッシュの兄貴は蹴ってたような――」

「う、うるせえ、とにかくやるなら顔より下にしろ。」

「へへへ、了解。おい、そいつを立ち上がらせろ。」


 ボーン兄弟が止めずに許可を出すと、二人の男がレビンの両肩を掴み無理やり立たせ、次は腹に鉄でできた棒が叩き込まれる。


「ゴフゥ!」


 勢いよく叩き込まれると、レビンが口から血を吹き出した。


「一応ランファが作ってくれたポーションがあるとはいえ、腹もやりすぎたら死にそうだからやるなら素手にした方がいい。」

「了、解!」

「ごへぁ」


 アッシュの指示通り今度は同じところに拳を入れられると、レビンが地面に膝をつく。

 そしてすぐに立ち上がらせる。


 ――な、なんだこいつら、正気じゃないぞ?


 今までにも悪党と呼ばれる者と手を組んだことは何度もあった、しかし普通は貴族なんかに手を出そうとはしない、こういう者たちにとって貴族は雇い主であり、自分達を潰すほどの力をもった厄介な存在で敵対したところでいいことはない。

 だがこの者たちは違う、そんなことは一切気にせず暴力を奮ってくる。。レビンはここで初めて自分の置かれた状況がいつもと違う事に気づき恐怖を覚え始めた


「ま、待て、わ、私が悪かった、だから一度話を……」

「うるせえ!」


 今度は脛をハンマーで叩くと、レビンが痛みに悲鳴を上げ暴れようとするが男たちに捕まれ阻止される。

 その後も、同じような暴行がひたすら繰り返された。レビンがどれだけ許しを請おうが泣き叫ぼうがその暴力は止むことはなく、まるで決まりに従っているように……

 それから一時間ほど経ち、暴行を受け続けたレビンは顔以外が痣だらけなり、意識が朦朧とした状態で言葉を発する気力もなくなったところでアッシュがストップをかける。


「やりすぎたか?ランファからもらったポーションを飲ませろ。」


 レビンの口の中に、薄緑色のポーションを流し込むとレビンは大きくむせた後、意識を取り戻す。


「ゴホ、ゴホッゴホッ……は⁉ひ、ひぃ!」


 しかし、体は回復しても心までは回復せず、レビンは男達を見て体を震え上がらせる。


「よし、これでにはなせそうだな。」


 アッシュがそ通信機を起動させ、暫くやり取りした後、レビンの前に通信機を置く。

 するとそこから威厳のある男の声が聞こえて来た。


「……レビン・メフィスか?」

「は、はい!こ、此度は連絡を無視して申し訳ありませんでした。」

「へえ、ちゃんと教育したようだな、話が早くて助かる。」

「へへへ、ボスにもちゃんと報告しといてくれよ?」


 ――ボス?という事は私の話し相手はボスではない?


「俺はギニス、この組織の頭代理をやっているものだ。」

「頭代理?」

「ああ、今ボスは任務のため不在なのでな、では早速本題入るとしよう、お前の娘についてだ。」


 ――む、娘⁈


 その言葉に半死状態だったレビンの眼に生気が戻る。


「まさか、ビ、ビオラが何かしましたか⁉」


 ――ビオラは基本学園から出ることはない、だからこんな組織と関わることはないはず。


 だがその瞬間、ビオラが話していた騒動について思い出す。


「ああ、実はとある任務でうちのもんが学園に潜入してるんだが、どうやらそこでお前の娘が男を使って襲って来たらしい。」


 やはり予想通りであった。


 ――まさか、その女が竜王会と繋がっていた?


 確かその娘はカルタス家の婚外子で最近まで平民として過ごしていたという、なら組織と関係を持っていたとしてもおかしくはない。いや、寧ろそれが理由でマリス・カルタスが迎え入れた可能性だってある。


 ――と言うことは、マリス・カルタスもこの組織と繋がっている?


 もしそれが事実なら、あの強気な態度も頷ける。その瞬間、あらゆることがレビンの中で繋がった。


「この落とし前、どうつけるつもりだ?」


 通信機越しからの問いに、話をするだけでも体が拒否反応を示すレビンは、全身が汗まみれになる。

 一刻も早くここから逃げたい、向こうの話に全て応じ、このまま身を任せ全て頷けば楽に終わるだろう……

 だが、それでも愛娘であるビオラを守るためにレビンは食らいつく。


「か、金ならいくらでも払います!だから、どうか娘だけは……」


 レビンが姿の見えない通信機越しで地面に頭を擦り付ける。


「……そうか。ま、うちのボスもそこまで大事にしたくないみたいだしな。賠償金は当然のこと、後はお前の娘自ら誠心誠意の謝罪で手打ちにしてやるとの事だ。」

「しゃ、謝罪……」


 その程度で済むならと、少し心が楽になる。

 花よ蝶よと育てて来たビオラがそう簡単に頭を下げるとは思わないが、自分のような目にあったりそれ以上のことをされるよりはマジだろう。

 絶対説得しなければ。


「わ、わかりました。」

「そうか、なら話は終わりだ。」


 そう言うと、通信はあっさりと切れた。

 その後、レビンは今回の件についての誓約書を書かされた後、近くの町で解放された。

 幸い自分の屋敷からは離れておらず、レビンはすぐに家に連絡をし、迎えを寄越してもらう。

 そして使用人たちに抱えられて戻ってきたボロボロのレビンを見て家の者達が慌てて駆けつける。


「ち、父上⁉」

「あ、あなた!どうしたの⁈」

「すぐに主治医に連絡を――」

「いや!私の事は後でいい、すぐにビオラに連絡を入れてくれ。」

「ですが――」

「いいから、すぐに!」


 鬼の形相でそう伝えるレビンに使用人が首を傾げながらも、指示通りビオラに繋がる通信機を繋げると、向こうからはこちらの現状を知らない明るい娘の声が聞こえて来た。


「あら。お父様?あの件が方がついたの?」

「ビオラ、すぐにその子に謝罪するのだ!」

「はあ?いきなり何を言って」

「いいからすぐに!」

「嫌ですわ!あんな奴にどうして私が――」」

「いいからいう事をきけぇ!」


 屋敷全体に響くほどの怒鳴り声に流石に異変に気付いたのか、ビオラも無言になる。

 そして、我に返ったレビンが先ほどとは真逆の優しい声で話し出す。


「いいか、ビオラ、世の中にはな、身分など関係なく関わってはいけない相手がいるんだ。」

「そ、それが、あの娘だとでも言うのですか?」

「……」


 レビンはそれを無言で肯定する。


「向こうが許すというまで素直に謝罪をするんだ。そしてこの事は他言無用だ、さもなければ私達が危ない。」

『私達って……で、でも、謝罪なんて……』

「ビオラ……」

『……わかり、ました。』


 通信越しで元気のない返事を聞いた後通信が切れたのを確認して、レビンは一息つく。


 ――済まぬ、ビオラ、だが謝罪だけで済むのならそれに越したことはない、そう謝罪だけでいいのだ、


 だが、この時レビンはまだ知らなかった。ビオラが謝罪をためらう意味を、この一件がいつものトラブルではなく、王子とマンティス侯爵家が絡んでいることを……


 

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