第141話 制裁②
「小娘が調子に乗りおって……」
自分が治める領がある西部地方から南部地方にあるリンドンの街に向かう馬車の中でレビン・メフィスが不機嫌に呟く。
リンドンにはその周囲一帯を治めるカルタス伯爵家の屋敷があり、レビンはカルタス家当主のマリス・カルタスに会うため、リンドンへと馬車を走らせていた。
事の発端はつい先日来た貴族学校に在学中の愛娘、ビオラからの連絡だった。
ビオラからの連絡など、学校内でのトラブルの隠蔽や、他貴族への圧力以外ないので今回もそうだろうと考えていた。
そして内容は概ね予想通りで、いつもと違いがあるとすれば相手が同じ伯爵家の令嬢で同じ派閥の家の男子に襲わせたところ返り討ちにあったので、家の力で向こうを罰してほしいとの事だ。
本来ならこちらに非があることで、相手を咎めるなど開き直りもいいとこだろう、だがそれを可能にする力をメフィス家は持っている。
メフィス家は伯爵家ながら、豊富な資金と多彩な交流関係により伯爵以上の力を持っている、そんな相手に真っ向から対立する貴族は、それ以上の爵位の高い貴族か世間知らずなバカだけだろう。
そしてその相手は後者だった。
マティアス・カルタス……カルタス家の前当主であるコレアの弟、ガバスが外で作ってきた平民の血が流れる婚外子で最近カルタス家に迎え入れられた娘である。
まだ貴族社会に慣れておらずそういう話には疎いのだろう。
確かにカルタス家は長い歴史を見れば侯爵だった時代もあった由緒正しき貴族だが、過去の失態により爵位と領土を大幅に落とした伯爵貴族である。
今ではどの派閥にも属さない中立派を掲げており、前任の領主であったコレアも敵を作らない事で領土を守っていた。
有能で国王からの信頼も厚い男だったが、その分甘さが目立ち、それが自分の死の原因ともなっていた。
そして今は娘のマリスが当主となっている。
マリスはビオラの先輩だったこともあり、よく噂は耳にしていた、容姿端麗、真面目で優しく在学時は生徒会長も勤めていたこともあり、生徒達からの信頼も厚く婚約の話は後をたたなかったと言う。
有能なのだろうが、やはりまだ若く唐突な引き継ぎもあってか彼女も貴族界の状況をあまりわかっていないとみられる。
ビオラが襲わせ、返り討ちにあった男子の父親たちが先に話をしに行ったが突っぱね返されたらしい。
父コレアはこういう立ち回りも上手かったが、娘の方にはその才能は受け継がれていなかったようだ。
だからこうしてレビン自らが伯爵家に足を運ぶことになっていた。
――世間知らずな愚かな女が、そんな強気な態度でいられるのも今のうちだ。
カルタス伯爵家は、隣町の領主ブリットが捕まったことにより、その町も自領土としたことで領土を拡大させた、今勢いのある貴族ではあるが、所詮は派閥のない貴族。
周囲の領主達に圧力をかければたちまち孤立させることができる。
――あとは、そうだな……あたり一帯ににモンスターでもばら撒いてやるか。
そうすれば農作などの被害を与えることができ、更に追い詰めることもできる、最近の闇市では多くのモンスターも流通しているので手に入りやすい。
その要因の一つとして挙げられるのが、闇組織『竜王会』の存在が大きい。
竜王会はビビアンを殺害したことでその名が知られ、その後も、密輸、殺人、妨害工作などのあらゆる闇稼業で他の組織より結果を出し、貴族界隈でも話題になっている。
団員達の質も高く、幹部たちには名の通った賞金首もいるという話だ。
金さえ払えばなんでも引き受けるが、個人的な依頼は幹部以上のものと話す必要があり、接触の仕方が難しく誰でも依頼できるわけではない。
しかしレビンはその組織との繋がりをとある伝で手に入れ、よく個人的な依頼を出して、邪魔となる貴族をいくつか潰すことにも成功している。
その話は貴族の中でも伝わっており、それがレビンの貴族界での立場を更に強めていた。
――そうだ、組織を使ってマリスも攫うのもありかもしれないなあ。
容姿端麗という事だ、行方不明扱いにして地下で飼うのもありかもしれない、そんな想像をして思わず頬を緩めるが、それと同時にあることを思い出す。
――そういえば、竜王会の奴が至急話があると言っていたか?まあ応じる必要はないな。
確かに重宝している組織ではあるが所詮は悪党、こちらが接触することがあっても向こうが接触してくるなどあってはならない。
――易々と話に応じれば向こうを付けあがらせる一因にもなる、あいつらは、私の必要な時に呼び出し、私のいう事さえ聞かせればいい……それが……闇組織の……飼い……方……
そう考えながら、レビンの意識は深い眠りへと落ちていった。
……そして次に目が覚めると、そこは馬車の中ではなく薄汚い部屋の中だった。
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