第140話報告書
――……思ったよりも早かったわね。
ティアを屋敷から見送って一週間、三人の貴族達がこの屋敷へと押し寄せてきた。
やってきたのは子爵が二人と、男爵が一人、向こうの話によればティアが三人の息子に暴力を奮い怪我をさせたという事だ。
勿論事情はティアから事前に報告を受けているので、この話がそれだけじゃない事は分かっている。
ただ、聞いた話では、事件が起きたのはティアが編入した翌日との事、いくら血の気が多いとはいえ、数日は大人しくするだろうと思っていただけに少し予定外ではある。
――まあ、遅かれ早かれこうなるとは思ってたから別にいいけど
「それで、今日は何の御用でしょうか?」
「何の用だと?我々の話を聞いていたのか⁉そちらのご令嬢がうちの息子たちを怪我させたんだぞ!」
「息子達は顔が痣だらけでとても学校に通える状態ではない、この責任はどう取るつもりだ!」
「確かに怪我をさせたのは悪いと思います。しかし、私が聞いた話ではそちらのご子息たちがあの子を襲ったとの事ですが。」
「そんなもの出鱈目に決まっているだろ!なんでもそちらのご令嬢は少し前までスラムで生活していたという話ではないか、スラムで育った奴らは卑しく嘘をつくのが得意だからな」
父親たちは、あくまで息子に非はないと言い張っている。
ここにいる者達は全てカルタスよりも格下の貴族になるが何故こうも強気に出られるのか?
答えは簡単、マリスが若い女性であることと、この三人が同じメフィス伯爵家の派閥の人間だからだろう。
元は三大公爵家が牛耳る貴族界だったか、二つの公爵家がノイマンを蹴落とそうとした結果、返り討ちにあい大きく力を削がれてしまったことで、今では侯爵家の方が力を持っているものが多い。
貴族たちの頂点に立っているノイマン公爵は、他の貴族との交流には一切興味を持っておらず、出てくることもないので貴族界隈は、現在様々な派閥が水面下で争っている。
この三人が属するメフィス伯爵は現在最も勢いのあるマンティス侯爵家の親族である。
――確かに私の様な後ろ盾のない女性当主は貴族としての立場は弱いでしょう……だけど、このような小物に負ける程、弱くはなくてよ。
マリスは威を借りて強気な男たちを鼻で嗤う。
「それはつまり、あなた方のご子息は三人がかりで、か弱い女性であるマティアスにやられたと?」
「そ、それは……そうだ、伯爵家だから抵抗できずにいたに違いない。」
「もしそれなら賢明な判断だと思います。逆に、あなた方はどうしてこれほどまでに私に強気にいられるのです?」
マリスが静かに三人を睨みつけると、その雰囲気に飲まれた三人が思わず怯む。
「私はあなた方三人に、あの子を襲った慰謝料とこの件の口止め料を請求させてもらいます。」
「な、なにをふざけたことを!」
「なぜ我々が支払う側なんだ!こちらは息子たちが大怪我させられたんだぞ!」
「誰が怪我したかではなく、どちらが仕掛けたかです。それにこの話が出回れば困るのはあなた方の方でしょう。」
「マリス嬢、あなたは若いからわからないかもしれないが、この話を事実にできるような力はカルタス家にはありません、もし話が出回れば表に出てこれなくなるのはあなたの方ですぞ?」
「ではどうぞ、お好きになさってください。我々カルタス家はあなた方と徹底抗戦します。」
「……後悔なさらないように」
一歩も引かなかったマリスに、子爵たちは怒りを隠さないままそそくさとその場を後にした。
――ホント、哀れな人達ね。
竜王会がこの件について動いていることを知っているマリスは、彼らにもう力がない事は分かっているので今後の展開は容易に想像できる。
その際にティアからは絞れるだけ絞り取れと言われてるので、次彼らが来るときには今回の態度を理由に更に金額を上乗せするつもりである。
「……お疲れ様です、お嬢様。」
三人が部屋を出た後、それに合わせたようにお茶を持ってきたモンベルが入ってくる。
「まあこの程度は想定内よ、想定外だったのはあの人が三日も持たずに騒動を起こした事かしら?まあ、それも今更だけど……それよりあの子からの報告を見せて。」
マリスがそう言うとモンベルはポケットから一通の手紙を取り出すと、マリスに渡す。
マリスはそれを受け取ると、すぐに封を開け読み始める。そこにはこの一週間、ティアの周辺で起きた出来事が詳細に書かれていた。
「入学一日目はイービルアイの幹部、ソルナンテと接触し校舎を見学した後学園長を顔合わせ、その後寮に戻り夕方になるとアルテ・ボカードとルナ・ラードが部屋を尋ねてくる、あら、懐かしい名前が出て来たわね。」
マリスが二人の名前を見ると少し頬を緩める、アルテとルナは在学時自分を慕ってくれていた後輩だった。
彼女達自身はよくできた後輩だったが、両親はあまり良い人間とは言えず、裏では非合法な商売に手を出しており、二人はその事についてよく生徒会長だったマリスに相談しに来ていた。
だがその時はまだ良かった、問題はマリスがが卒業した後、二人の両親はブリットが行っていた闇オークションにも参加しており、両者とも逮捕されることとなった。他貴族のしっぽ切りにも利用された二人の両親は、罪をさらに上乗せされ、その影響でボカード家とラード家は没落寸前まで陥り、二人も退学処分まで追い込まれる事となった。
その話を聞いたマリスが学園長をうまく言いくるめて、何とか卒業までは通えることになったが、費用を最小限に抑えるためメイドは全て解雇し、部屋も二人で使用することになった。そしてこの話は学校全土に広まっており、今は肩身の狭い学校生活を送るようになっているという話である。
――偶然とはいえ、あの子達とも仲良くしているのはうれしい誤算ね。
彼女たちのことは気にかけていても所詮は他人だっただけに大きく踏み込むことができなかったがティアを通して様子をうかがえるようになる。
「それにしても、交流があったのなら知らせてくれればいいのに」
ティアからの報告ではそう言った事は一切書かれていなく、書かれていたのは食堂での騒動と放課後の話、そしてエマとマルクトの関係についてだけだった。
――やっぱり、リネットに頼んどいて正解だったわ。
マリスが情報の送り主であるリネット感謝する。
マリスとリネットが出会ったのは半年前、マリスが竜王会にとある依頼をした時に派遣されてきたのがリネットだった。
初めに接触してきたのは彼女の方で、リネットは自分が
ブルーム家はカルタス家と同じく古くから続く名門貴族だったが、十年前に起きた王妃殺しの犯人として、ブルーネ侯爵が犯人とされたことで没落した。
その事件がきっかけで一族は全員死刑となったが、その前に養女に出されていたリネットだけは生き残ることができたという。
しかしその後リネットは、その事件の真相を明らかにするために二人の使用人と共に裏の世界に入り込み調査していたという事だ。
マリスは教師の中に当時のブルーム家と親交のあった者がいた事を思い出し、その教師を紹介する代わりに、ティアの監視を頼んでいたのである。
その事もあってかリネットはこの仕事にかなり励みを見せている。
「あとはティアからの報告と同じね、例の件でエマとも仲良くなれたみたいだしそこは大丈夫そうね。それから、なになに……今のところバレる気配はないが、興奮すると口調に素が出始める傾向があるのでバレるのも時間の問題かと、現在はソルナンテの指導の元、言葉遣いを矯正中……そこはサポートお願い……と」
返事を書くとマリスは手紙をメイドに渡す。
「これで良しと。あとはこちらの方ね。」
マリスが机に散らばる資料に目を向ける、そこにはモンベルが選んだ沢山の婿候補の資料が乗っていた。
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