第139話 制裁①

 名家であるメフィス伯爵家に生まれたビオラは、生まれてから今まで叱られた記憶が一度もない。  

 両親はビオラを甘やかし、ビオラが物を壊せば見ていなかったメイドを鞭で叩き、社交界で相手を怪我させれば、向こうが悪いと相手を責め立て、ほしいものがあればそれが他人の物であっても、何でも与えた。

 そんな両親が禁じたのはたった一つ、立場が上の相手には逆らわない事、それだけだった。

 そしてビオラはその教えに従い、立場の低い者たちを好き勝手してきた。


 ……だからこそだろう、今の状況が理解できないのは。


 ――なんなのよこいつは!


 ビオラは目の前の光景に体を小刻みに震わせる。

今目の前にいる少女はマティアス・カルタス

一応同格の貴族であるが、平民の血が流れる格下であるはず、なのにその彼女が今、自分たちに牙をむいている。


「おら、立て」


 マティアスは傷だらけで動けない男子達の中で唯一意識のある男子の胸ぐらをつかみ、無理矢理立ち上がらせる。


「しゅ、しゅびばぜん、ぼうがんべんじでぐだざい……」

「勘弁してくださいだあ?それで済んだら、騎士団はいらねえんだよ!」


 とても女性の声とは思えないほどの怒声が響き、男子を殴り飛ばす。

 何度も殴られた男子の顔は鼻血で染まり、数本の歯が折れ、頬が大きく腫れあがっていてまともに話すこともできない、しかしそんな男子の頭にマティアスは容赦なく足を乗せる。


「いいか?てめえらのやろうとしたことは婦女暴行と言う、立派な犯罪だ。普通なら間違いなく牢獄いき、もしくは犯罪者奴隷だ。てめえらはそれをわかってやってんのか?」

「しょ、しょれは……」

「ま、わかってたらやるわけねえよな?てめえらのような散々甘やかされて育ったガキは多少、怒られた程度じゃ反省しねえだから、二度とやろうと思わないくらいに徹底的にしておかないとな!」


 そう言い放つとマティアスが足を上げて勢い良く踏みつけると男子は獣の様な悲鳴を上げてそのまま気を失う。そして男子全員気を失うと、次はビオラに目を向けた。


「さて、次はお前だな。」

「ひっ!」


 一歩一歩近づいてくる彼女から逃れようとするが体が震えビオラは動くことができずにいる。


――こんなのありえない!カルタス如きがどうして


 カルタス伯爵家は古くから続く貴族ではあるが、貴族の力関係で決して強いとは言えない。

 貴族内で繰り広げられる派閥争いでは常に中立を保ち、民を優先するあまり税収や徴兵にも力を入れてこなかった結果、力だけが衰退していき、今では味方もいない歴史と名ばかりの家柄となっている。

だから、このようなメフィス家を敵に回すような暴挙はできないはずなのだ。


「わ、私はメフィス伯爵家の娘よ、私に手を出したらあなたもただじゃ済まな――」


 その瞬間マティアスは言葉を遮るように勢いよく音を立てて足を踏み込んだ。


「ひぃ!」

「勿論知ってるさ、てめえんとこの家とはさせてもらってるからな。」


 ――仲良く?何を言ってるの?


 両親がカルタスと懇意にしているという話は聞いたことがない、だからこそ彼女の言葉の意味が凄く不気味に感じる。


「……まあ、安心しろ、俺は女には手を出さねえ主義だ。お前への仕返しは貴族令嬢らしく、やらせてもらうから精々楽しみにしてな。」


 それだけ言うとマティアスは振り返りその場から去っていった。


「た、助かった……?」


 マティアスが去ったのを確認すると、ビオラは全身の力が抜けその場で腰を下ろす。


「ハ、ハハハ、そうよ!なんだかんだ言ってやっぱり私の家の前には手も足も出ないんだわ、小物であるブリット子爵にすら、貶められたような名ばかりの伯爵家だもん、大したことなかったのよ。見てなさい、明日にでもお父様に言いつけてやるんだから。」


 そう言ってビオラは勝ち誇ったように高らかに笑うが、何故か先ほどの彼女の言葉に不安がぬぐえなかった。


 ――


「レビン・メフィスを呼び出せ。」


 寮に戻ると俺は早速、ギニスに連絡を取りそう告げる。


『なんだ、あいつ等々やらかしたのか?』

「とうとう?」

『あいつ、依頼する際とかもずっと俺達を見下していた態度をとっていたから団員達から評判悪かったんだよなあ、女性団員の中には言い寄られた奴もいたとか。ただ、金払いだけは良かったから特に文句は言わなかったけど。』


 それは初めて聞く情報だな、メフィスはここ最近頻繁に他領への妨害工作を依頼してきた人物で、内容も軽く場所も拠点から離れた場所だったこともあって、会ったのは一度だけでその後は他の奴らに対応させていたがそんな奴だったとはな。


『それで……メフィスとなんかあったのか?』

「学園であいつのガキに襲われたから謝罪と賠償金を請求する。」

『あー……成程ね、貴族令嬢も大変だな。』

「とにかく、すぐに連絡しろ、もし舐めた態度をとるやつなら、攫ってこい。」

『了解。』


 ギニスの返事を聞いて通信を切ると、傍で控えていたリネットが通信を片付ける。


「賠償金と謝罪だけとは随分温いですね、てっきり指の一本くらい詰めさせるかと思いましたのに。」

「指を詰めるのは極道うちのルールだからな、奴らはただの客だ。それに今の状況なら謝罪させた方が効果的だからな」


 この一年で堅気に手を出した傘下の賊たちの指を詰めさせまくったせいか、少し間違った情報が広まってるようだな、また改めてそこを説明しておかないと。


「そうですか、ところでお嬢様、随分口が悪くなられましたね?」

「ん?ああ、そうか。」


 気づけば口調がいつもに戻っていたようだ。どうも仕事モードに入ると素に戻るみたいだ。


「はっきり言わせてもらいますと、今のお嬢様はとても女性にみえません。」

「……そんなにか?」

「そんなにです、いくら育ちの悪い令嬢設定とは言え、限度があります、貴族女性にも男性の様な凛々しい口調の人はいるけどあなたのは完全に荒くれ者の話し方です。このままでは男とバレるのは時間の問題でしょう。」


 それは……少々困るな。いくら口調は気にしないつもりと言っても、それはあくまで女性らしくないと呼べるレベルの話だ。男とバレる程となると、話は変わってくる。


「と言っても、やはりすぐに治すのは難しいな。」

「でしょうね。なので、講師をお呼びしました。」

「講師?」

「ええ、ではお入りください。」


 そう言ってリネットが入室の許可を出すと部屋にソルナンテが入ってくる。


「こいつが講師?」

「ええ、なんでもはイービルアイでもベテランの間者で、人に化ける技術はトップクラスらしいです。」

「私はこの学園に来てからかれこれ十年近く自分を偽り続けているプロです、私があなたを完璧で凛々しい淑女へと変えて差し上げしょう。」


 やたら自賛が目立つが、さっきリネットは彼女と言ったな、という事はこいつは俺と逆で男の振りをした女という事か……しかもネックレス無しでこの変装……成程、確かに俺に必要な技術を持っている。


「わかった、頼む。」

「いいえ、そこはわかりました、よろしくお願いしますと言ってください。」

「……わかりました、宜しくお願いします。」


 そしてこの日から放課後に、ソルナンテによる淑女になり切る特訓が始まることになる

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