第72話 設定と策略

――時は一か月ほど前まで遡る


「ルース、今日からお前がツルハシの旅団このパーティーのリーダーだ。」

「……へ?」


 それは突如告げられた言葉だった。

 ティアが計画のためにそれぞれに指示を出していくなか、ツルハシの旅団の五人にも命令が下されていた。

 その内容はブリットを信用しきっている村人達をブリットの敵対関係にあるマリスの方へと導くことで、その作戦の際に告げられた言葉にパーティー一同は思わずキョトンとする。


「えーと、俺がリーダーですか?」


 あまりにも唐突な言葉にルースは自分を指さし聞き返す。


「そうだ。ちなみに、作戦のための一時的なものではなく今後も永続的にだ。」

「え、ちょ、ちょっと待ってください!なんで急に俺がリーダーなんですか⁉実力も経験的にも今のまま、エッジさんがリーダーの方が適任だと思うんですけど。」


 ティアが頷くとルースが今度は慌てて理由を尋ねる。

 ルースは元々ただの村人で今までも戦闘には参加せず、マーカスの『鑑定』ような特別なスキルを持ってるわけでもない。

 パーティー内での役目とすれば、精々薬草採取や寝ずの番をするくらいしかできない本当にただの村人だ。

 本来なら冒険者にすらなっていないであろう男が突如、賊を率いていたエッジを置いて冒険者のリーダーに任命されたのだ、驚くのも無理はない。

 

「顔だ。」

「え?」


 ティアがぽつりと言った短い言葉を再び聞き返す。


「エッジの顔は強面で相手によっては委縮する可能性があるしマーカスの顔は胡散臭い、ビレッジは少し物言いがとっつきにくい節がある。その点お前は人畜無害そうな顔をしていて、口調も穏やかで話しやすい。話を聞きだすにはお前のような奴の方がうってつけだ。」

「おいおいヒデェ言われようだな。」

「でも当たってるから仕方ないっス」


 エッジとマーカスは顔を顰めながらも実際言われた経験があるのかティアの言葉に同意する。


「お前らに求めているのは冒険者としての活躍じゃなく普通の冒険者としての立場を利用して動く事だ。でなきゃこんな戦えるのが一人しかいないこんなパーティーなんて即解体させている。」

「……確かに」


 元々成り行きで冒険者になったようなもので本来冒険者をするようなメンツではない。

 それは重々承知しているのでそんな理由を説明されると納得せざる負えない。


「り、理由はわかりましたけど、俺に本当にリーダーなんてできますかね?」

「ま、初めは設定と簡単な台本くらいは用意してやるからとりあえずはやってみろ。今回の奴らは女を攫われたことで精神的に不安定になってるはずだ、そこに手を差し伸べようとしてくれる奴らがいるならば多少胡散臭くても信用してくるはずだ。」


――……そして現在、短期間の演技の練習を経て作戦を実行した五人は見事村人たちの信用を得て、マリスを頼らせることに成功していた。


 五人は村人たちから正式に依頼されると、マリスに連絡するためと言ってすぐに村を出る。

 そして村が見えなくなる場所まで離れたところで、素に戻ったルースが大きく息を吐いた。


「ど、どうだったかな?上手くできていたかな?」


 先程までの勇敢な青年のような凛々しい姿は息を潜め、眉を顰めながらルースが不安そうに尋ねてくる。


「いい感じだったスよ、少なくとも気づかれてはいなかったッスから。」


 マーカスは他人事にように感想を述べる、だが実際マーカスはほとんど会話に絡んでなかった。

 ティアから用意された台本にはある程度の会話の流れのほかに、村人たちが好みそうな人間性の設定が付けられていた。

 ルースは言われていたように正義感の強く真面目なこのパーティーのリーダーとしての役割を、ビレッジはそのとっつきにくい口調を生かして少し頭の固いパーティーの頭脳担当に。

 エッジはその厳つい見た目を生かしミリアムと親子という設定にして、見た目とは真逆の情に厚く親バカな男という設定になっていた。

 そしてマーカスは、会話に混じることをせず『鑑定』スキルを活かした情報収集を担当することになっていた。


 この設定に始めは皆不安がっていたが、いざ実行してみれば元々の性格に合わせていたこともあってか自然体に演じられていた。特にエッジなんかは練習の頃から呼ばれている父という言葉に未だにずっと頬を緩ませている。


 そしてその設定は見事にはまっていた。

 村人達は初めこちらに話しかける際エッジを見て強張っていたが、リーダーがルースとわかるとずいぶんと表情が柔らかくなった。

 警戒していたエッジも自分達の事に対し怒りを見せた事と、子供へ向けた優しげな表情により警戒が解けたように見えた。

 ビレッジは最後の方はアドリブが強いられて少しボロが出そうになっていたが、強引な形で乗り切り、見事村人たちの信頼を勝ち得たのだった。

 

「それで、この後俺たちはどうするんだ?」

「あとはマリス嬢に報告すれば、これでアッシたちの役目は御免っス。」

「そ、そうか、それはよかった。」


 そう言って、五人は作戦を無事に終わらせられたことに安堵すると、足取り軽く隠れ家へと戻っていた。


――


 賊に捕らわれてからどれだけ日数が経っただろうか?

 大型魔獣捕獲用の檻の中、一人の村娘が膝を抱えながら考え込んでいた。


 若い村の女性が賊に攫われるという話はよく聞く話だが、自分がその立場になるとは考えもしなかった。

 生まれてから十五年、村はモンスターに襲われることはあっても賊に襲われたという話は聞いたことがない。

 更に数年前にブリットが領主に就任して、即座に対応されるようになってからはその心配すらしなくなっていた。


 それだけに今回の出来事は村の者たちに大きな衝撃を与えた。

 捕らえられてからの対応は決して悪くはなかった、手足を拘束されることもなく食事もしっかり出てむしろ村での食事よりも上等なものだった。

 だがそれでも日の光を浴びれない環境と今後の事を考えると不安は消えることはなかった。

 初めはすぐにブリットが兵を出して助けに来てくれると前向きに考えるものも多かったが、賊が言った言葉の一言が不安を駆り立てた。


『俺たちはブリット子爵に雇われている賊だ』


 初めは誰も信じていなかったが、この規模の賊相手に未だに助けが来ないことに徐々に不安の声が上がり始め、そして今では、助けが来るのを信じて待つ者と、諦めて絶望し始めるものとで徐々に分かれ始めていた。

 自分も信じていたが、時間が経つにつれ諦める方に傾きかけていた。

 そんな時だった。


「な、なんだぁ!貴様らは!」


 外に続く出入口がある方向から少し騒がしい声が聞こえ始める。

 状況を確認しに行った賊が外へと出ていくと、それと入れ替わりで何人かの武装した兵士が入ってきた。

 ブリット子爵の兵士が助けに来てくれた……皆がそう思ったが、それは違うとすぐに悟った。

 兵士の武具に刻まれている紋章はブリットの物ではなかった。

 そしてすぐに後ろからこの場には似つかわしくない高貴な身なりの一人の女性がやってくる。


 その女性はこちらと目が合うと、安心させるかのように優しく微笑みかけ、こちらに近づき檻の錠を外す。


「お怪我はありませんか?」

「は、はい、えーっと……あなた方は……」

「私たちは、リンドンからやってきたカルタス伯爵家の者です、そして私はカルタス家当主、マリス・カルタスです。」

「リンドンって確か隣の……しかも当主自らがどうして……」

「あなた達の村から冒険者を通して私のところへ救援の要請があったのです、以前私のところでも同じ事件が起こり、その時は私の未熟さゆえに防げませんでした。なので今度こそはと私もいてもたってもいられず駆けつけたのですが……今回は間に合ってよかったです。」

「う、うわあああああぁぁぁぁん」


 マリスの言葉に緊張の糸が切れたのか、涙が頬に流れるとそのまま勢いよく泣き続けた。

 そしてそんな彼女にマリスは優しく胸を貸す。


「私が来たからにはもう大丈夫ですよ……あなた方が怖い思いをするのはこれで終わりですから」


 泣きじゃくる彼女にはその言葉の真意はわかることはなかった。

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