第132話 校舎見学

 マリスの屋敷を出てから数日かけて俺達は王都へと到着した。

 王都なだけあって街の入口には複数の衛兵が厳重に警備をしており、入る際には厳しい検査を受ける事になり時間がかかるが、馬車に入ったカルタスの家紋を見ると、兵士たちは簡単な確認程度で検査を終わらせすぐに入ることができた。

 これが、初めて使った貴族の特権と言えるだろう。


 門を通り抜けるとそこには王都の街並みが広がっていた、整備された大通りにあちこちに並ぶブディックや宝石店、そして有名な商会の本店までが並び、当たり前のように貴族や富豪たちが歩いている。


 王都には何度か来たことはあるが、全て仕事だったので、こうやって堂々と表を通った事はなく、少し新鮮味を感じる。

 路地の方にも目を通せば、なかなか興味深い店もあったので少し覗いてみたいところだが、今の時間帯、学生は恐らく授業中だろう。

 前世でこんな時間に歩いていたらサツに目をつけられたものだ。

 学校に通う方が珍しいこの世界で怪しまれることはないだろうが、格好が制服だから悪目立ちはするだろう。


 まあ、ここで暫く過ごすのだからまた改めて来ればいい。

 俺達は寄り道することなく、そのまま学園へ馬車を走らせた。


 暫く馬車を進めて行くと、遠目でもわかる巨大な建物が見えてくる、あれが恐らくこれから通う事になる学園だろう。そして更にその後ろにはこの国の城も見える。


 貴族だけが通える学校なだけあって校門前にもしっかり警備兵がいて馬車は門の前で止められる。

 カルタス家の使用人が話を伝えるとすぐに一人の兵が中に入っていく、そして馬車の扉が開けられた。


「ん……眠い……」

「あなた、今までずっと寝てたじゃない。」


 うとうとしているレイルをリネットが叱りながらも手を引いて降ろし、その後に俺とアメリが続いて降りる、これじゃあ誰が令嬢かわかんねえな。


「そんだけここまでの道が安全だったってことだろ。寝たけりゃ寮についてからにしろ。」


 全員が下りたのを確認すると、カルタス家の馭者は一度頭を下げてすぐさまに去っていく。

 まあ、事情を知っている奴としてはあまり俺達と関わりたくないだろうしな。

 傍から見れば失礼な従者に見えるかもしれないが、俺に平民の血が流れているとすれば納得する者もいるだろう、この設定も上手く活用していかないと。

 そして、しばらくすると先ほど中に入った警備兵が教師らしき人物を連れて戻ってきた。

 歳は二〇代くらいで、ほっそりとした体格に眼鏡をかけた、気の弱そうな優男だ。


「カルタス伯爵家のマティアス嬢ですね。お待ちしておりました、私は学園の案内を任された、教師のソルナンテと申します、どうぞ宜しくお願いします。」


 ソルナンテと名乗った男が手を差し出して来たので握り返し握手を交わす、その手の甲にはイービルアイ幹部を示す眼の様な刺青が入っていた。

 俺がそれを確認したのを見ると、ソルナンテは微笑を浮かべ手袋をつけて刺青を隠す。


「では、参りましょうか。」


 俺たちはソルナンテの後について学園へと入って行く。


「どうです、この学園は?」


 俺は後ろを歩きながらソルナンテに尋ねる。


「ハハ、やっぱり、皆貴族の生徒ですから、なかなか癖の強い子が多くてね。私も男爵家と言う理由だけであまり授業を聞いてもらえません、ですからこうして案内を任されているのですが、その分やりがいのある職場ですよ。」


 ソルナンテはそう言って笑う。

 つまり、要約すると、貴族の学校なだけあって身分の差別が多いが、その分なかなか有力な情報が得られているといったところか。


 俺達はソルナンテに連れられ学園内の中を歩いていく、そして初めに着いた場所は学園の中にある学生寮だった。


「校門の中に寮があるのか。」

「ええ、そっちの方が警備しやすいですからね、ここが女子の学生寮となりますが女性以外立ち入り禁止なので、僕は入れません。」

「そうですか、ではお前達三人は先に部屋に行ってくれ。」

「ボ……ではなく、お嬢様はどうするんですか?」

「先に学長に挨拶をしておこうと思ってな。」

「ベッドは使っていい……ですか?」

「ああ、構わん。」

「では私はメイドらしく掃除しておきますね。」

「あ、部屋の場所は寮長さんに聞いてください。」


 ソルナンテの言葉にアメリが返事をした後、三人は寮の中へと入っていった。


「では先生、案内よろしいですか?」

「ええ、勿論です。」


 俺は引き続きソルナンテの後をついていくと、次に校舎の中へと入っていく。

 校舎の中は前世の学校と構造が似ており、クラス分けされた教室や、授業で使う部屋が並んでいる。

 この学校はクラスとして受ける一般授業と、選択して授業を受ける選択授業があり、ソルナンテは選択授業の考古学を担当しているようだ。

 今は授業中のようで校舎内は非常に静かだ。一人くらいサボってるやつと出くわすと思ったが、特に誰ともすれ違うことなく学長室へと着いた。

 ソルナンテが部屋の扉を軽くノックすると、だるそうな返事が返ってくる。


「学長、カルタス家の令嬢をお連れしました。」

「ん?ああ、入ってくれ。」


 許可を得ると二人して部屋へと入る、中では中年の男が偉そうな態度で椅子に凭れ掛かり葉巻を吸っていた。


「今日から通う事になりました、マティアス・カルタスです。」

「ああ、話は聞いてるよ。なんでも、平民の血が流れてるんだってな?」


 そう言って学長の男は俺を見ながら嘲笑する。ああ、そう言えばこいつはこういう奴だったな。


 この学園の学長を務める男、エラード・メイズ

 由緒正しきメイズ侯爵家の三男だが、この男の評判は他二人の兄弟と比べ、すこぶる悪い。

 一応政略結婚した妻との間に娘と息子が一人ずついるが、家族の仲は最悪で夫婦そろって外で愛人を作っており、子供たちもうちの傘下と繋がっている。

 家のコネで学長をやってるみたいだが、身分による贔屓や賄賂での成績改ざんの指示なども行っているらしい、まあそっちは俺の知ったこっちゃない。


 ただ問題はこいつの身分による差別思想だ、問題が起これば身分が低い方が罰を受け、高いものは不問になることが多い。

 それで男爵令嬢であるエマも随分被害を受けているみたいだからな、ここらで一度釘を刺しておいた方がいいだろう。


「しかしマリス嬢はお優しい方だ、平民の血が流れる者なんかをこの由緒正しき学園に編入させるんだからな。」

「そういうことは本人を前に言わないほうがいいですよ?」

「おお、そういえばいたのだったな、すっかり忘れていたよ。」


 エラードはわざとらしくそう言うと、悪びれる様子もなく俺に向かって葉巻の煙を吹きかける。


「そうやって身分差別をしていると、そのうち痛い目にあいますよ?」

「フン、平民の血を引く子供ガキがこの私に説教か?いくらカルタス家と言えど、貴様の学園での評価は私の言葉一つで簡単に――」

「マルバスの街での様に。」


 その言葉を聞いた瞬間、エラードはガタッと音を立てて勢い良く立ち上がる。


「ど、どうしてそれを……」

「マルバスへ出張した際に繰り出した夜街で、貴族の女性だけを集めた予約制の高級キャバクラに行くが、入れないとわかると、近くの別の店に家名をちらつかせて割り込み、酔った勢いでその店の獣人族の従業員の耳を引っ張り大声で罵詈雑言を浴びせた挙句、突き飛ばして怪我させたとか?その後、店側にたっぷりと叱られ、その店が裏組織の店だと知ると最後には土下座しながら泣いて謝ったらしいですね。」

「な、何故そこまで……」

「さあ、何故でしょうね?」


 まあ、どちらの店も俺の店だからな。

 と言うよりマルバスの夜街自体が俺の作った街だ、荒れたスラム街の掃除する代わりにその場所の支配権を領主からもらい、そこにラブホやキャバクラ、ソープと言った物も作った。

 このような店ではこの世界では普及してなかったようで、ソープは普段あまり風呂を入ることがない冒険者たちに人気が高く、ラブホは身分違いなどで叶わぬ恋人たちの逢引きの場として人気になっていった。

 ちなみにこの流行に生じてあちこちの街で似たような場所が作られつつある。


「ま、まさか……お前、いや、あなた様は組織の関係――」

「その口を閉じろ。」

「は、はい!」


 エラードは言われた通り手で口を塞ぐ。


「学長さん、これはあくまで助言ですが、これからこの学園で起きることには口を挟まないことをお勧めします、あと身分による優劣をつけるのも……でないと、あの時の醜態があなたの家や学園関係者に伝わってしまうかもしれませんからね。」


 要は俺の邪魔をするなという事だ、エラードも理解したのか口を抑えたままコクコクと頷いた。

 これだけ釘を刺しておけば変なことはしないだろう、俺はそれだけ伝えると学長室を後にした。

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