第6話 冒険者ギルド



俺達が島を脱出してからおよそ数時間、水平線上にあった太陽はすっかりと昇りきっていた。

 船内ではずっと脱走の成功を祝した騒ぎがエッジを中心に行われている。


 船には島の兵士たちのための食料や酒が大量に積んであったため、まさに騒ぐにはもってこいの状況だ。

 まあ、それなりにデカイ山を乗り越えたんだ、多少ハメを外してもいいだろう。


 俺はその輪の中には入らず一人酒の入った樽製のジョッキを片手に、ぼんやりと海を眺めている。


 あまり騒ぐのは好きじゃないと言う事もあるが、それ以上にこのどこまでも青く広がる海を眺めるのが純粋に心地がいい。

 俺らしくないと言えばそうだが十年もの間、土と石の中で生活してたんだ、

 少しくらいこういうのも良いだろう。


「十年か……」


 何か考える度にこの数字が出てくる。

 それだけ長い時間だ。数年の務所暮らしは経験したこともあったが、奴隷の経験は前世でもなかったからな、まあこれも一つの経験として覚えておくとしよう。


「アニキ、お疲れ様っす」

 

 これまでの経験を肴に飲んでいると、酒瓶を持ったマーカスが俺の持つジョッキに酒を注ぎに来る。

 この場に未成年だから禁止などと言う無粋な事を言ってくる輩はいない。


「ああ、お前もな。」


 俺もマーカスの持つジョッキに注ぎ返す。

 

「いや~、それにしてもアニキの戦い方、凄かったスねぇ。なんか手慣れてたって言うか、あんな戦い方どこで覚えたんスか?」


 その質問は少し困るな。

 何せこの世界での俺はずっと奴隷として生きてきたから戦いの経験なんて持ってるはずがない。

 前世でと言ったところでまず信じないだろうしな。


「さあ?俺は無我夢中で戦っていただけだ」


 この回答が得策だろう。


「へぇ、ならアニキは戦いの才能があるかもしれやせんね、外の大陸に着いたら冒険者にでもなったらどうですかい?」

「冒険者か……」


 この世界にはそう言う奴らも普通にいるのが当たり前なのか。

 確かにこれより先は未知の世界だ、世界中を旅をする冒険者になるのもいいかもな。

 ただそれには少し気掛かりがある。


「それも面白そうだが、それは儲かるのか?世界中を旅してるだけで金目のものなんて手に入るとは思わないが。」


 やはりどの世界でも金は必要だからな。

 冒険者と言えば古代遺跡などで財宝を探して一獲千金を狙うようなイメージが強いが、実際そんな簡単に見つかるものでもないだろう。

 


「そりゃあ。もちろんクエストをこなしてランクを上げればそれなりに稼いだりもできると思いまスよ。」


……クエスト?ランク?


 また聞きなれない単語が出てくる。


「クエストとはなんだ?」

「ああ、そういや兄貴は外の世界の事はなんも知らないんでしたね。クエストと言うのは冒険者ギルトという組織で受けられる依頼のことっスよ。

 ギルドは各町に拠点支部が設けられていて、その街や近隣の住民はそこに周りで起きた問題の解決を依頼し、ギルドは所属する冒険者たちにその話を通して解決してもらうッス。

 依頼内容は簡単なものでは薬草採取やモンスターの討伐、生態調査、他にも物の運搬や護衛など様々っス。

 そしてその依頼に対してギルドはFからSまで難易度をランク分けしていて冒険者側も同じようにランクがあり、自分のランクと同等以下のクエストしか受けられないシステムっス。報酬もそのランクに応じて金額が変わってくるので高ランクになればなるほど冒険者は金が手に入るようになるっス。」

「……なるほどな。」


 マーカスが事細かく説明してくれたこともあって理解するのは早かった。

 この世界にはこの世界の問題があり、それの解決する組織としてあるのが冒険者ギルドという事か、大体話はわかった……しかし一つ気になる事がある。


「話はわかった、しかしそれのどこが冒険者なんだ?冒険者と言うのは世界中の未知なる領域を探して旅をする者と言うものだろう?今の話を聞いたところじゃどちらかといえば何でも屋だろ?」

「さあ?そこら辺はあっしもよく知りやせんが、なんか古くからの歴史が関係しているとか聞いたことがありやすね。」

「曖昧な回答だな、知らないのか?情報屋だろ?」

「あっしはあくまで特定のものに関しての情報を集めるのが仕事で冒険者の由来とかそういう話は情報と言うより博学の部類っすよ。」

「……それもそうか。」


 そう言われるとこちらも返す言葉がない。

 だがやはり俺はこの世界のことをあまりに知らなさ過ぎるな。

 ある程度のことはルドルフ達から教えてもらったがそれはほんの一部でしかない。

 もしこの世界にも学校が、存在するなら一度行っておきたいものだな。


 まだこの見た目なら学校に通ってもおかしくない年齢だろうし。

 ……と言うよりそもそも俺は幾つなんだ?

 一応定期的に外からくる人間たちから西暦、この世界ではマティシア暦たるものを教えてもらっていたから生きた年数はわかっているが、元々この世界で目覚めた時の年齢が分からないから自分の年齢なんてわかるはずもない。

 

 とりあえずこの船の上じゃ分かることなんてないしな、まずは陸地にいてから調べるしかないか。

時間ならこれからたっぷりあるんだ、気ままにこの世界の事について調べていくとしよう。


 そう結論すると俺は船が陸地に着くまでの間、酒を飲みながらゆっくりと船旅を楽しんだ。


 ――


 太陽が真上にまで昇った頃、俺達はとうとう新しい大陸にたどり着き船旅を終える。

 新天地への土を踏みしめた俺はゆっくり辺りを見回す。

 目に広がるのは広大な大地と遠目に見える森林地帯、それはまさに未知の領域だった。


「ここはどの辺だ?」

「恐らく、カザールのあたりじゃないか?」


 どうやら奴隷達の中にはここら辺あたりに土地勘のある奴もいるらしい。


 さて、これからどうするかだ。

 できれば、ここからは個別行動と行きたいところだが、こんな何もない場所で解散しても他の奴らは困るだろう。


 今ここには補充として連れてこられて来た奴ら含めて四十一人。

 脱出をさせたんだからせめて他に人がいるところ辺りまでは面倒を見てやらないとな。


 ……と、そう思っていたが、ふと周りを見ると俺の側には何故か誰もいなくなっていた。

 そして、少し離れたところで集まっており、その中心にはエッジがいた。


「……どうした?」


俺が全員に対して尋ねると、中年の奴隷が代表して一人前に出てくる。


「いや、実は船の中にいる間にちょっとエッジさんと話をしてて聞いたんだが、あんた、『無能』っていうのは本当か?」

「……ああ。そうだが?」


俺が平然と答えると、その言葉を聞いた奴隷たちがざわつき始める。


「マジかよ……あいつ無能だったのかよ!」

「俺たち、よくあんな奴の指示に従って生き残ったよな。」

「ああ、これもエッジさんのおかげだな。」

「初めからエッジさんが指揮をとってたら死人も出なかったかもな。」

 

 随分言いたい放題言ってくれるものだ。

 奴隷達の奴らは陰口叩きながら俺に対し冷たい視線を送ってくる。


「奴隷としては無能でも構わないが、あの島を離れたところではスキルや、魔法の恩恵は非常に大きくなる。そこで皆と話したんだが、ここから先は無能のあんたではなく、このエッジさんについていこうと決めたんだ。」


 ……なるほど、エッジによるクーデターか。

 俺が無能と言うことを周りに言いふらして株を落とし、そして手柄も自分のものと言い張り周りの奴らを懐柔したのか。


「そこであんたはどうする?一応・・あんたもこの脱走の立役者だ、たとえ無能でも大人しくするって言うなら一緒に来てもいいってよ。」


 どこまでも上から目線な奴らだな。

 エッジはともかく他の奴らは島の時と比べては随分強気じゃねえか。

 だがまあ、実際俺はこの大陸では無知過ぎるからな。

今後のことを考えても今はエッジについて行った方が良いのかもしれないな。


「わかった、あんたに従うよ。」


そう答えると後ろでやりとりを見ていたエッジがニヤリと笑うと前に出てくる。


「へへへ、お前が物わかりがよくて良かったぜ。ま、無能がこんなところで放り出されても死ぬしかないからな。よし、じゃあ、お前ら全員この俺についてこい!」


 声高々と号令に上げると、エッジは上機嫌に先頭を歩いていく。

 まあ、とりあえず今は様子見だな。





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