第5話 脱走開始
他の奴隷達と脱走の話をしてから数時間が経過した……と言ってもこの場所に時計はないのであくまで感覚の話になる。
辺りは完全に暗闇となり、火のないところでは、目を凝らさないと何一つ見えない状態となった。
まさに潜んで動くにはもってこいの状況だ。
俺は鉄格子のカギを慣れた手つきで開き外へ出ると、武器となるつるはしを取りに暗闇に紛れて採掘場へと向かう。
何人かで運んだ方が早いのでは?と言う意見もあったが、人数が増えればそれだけバレやすくなるので、まだまだ予定の時間まで余裕もある事もあり、俺一人で行くことにした。
採掘場に着くと、一度足を止め近くの岩陰に隠れる。
つるはしの置いてある倉庫の前には見張りの兵士が一人いた。
「無防備だな」
と言うより無防備すぎる。
時間も深夜という事もあってか、兵士は立ったままウトウトしている。
これなら襲うのも容易い。
そっと近づき、立ったまま眠る兵士の背後を取ると、そのまま羽交い締めする。
突然の事に兵士は驚き、必死にもがくが俺は容赦なくそのまま意識を失うまで首を絞め続けた。
そして、抵抗がなくなると兵士の意識がない事を確認して倉庫の中へ運ぶ。
運び終え、倉庫の中にあったロープで縛ろうとしたところで、ふと兵士の格好が目に留まる。
「……奪うか。」
どうせなら変装した方がより見つかりにくいだろう。
そう考えると俺は兵士から服と腰につけた剣を剥ぎ取り、身に付ける。
そして最後に奪った剣で鬱陶しかった前と後ろの髪を雑に切り落とし、兜をかぶる。
背丈は流石に誤魔化せないが、この暗闇の中でなら恐らく十分だろう。これで堂々とつるはしを持ち運ぶ事ができる。
俺は両手に一つずつ、つるはしを持って慎重に牢の中に運んでいく。
牢の中では勘付かれないように奴隷達がいつもの様に寝ているふりをしており、持ってきたつるはしはそれぞれ奴隷たちの体の下に隠しておく。
生憎人数分はなかったのが残念だが、贅沢は言えない。
俺はつるはしを運び終え、再び牢から出ると、後は海が見渡せる場所まで移動して船が来るのをひたすら待つ。
すでに兵士一人に手を出してしまった以上後戻りはできない、もしこれで今日船が来なければ明日からは警備が強化され脱出するのはまたしばらく不可能になるだろう。
俺はただ船が来るのを待った。
本当に船は来るか?倉庫に人は来ていないだろうか?
この静かで長い夜が不安を掻き立てる。
「らしくねぇなぁ……。十年も奴隷やってて腑抜けたか?」
兜で頭を強く小突く、ガンッという音と共に雑念を振り払うにはちょうど良い衝撃が脳へ伝わる。
場数なら前世でそれなりに踏んできたはずだ、今更脱走如きであれこれ考える事もない。
俺はただ、ひたすら船が来るのを待った
………………
それからどれくらい時間が経っただろうか?
遠くの空が薄らとだが明るくなり始めた、もうすぐ朝日が昇り始める。
こちらはまだ暗いが明るくなるのも時間の問題だ、その頃には非番の兵士たちも動き始める、そうなれば俺達の負けだ。
俺はただじっと待ち続ける……
すると、遠くから小さな灯りを灯した一隻の船がこちらへと向かって来るのが見えた。
「……来たか。」
俺はすぐに牢へと戻り奴隷たちに号令をかける。
「船が来た、これより行動を開始する。」
その言葉を合図に寝たふりをしていた奴隷たちがゆっくりと立ち上がる。
中には本当に寝ていた奴らもいたようだ、なかなか図太い神経をしている。
「へへへ、ようやく待ちわびたぜ。」
エッジがつるはしを手に取り軽く振り回す。
その仕草はつるはしと言うより剣を振る仕草に見えた。
「……あんた、剣は使ったことあるのか?」
「当り前だ、なんせ俺の剣スキルはCだからな。」
そんなCとだけ言われた所で、平均がわからんから何とも言えない。
アルファベット順だとすれば下から数えれば高いが上から数えれば三番目だぞ?
まあ自慢げに行ってるところから悪くはないのだろう。
「そうか、ならこれを使え。」
俺は奪った剣を渡す。
「これは?」
「兵士の服と一緒に奪ったやつだ。あんたが使うといい」
「お前は使わねえのか?」
「俺は
「獲物?それを言うなら刃物だろ。」
……この世界ではこういう言い回しは通じないんだな、なかなか難儀なことだ。
「まあ、とにかくあんたが持ってるといい、俺は無能だからどちみち剣のスキルはないからな。」
「……無能だと?」
何気なく言った一言だったがエッジは『無能』と言う単語に反応を見せた。
「なんだ?」
「……いや、なんでもねえ。」
そう言うとエッジは俺に背を向け、ま、今はいいかと小さく零した。
「よし、お前ら行くぞ!」
そして急に仕切りだすと、そのまま奴隷達と共に勢いよく牢屋から飛び出して行った。
「……なるほど、これが『無能』と呼ばれる者の立ち位置か。」
なかなか前途多難のようだな。
俺も少し遅れて外に出る、するともう外では争いが始まっていた。
「さあ、てめぇら!全員ぶち殺せぇ!」
「ひ、怯むなぁ!たかが奴隷だぞ!」
見事奇襲は成功した様で、エッジや他の犯罪者奴隷達を筆頭に奴隷たちが兵士たちを押している。
向こうは迎撃態勢も整っていなかったようで迎え撃つことよりもほとんどが逃げ回っていた。
「クソ、奴隷どもめ!ゴミの分際で調子に乗りやがって、死ねえ!」
背後から声が聞こえると、俺は振り向きざまに剣を横に避け、そのまま襲ってきた兵士を前に投げ飛ばし地へと叩き付ける。その際に落とした剣を拾い、そのまま仰向けになった兵士の胸に突き刺す。
「うぐっ!」
兵士は小さく唸ると、そのまま口から血を吐き息絶える。
これがこの世界に来て初めての殺しになった。
やはり俺はどっちの世界でもこういう事に縁があるらしい。
「こういうのは何回やっても慣れねえな。」
まあ、慣れてしまったらそれはただの狂人だ。
だが、容赦はするつもりはない。向こうも数ある職の中から命のやり取りを行う兵士を選んだんだ。もとより死は覚悟していたはずだからな。
「恨むなら俺より弱い
剣を抜き、次の敵に備える。すると少し離れた場所にいる兵士が俺に向かって杖を持ちながら何かを念じている。
「喰らえ!ファイヤーボール!」
兵士が叫ぶと、兵士の持つ杖の先からサッカーボールほどの火の玉が飛び出し、こっちに向かって飛んでくる。
直進に飛んで来たので横に跳んで避けると、火の玉は少し後ろの方まで飛んでいくとぶつかる相手もいなく、そのまま空中で消える。
兵士は再び呪文を唱え始める。
「なるほど、これが魔法か。」
確かに当たれば脅威だが、速度は避けれないほどではないし次が来るまでに時間がかかりすぎる。
これならこっちのほうが早いだろう。
俺は下に落ちていた握り拳程度の大きさの石を拾って魔法を唱える兵士に目掛けて投げつける。
呪文を唱えるのに集中して無防備になってる兵士は避けることなくそのまま直撃する。
投げた石が相手の兜に当たると向こうの詠唱も止まり、そして怯んだ隙にすぐさま近づき殴り飛ばす。
兵士が吹っ飛び地面に倒れたところで、そのまま勢いをつけて顔面を強く踏みつける。
――グシャッ
踏んだ足に何とも言えない感触が伝わる。
裸足ではあったが、勢いをつけたことで威力が増し、足を顔から退けると兵士は鼻と歯が折れ、顔中血塗れになって動かなくなった。
死んだのか気絶したのか、まあ今はどちらでもいい。
目的はあくまで制圧だからな。
そして辺りを見てみるとちょうど他も終わったところだ。
周りのあちこちに兵士たちが転がっている。
……勿論、兵士達だけじゃない。何人かの奴隷達も倒れていて動く気配はない。
やはり、無理だったか。
短い間とはいえ、共に過ごしてきた奴らだ、元々覚悟はしていたが出来れば全員で脱出したかった。
まあ、嘆いたところで仕方がない。
とりあえず、これでここの制圧は完了だ。
「次は船着き場で潜んで奇襲をかける、全員来ても隠れる場所が無いから、数人だけで行くぞ。」
そう指示を出すと、エッジたちを含めた十人の奴隷達で船着き場に向かった。
――
船着き場に到着すると、俺達は積荷みや山積みにされている樽の物陰に隠れ、船の到着を待つ。
そしてしばらくすると船が一隻到着する。
「あれ?おかしいな、誰も迎えが来ないぞ?」
船から降りて来た一人の兵士が、島の静けさに疑問を感じながら労働場の方へ足を進める。
こちらの存在に気づいた様子はなく、隠れている俺達の方へ不用意に近づいてくると、俺はタイミングよく物陰から飛び出し、兵士の顔に拳を入れた。
「な、なんだ貴様は⁉その格好……奴隷か⁉」
その声に釣られて慌てて残りの兵士も出てくる。
そして俺に気を取られている間に他の奴隷達は物陰に隠れながら後ろに回り込み、背後から襲い掛かる。
「ぎゃあ!」
エッジを筆頭に他の奴らも兵士を斬りつけそのまま海へと落とす。そして船の中に入り他に敵がいないことを確認すると、後ろで待たせている奴隷達を呼び寄せ全員で船に乗りこんだ。
「……あばよ。」
十年過ごした島に別れの挨拶を告げ、船の止めているロープを外すと、船はゆっくりと島を離れ、昇った朝日に向かって出航する。
これで、俺の長く続いた奴隷生活は終わりを告げた。
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