第4話 脱走計画
皆が寝静まった頃、俺は一人鉄格子の外を眺めていた。
鉄格子の外では暗闇の中、ぼんやりと松明の火が揺れている。最早見飽きた光景で何年経っても変わらない光景だ。
実に殺風景だが、考え事するにはこれくらいがちょうどいい、そしてこの光景が見れるのも今日で最後だ。
長年かけて立てた計画の準備は整った。明日、俺はこの島からの脱出を開始する。
そして今からその計画の流れを一度、頭の中で整理していく。
まず一番最初の壁となるこの牢屋からの脱出についてだが、これに関しては特に問題は見当たらない。
はっきり言ってここの警備は非常にザルだ。
鉄格子のカギは非常に単純な仕様で、試しに拾った針金を使ってピッキングを試みたら簡単に開いた。
長年脱走者が出ていないという事もあってか、管理者の兵士たちの警備もかなり緩く、担当の者以外は毎晩酒盛りをしており、警備の奴らも気が緩んでいる始末だ。
おかげでこの十年、何度か牢から抜け出してみたが一度も気づかれた事はない。
そうなると、問題となるのはやはり島自体からの脱出だろう。
この島は周りの大陸から離れた孤島であり、泳いで逃げるというのはまず不可能だ。
緊急用の船でも置いてないかと何度か探ってみたが、そういったものは見当たらなかった。
兵士達の警備がザルなのも恐らく牢から逃げたところでこの島からは出られないと言うことを確信してるからだろう。
ならば、どうやって逃げ出すか?
答えは簡単だ、この島に来る船を奪えばいい。
この島には俺の知らない何かしらの方法で、外との連絡を取る手段があるようだ。毎回奴隷が一定人数死ぬと、外の大陸から追加の奴隷と物資を乗せた補給船が来る。
ただ、どのタイミングでその船が来るかがわからないのが問題だったが、それも長い年月をかけて行った調査により把握することができた。
船が来るのはこの島の奴隷の数が十人以上減ってからおよそ三日後、未明にやってくる。
奴隷の人数は全員合わせて五十人として管理されており、そこから十人、つまり動ける奴隷の人数が四十を切ると新しい奴隷が追加される。
そしてその数に関しては、作業後の牢への入出時に数えているらしい。
つまり、牢屋にいる奴隷の数が四十人切ってから三日後と言うことになる。
そして、ちょうど明日がその三日目だ。
ただ、これに関して確実性はない。
長い期間の中で何度か四日後だったり、船が到着するのが日が昇ってからという時もあった。
こればかりは賭けるしかない。
そして、次に問題になるのが船までのルートだ。
船が到着する船着き場までには必ず兵士たちの寝床を通らなければならない。
いくら油断しているからと言って、堂々と通らせてくれるほど奴らも馬鹿ではない。
その為にも他の奴隷たちの力が必要となる。
今この島には生き残っている奴隷が三十七人、それを管理する兵士が二十人いる。
数はこちらに分があるが、立派な装備を身に纏い訓練された兵士と、局部だけを隠した布きれのような服を着た戦闘経験がほぼ皆無の奴隷ではまるで話にならないだろう。
だからこそ、戦闘経験のある犯罪者奴隷達の存在は大きい。そして普通の人間よりも身体能力が高い蜥蜴族や獣人族も何人かいる。
こいつらに作業で使っているつるはしを武器として持たせてむこうが油断しているところで奇襲を行えば十分勝算はあるだろう。
後は他の奴らがこの話に乗ってくれるかだな。
出来ればこの作戦にはもう一つの目的のためにも奴隷達全員に乗ってもらいたいものだ。
まあなんにせよ、これで準備は整った。
最終確認を終えると、俺は柄にもなく興奮で眠ることなく朝を迎えた。
何せ十年かけて計画した人生の一大イベントだ、失敗すれば次はないだろう。
だからこそ楽しみでもある。
時間になると、俺はいつもの日常をそつなくこなした。
そして日が落ち、作業が終了し全員が再び牢に入ったところで動き出す。
俺は、複数人で固まり不満を溢しながら干し肉に噛り付く犯罪者奴隷たちに近づく。
「よう、あれだけ働かされた後で、そんだけ愚痴をこぼせるとはあんたら中々タフだな?」
「あん?なんだテメェは?」
気安く話しかけられたのが気に食わなかったのかリーダー格の一際大きな髭面の男が、俺に悪態をつくと、他のやつらも、こちらを睨みつけてくる。
「仕事にはもう慣れたか?」
「ふざけた事聞いてんじゃねえぞクソガキ!こんなもん慣れるわけねえだろ!」
男が牢屋の中で大声で怒鳴るが、兵士達は注意しに来る様子もない。
やはり緩いな。
「そうか、ならここから出たくないか?」
「……なに?」
そう尋ねると、男たちはわかりやすい程態度を変えて話に食いついてくる。
「俺は今日の夜から朝方にかけてここから脱出するつもりだ。だが生憎人手が足りなくてな、どうだ、話に乗らないか?」
「……詳しく聞かせろ。」
「そうか、なら、奴隷達全員を集めてくれ。」
そう言うと男達は敵意剥き出しのさっきとは打って変わって、従順な態度で従い、周りの奴隷達に集合をかけ始めた。
鞭で叩かれた後の生気のない奴隷達だが、屈強な男達の脅迫めいた呼びかけには集まらざるを得なかったようだ。
俺は全員が集まっているのを確認すると、この作戦の内容を伝えた。
最初は何を言ってるんだ?とばかりに流し半分で聞いていた様だったが、一つずつ丁寧に説明していくと、現実味が出て来たのか少しずつ耳を傾けてきた。
「ほう、なかなかいい作戦じゃねぇか。だがその船が来る情報は、確かなのか?」
「この情報はあくまで今までの結果を照らし合わせての情報だ、確実とは言い切れない。だがこれくらいでビビってちゃ脱出なんてできねえぜ?」
「そ、それもそうだな。」
そういうと、男は納得するフリをして強がって見せた。
こういうプライドの高そうな乱暴者はビビるという言葉に敏感で実に扱いやすい。
しかし次に来た質問に対し、俺は言葉を詰まらせた。
「じゃ、じゃあ、もしその脱出が成功した後はどうするんだ?奴隷の脱走は大罪だ、仮に脱走できたとしても指名手配されて連れ戻されるか、最悪殺されるんじゃ……」
……そうか、脱出した後か。
そう言えば、その後の事は特に考えていなかったな。
逃げ出せさえすれば俺一人ならどうとでもなると考えていたが、こいつらはそうはいかないか。
正直言えば逃げ出した後のことまでは面倒見切れないが、説得するにはそこらへんの説明も必要になるか。
どう話すべきか考えていると、そこにフォローを入れるかのようにマーカスが口を開く。
「ああ、その件に関しては大丈夫っスよ。そもそも本来奴隷っていうのは買った主によって奴隷契約の首輪と名簿リストで管理されているので脱走すら出来ないっス。でもこの島の奴隷達は元々使い捨て仕様のため、ノイマンの野郎はケチって奴隷の刻印を背中に刻んだだけで、首輪もこの島の奴隷の名簿リストも作ってないっス、だからここを抜け出せば向こうは俺達を探す方法を持っていないんスよ」
ナイスだ、マーカス。
この件に関しては外の事を知らない俺には説明出来ない事だったので今の説明は非常に大きい。
「だ、そうだ。どうする?」
とりあえず脱出を躊躇う不安要素は大方取り除いた、後は各個人の覚悟だけだ。
しかしやはり未だ迷い続ける奴も多い。
まあ、失敗すればただでは済まないからな、特にここの奴らは毎日嫌と言うほど兵士達に恐怖を植え付けられているんだ、怖気づく事を責めることはできない。
「おい、どうすんだ?まさか全員頷かなきゃ動かないとか言うんじゃないだろうな?」
「……いや、作戦は必ず開始する。ただな……」
出来ればこの作戦には全員に参加してもらいたいんだが、今の内容だけでは決定打が足りなかったか。
……仕方ない、一芝居うつか。
「出来れば俺はこの島の奴隷
全員と言うところを俺は強く誇張してそう告げる。
「なあ、あんたの名前はなんだ?」
俺は犯罪者奴隷を仕切るリーダー格の男に尋ねる。
「あん?エッジだが……。」
「ならあんたは?」
「サンタナだ。」
「ならあんたは――」
俺は幾人かに名前を尋ねていく。
「……そうか、やはり全員名前があるんだな……だが俺には名前がない。」
「え?」
「正確にいえば俺は自分の名前を覚えていない、俺は物心ついた頃にはもう既にここにいて、周りの奴らで俺の名前を知っている奴はいなかった。俺がここに連れてこられたのはおよそ十年ほど前の話だ。」
「じ、十年……」
その年月に奴隷たちが少しざわつきを見せる。
今いる奴らはまだここに来て一ヶ月も経ってないような奴らばかりだが、それでもここの過酷さを嫌と言うほど知っている。
それだけにここの生活を十年続けていたと言う俺の言葉は大きく響く。
「俺はこの島で育ち、この目で沢山の死にゆく奴隷を見てきた。だからこそ知っている、この島がどれだけ地獄かを、俺はここにいる全員とこの地獄から抜け出したい……そう思っているんだ。」
最後はしんみりとした口調で話し終えると、奴隷達も無言になる。
不幸な境遇の子供が自分たちの事を思って訴えているのが奴隷達にも響いたようだ。
まあ、こんな顔見えない汚い格好ではあるが、ガキには変わりないからな。
「わかった、俺も脱出するよ。」
「俺もだ。どうせここに残ったところで殺されるだけなんだろ?なら、話に乗ったほうがいいに決まっている。」
一人が告げると後から一人、また一人と次々と同意の声が上がり、あっという間に全員が脱出を決意した。
これで俺の第二の目的は達成されたと言えるだろう。
正直に言えば、この島を抜けるだけなら少ない人数の方が簡単だっただろう、だがそれでは駄目だ。
幾ら働き者だからと言って、奴隷が数人逃げたところで持ち主の男に大した被害は与えられない。
この島の全ての奴隷達に逃げられることで初めて報いることができるのだ。
この俺を十年もこき使ったんだ、それなりの報いは受けてもらわないとな……
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