第17話 出発準備

 フォージャー商会との商談が終わってから数日、俺は今、一人で露店の店番をしていた。


 この数日の間にこの町での用を終えたジェームス達は、近々ここを発つようでそのための準備に勤しんでいた。

 そのためジェームスは次の町で売るための素材や道具の仕入れを、マリー、エルザの親子は旅をする際に必要となる生活用品の買い出しに出かけていた。


 そしてその旅の面子には当然の如く俺も含まれているらしい。

 まあ、それも今更だからもう何も言わない。

 本人たちが良いならもう少し同行させてもらう事にしよう。


 そして、旅の経験のない俺は他の三人について行ったところで何もできないので、こうして店番をして待っていた。


 流石に店を出してから数日が経ち、目ぼしいものは殆ど売れてしまったので客足は落ち着いている。

 ……むしろ暇すぎるくらいだ。

 恐らく店番しているのが俺というのもあるのだろう、残念ながら俺には女性陣の様に大した容姿も愛嬌もないからな。


 まあ、これくらいがちょうどいいのかもしれない、俺は暇つぶしがてら通行人たちを観察する。


 街を歩く人間の格好は様々だが、その中でもやはり武装している奴らが目立つ。

 身に付けている武器は、剣は勿論の事、槍、斧、弓、ハンマーなど様々で、中には小さな棘の生えた鉄球に鎖がついた珍しい武器を持ったやつもいた。


 やはりこの世界では武器を持っているのが当たり前のようだ。

 今後の事を考えるとやはり俺も一つくらいは持っておくべきだろうか?

 エモノはあまり使わない主義だが、この世界ではそんなことは言ってられない。

 

 相手が人間だけならまだしも、この世界は町の外に出れば色んな魔物が当たり前のようにうろついている。

 魔物は人間と違い、容赦なくこちらの命を狙ってくるのでこちらも殺すつもりで戦うのが基本となる。

 そう考えるとやはり対モンスター用の武器くらいは必要になるだろう。


 といっても無能の俺が武器を持ったところで使いこなせるかは微妙なところだ。

 この世界はスキルの恩恵というのものが強いらしいからな。もしかしたら素手で戦った方が強い可能性だってある。


 一応何度か戦闘で剣は使ってみたが、その時は特段使いづらいなんてことはなかったから武器を持つことで身体能力が劣化するという事はないだろうが、やはりいざという時に何か起こってしまっては困るからな。

 まあ、とりあえず今はそこまで必要性も感じないからエモノは後回しでいいだろう。


 俺はその後もたまに来る客の相手をしながらのんびりと店番をして今日の一日を過ごした。

 そして、三人が戻ってくると、夕飯を食いにこの街での行きつけとなった食事処へと向かった。


――


「いやぁ、今回は儲けが多かった分、たくさん仕入れることが出来たよ。これもティア君のおかげですね。」


 ジェームスが上機嫌にジョッキに入ったエールを一気に飲み干す。

 出会って日は浅いながらこの男がこんなに豪快に飲む姿は見るのは初めてだ。

 よほど満足のいく取引ができたのだろう。


 俺も負けじと肉を口の中一杯に頬張り、食事を堪能する。

 ここ連日の胃との格闘の成果もあってか、初めて食べた時のような拒絶感は減りつつあった。


「旅に必要な物も今日で大方揃えたし、いつでも旅立つ準備は出来てるわよ?」

「ティアの着替えも買っておいたし、後でサイズが合うか確認しといてね。」


 買い出しに行った二人もしっかり買いたいものが買えたようだ。

 ……しかし、そういうのを買う際は本人も連れて行ってもらいたいものだ。

 まあ、エルザもついていたようだし変な服は買っていないと思うが、こいつが選んだとなると少し不安だ。


「で、いつ出発するの?」

「ああ、明日、ギルドに依頼しておいた素材を受け取りに行くのと一緒に、護衛の依頼もするから旅立つのは明後日かな。」


 ジェームスが自然な流れでギルドの名前を口にするが、その名前を聞いた瞬間今まで普通に会話していたマリーが不機嫌になり始める。


「……また、ギルドに依頼だすの?」

「し、仕方ないじゃないか。結局私達みたいに弱い者は護衛を頼まないと旅に出られないんだから。」


 以前の出来事をまだ許せていないマリーはギルドに護衛を頼むことに不満を見せる。

 まあそれも仕方ない事ではあるがな、失った信頼を回復するのは簡単ではない。


「なら、俺で良ければ護衛も引き受けますよ。」


 というより元々そのつもりだったからな。

 しかし、俺が護衛に名乗り出ると二人の大人は渋い顔を見せる。


「ティア君が護衛を?でも大丈夫ですかねぇ、前回は助けられたけど、相手が人間というのもありましたし、次も無事であるかは……」

「そうねえ……でもまあ、次の町まではそれほど遠くないし、強いモンスターもいないはずだからとりあえず試しに頼んでみたら?」

「それもそうですね、じゃあお願いします。」


 説得が必要になるかと思ったが、エルザの一言であっさり決まると俺は護衛を引き受ける事になった。


「まあ、護衛の依頼は置いとくとしてもギルドに依頼していた素材は取りに行かないとダメだしとりあえず出発は明後日だね。」

「じゃあ、ギルドには俺が行きますよ、ギルドには私用もあるので。」


 前回の騒ぎで有耶無耶になっていたがギルドの登録の話も聞いておきたいしな。


「そうですか?ならよろしく頼みますね、今日は一日店番も頼んだのでギルドに行ったあとは自由にしてもらっていいですよ。」


 話が決まると、今日はそのまま団らんと過ごし眠りについた。


――そして次の日


 俺はギルドに着くと、そのまま前回説明を受けたカウンターまで一直線で向かった。


「あ、マットさん。」


 受付嬢は前回と同様ノーマだった。


「よう、この前の話の続きを聞きに来たんだが。」


 受付が前と同じと言うこともあって、それだけ言うと話が通じる、しかしノーマは少し申し訳なさそうな顔を見せる。


「ジョブの事ですよね……すみません、あの後この支部のギルドマスターがギルド本部の人とも話し合ったみたいのですが、残念ながら適性のジョブがない人はジョブにはつけず、そしてジョブがつけない人は冒険者登録をすることは不可能みたいです。」

「そうか、まあいい。」


 まあ元からある程度覚悟していたから問題はない。


「あまり悲観はされていないのですね。」

「まあな、今は別の仕事を見つけたからな。」

「そうですか!それは良かったです。」


 そう言うとノーマは安心した顔を見せる。


「で、今回はその仕事の関係で依頼していた素材を引き取りに来たんだが。」

「依頼物の引き取りですね。わかりました、では向こうの窓口へどうぞ。」


 俺はノーマに指示された別のカウンターへと向かう。

 すると、その途中、見覚えのある奴らに出会す。


「げっ!お前は……」


 いたのは前回一悶着のあったカルロ一味だった。


「よう。」


 露骨に嫌なそうにするカルロ一味に俺は軽く挨拶をした後、何事もなかったかのようにカウンターまで行って、依頼していた素材を受け取って出口へ向かった。


「お、おい待て!」

「……あ?」


 すると、わざわざ素通りした俺を向こうから呼び止めてきた。


「……何か用か?」


 俺が振り向くと、前回痛めつけたカルロより後ろにいる連れの二人がビクついていた。

 

「お、おいカルロ、コイツに関わるのはやめとこうぜ?」

「そ、そうよ。態々こっちから絡みにいかなくても……」

「うるせぇ!」


 止めに入る仲間の制止を振り払い、カルロが俺に絡んでくる。


「おい、てめぇ、この前はよくもやってくれたな!あんな不意打ちで勝ったと思うなよ!」

「不意打ちねぇ……」


一応警告は入れたんだけどな。


「だったらどうする、もう一度やるか?」


そう問いかけるとカルロはその返答に一度躊躇いを見せる、そのまま引き下がるものかと思ったが、プライドの高さゆえかカルロはその話に乗ってくる。


「じ、上等だ!もう一度俺と勝負しろぉ!」


 この場にいる全員に聞こえるような大声でカルロが俺に勝負を申し込む。


……やれやれ


この町での最後の一日は中々楽しくなりそうだ。

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