第45話 毒素九十%

留置所を出たあと、次にマーカス達を探すため、四人が以前使っていた小屋へと向かった。

 どこかの宿を取っている事も考えたが、手持ちをの殆どをエッジの保釈金に割り当てたという話だったので恐らくそんな余裕はないだろう。


 現状、エッジのいないマーカス達では依頼を受けるのは困難であり、実際依頼をこなしていないのはギルドで確認済みだ。となれば自然と行きつく先はここしかない。


 夕陽で町が染まりゆく中、俺は陽の通らない薄暗い路地裏の奥へと進み小屋に着く。

 相変わらず、風が吹けば今にも屋根が飛びそうなボロ小屋だ。

 壊さないよう割れ物を扱う様に扉に触れそのままゆっくり開ける。


 建付けが悪いため力は入れずとも扉は不快な音を出しながら開く。

 すると、開いた扉の音に対し中からは「ひゃ⁉︎」という何とも女々しい男の声が聞こえてきた。


「あ、兄貴?」

「……やっぱりここにいたか。」


 予想通り、そこにはマーカス達が壁にもたれかかる形で座っていた。


「な、なんだ兄貴か」

「話は聞いている……お前たちも、随分派手にやられたみたいだな。」


 ここには光がないからすぐには気づかなかったが、近づいて見るとマーカス達の顔は殴られた痕の様に腫れ上がっている。


「ええ、エッジの旦那が捕まった後、アッシらでもできる依頼を探そうとギルドに向かってたところを店の前で奴らに絡まれてそのまま袋叩きっスよ。」

「ギルドには報告しなかったのか?」

「報告したって意味ないっス、向こうからしたらただの冒険者同士の喧嘩っスからね。冒険者同士の揉め事なんて日常茶番時ですしそんな事にいちいち仲裁に入っていたらキリが無いっスから。」

「それもそうか。」


 ふむ、もうこの世界で十年以上生きてるのにも関わらず、どうにもまだ前世のルールが抜けきれてない様だ。


「まあいい、それよりアイアンヘッドといったか?奴らのいる場所はわかるか?」

「あ、へい、宿はわかりやせんが、奴らは夜になるとピープルと言う酒場によく現れる様で、恐らくそこに行けば会えると思うッス。」

「そうか、わかった。」


 夜か、今はまだ夕方だから少し時間があるな。

 を考えるなら髪色は元に戻した方がいいな。

 宿で髪の色を落としておくか、そう考え外に出ようとする。


「兄貴、待ってくれ!」


 すると、後ろから呼び止められる。

 確かこいつは元農民のルースだったか?


「兄貴、今から仕返しに行くんだよな?なら俺たちも、ついていっていいですか?」

「あ、俺も兄貴が、奴らをボコボコにするところ見たいです!」


 続いて商人の息子だったビレッジも手を挙げる。

 ボコボコ、か……


「わりぃな、こちとら遊び行くんじゃねえんだ。そんな理由で戦えねぇ奴を連れて行く訳には行かねえよ。」

「あ、そりゃそうですよね、すみません。」


 断ると二人はあっさり引き下がる。

 済まねえな、二人の気持ちも分からなくはないが生憎俺には相手をボコボコにする予定なんてないんだよ。


「ただ、それでもお前らにも少なからず迷惑をかける事にはなると思う。だから、エッジが釈放され次第すぐに町を出られる準備だけしておけ。」

「はい、わかりました。」


 俺の言葉に二人は承諾する。

 さて、じゃあたっぷり礼をしに行くとするか……。





――酒場ピープル


 その日の酒場はいつもと変わらぬ様子だった。

 屈強な冒険者や、この町の娼婦が訪れ酒を浴びる様に飲み、その中心にはこの町1番の冒険者パーティー、アイアンヘッドが我が物顔でいずわっている。

 リーダーのゲイルは両手に女性を侍らせ酒を飲む。

 ゲイルが酒瓶を一気に飲み干すとそれだけで側の女性からは黄色い悲鳴が上がる。

 彼が飲んでいるのはこの店で最も高い毒素が入ったハイリキュール。

 毒素とは酒に入っていると言う酔の成分で、濃度が高ければ高いほど酔いやすいと言われており、その為毒素の強い酒を飲むことで毒素に対する自分の耐性をアピールしているのだった。


「ところでゲイル、その子何?なんか凄く臭いんだけど。」


女性の一人が視線を床に向ける。

そこには首輪で繋がれ床に正座させられている奴隷の少女、ミリスがいた。


「て言うかその子奴隷でしょ?何で中に入れてるわけ?」

「へへへ、悪いな。外で待たせてると盗人に盗られちまうからな。」

「ええ⁉︎そんな汚い子盗む人なんているの?」

「ああ、普通はいないと思うよな?でもいるんだよなあ、世の中にはそう言う変態が。」

「ギャハハハ、あれには俺らもびっくりしたぜ、まさかこんな奴を盗もうとするんだからなあ」


 仲間の一人がミリスの頭を踏みつけ床に押し付ける。痛みを堪え唸るミリスを見て仲間達は笑い声を上げる。


「仲間の奴らも連帯責任でボコボコにしてやったけど最近は見てねえな?」

「金も持ってなかったし、今頃はどこかでの垂れたんじゃねえの?」

「まあ、あれだけしてやったんだ、少なくとも奴らはもう表を歩けねえだろうよ。ハハハハハ」


 アイアンヘッド達がつるはしの旅団の話を肴に酒を飲む。

 他の冒険者たちも話を聞いて一緒になって馬鹿笑いをしてる中、その雰囲気を壊すように酒場の扉が勢いよく開いた。


「あん?」


 酒場にいるもの達が一斉に入って来た相手を見る、入り口の前には綺麗な緋色の髪をした少年が立っていた。


「誰だあいつ?」

「さあ?」


全員がその少年に対して不審な目で見る。

 この町では見かけない顔だが、その幼い顔立ちと綺麗な髪色は魅力的で一部の娼婦はその顔を見てうっとりした表情を浮かべる者もいる。


「あれ?でもアイツどこかで……」


 などと見知っている様な口ぶりの声も上がるがそれ以上先の言葉はなかった。

 さまざまな声が上がる中、少年は特に気にすることなくただ真っ直ぐアイアンヘッドが集まっている席へと向かった。


「てめえらがアイアンヘッドか?」

「あん?だったらなんだ。」

「テメェらに家を燃やされ者って言えばわかるか?」

「なに⁉︎」


 その言葉にゲイル達は一瞬驚きの顔を見せる。

 が、すぐその場に笑いが起こる。


「プッ!ハハハハ、なんだよアイツ、奴隷だけでなくこんなガキにまで手を出してたのかよ?」

「どれだけ変態趣味なんだよあのオッサン」


 それに釣られる様に周りもも笑うが、少年は動じることなく、ただ目の前で座るゲイルを見下ろしている。


「で。何だ?まさか仕返しにでも来たのか?」

「ああ、あんなに綺麗に燃やされたんでね、礼はキッチリしておこうと思ってな。」

「へぇ、そりゃ面白え、なら是非やってもらおうじゃねぇか。」


 ゲイルが立ち上がると場は一気に盛り上がる。


「お?なんだ、ゲイルまた喧嘩か?」

「おいおい、せっかく店が直った所なんだ、今度は前みたいに壊すなよ。」

「へへへ、わかってるよ。」


 ゲイルが指の骨を鳴らしながら目の前に立つ少年を睨みつける。

 立ち上がったゲイルの身長は少年より遥かに大きく先程とは打って変わってゲイルが見下ろす事となる。


「言っとくけど俺はガキにだって容赦しねえからな、その顔をぐちゃくちゃにされて、町中を歩けなくなる様なっても恨むなよ。」


 ゲイルが頭を少し下げ、少年の目線に合わせると今にも触れそうな程の距離で少年を睨みつけ威嚇する。

 すると――


「……フッ、ぬりぃな。」

「なんだと?」


 少年はポツリと呟き鼻で笑う、そして腰につけた袋の中から一本の瓶を取り出した。


「まあ、仕方ねぇか。お前らはこの町一番の冒険者で町の英雄のアイアンヘッド様だもんなあ?俺はな……だ。」


 少年が手に持つ瓶をの中身を容赦なくゲイルの頭にぶっ掛ける。

 突然かけられた液体に怯んだゲイルが慌てて後ろへと後退する。


「な?何だこれは⁉︎このキツイ臭い、酒か?」

「とある町の物好きが作った、毒素九十%の特性リキュールだ。とくと味わえ。」


 そう言って少年はゲイルの体に火の魔石を放り投げる。

 その瞬間、ゲイルの体は一瞬にして青い炎に包まれた。

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