第44話 エッジと奴隷の少女②
勢いよく開けられた扉の音に酒場で飲んでいる冒険者たちが反応し、そちらに目を向ける。
エッジは入ってきた六人、その中でも一際目立つ痣だらけの少女に注目していた。
「なんだ、あいつらは?」
「アイアンヘッドっすね、この町唯一のBランクパーティーの」
「あいつらが……」
名前を聞いたエッジが顔を顰める。
アイアンヘッドはこの町で唯一のBランクパーティーとして名が知れ渡ってるのと同時に評判の悪さも有名であった。報酬の上乗せ要求や別のパーティーとの喧嘩とその他諸々、ギルド内でのトラブルには大抵このパーティーが関わっている。しかしこの小さな町では貴重なBランクパーティーと言うこともあってギルドの方も強く言えないのが現状だった。
「……チッ、どこも空いてねーな。」
先頭に立つアイアンヘッドのリーダーらしき赤い短髪の男が入り口から席を見渡す。
すると、自分達を見ていたエッジと目が合うと、ニヤリと笑いそのままエッジ達の席の方へと近づいていく。
「なんか用か?」
「お前ら、見ない顔だが最近来たよそ者か?」
「だったらなんだよ?」
「なんだよじゃねえよ、俺達はこの町で一番のパーティーアイアンヘッド様だぞ?席が空いてないなら俺達に席を譲るのが筋ってもんだろ。」
「なんでそんなこと!大体お前らアイアンヘッドは普段は別の店で飲んでるって話だろ?」
男の要求にエッジと一緒に飲んでいた冒険者の一人が立ち上がり抗議する。
「ああ、普段行ってる店はこの前、他の冒険者をボコった際に派手に壊しちまっな、今はその修理中で使えないから仕方なくここに来てやったんだよ、出なきゃこんな雑魚冒険者共が集まる臭い酒場なんて来やしねぇよ。」
「なんだと!」
その言葉に店にいる冒険者たちからも声が上がり、場に不穏な空気が流れ始める。
「わかったらさっさと退けよ。」
「ふざけるな、誰がお前らなんかに――」
「まあ待て」
アイアンヘッドと酒場の冒険者達達の対立が生じる中、エッジが待ったをかけるとジョッキを一気に飲み干して立ち上がる。
「いいぜ、譲ってやるよ。」
「だ、旦那⁉」
「おい……」
エッジのまさかの言葉に、マーカスや周りの冒険者達もが驚きを見せる。
「お前ら、帰るぞ。」
「え?は、はい。」
エッジは不思議そうな顔をする三人を率いて店を後にする。
その際にアイアンヘッドのメンバーから馬鹿にするような声が聞こえたが、エッジはそれ以上にそのアザだらけの少女の方を気にしていた。
「しかし旦那、良かったんっスか?あんな奴らのいう事なんて聞いて」
家に帰る途中、マーカスが尋ねるてくる。
「確かに向こうはBランクの連中っスけど、個人的な実力なら旦那にも分はあったと思うんスけど?」
「まあな。」
その意見にはエッジ自身も同意する。
エッジはこの一年間、戦闘できるのが自分だけだったという事もありかなり戦闘経験を積んでおり、部下を使って弱者を狙い活動していた山賊時代よりも遥かに実力は上がっていた。
それに以前のエッジなら間違いなく喧嘩も買っていただろう。
しかし……
エッジは振り返り後ろについてくる三人を見る。
自分だけならば問題ないが今は側に戦えない仲間がいる、そしてこの三人を守るには一人では無理がある。
そう考えると、退くことも悪い事ではないと思えていたエッジはあっさりと身を引いた。
「俺も変わっちまったという事だ。」
「へ?」
「何でもない、行くぞ。」
――
それから数日が過ぎ、エッジは新調した武器を取りに一人武器屋に寄った帰り道、とある酒場の入り口の側でポツンと膝を抱え座る少女を見つける。
「ん?お前は、確かアイアンヘッドのところの……」
その少女はアイアンヘッドが以前酒場に連れてきていた奴隷の少女だった。
少女はエッジの声に反応してゆっくり見上げる。
「その声、この前の酒場にいたおじさん?」
――声?
「そうだが……おまえ、もしかして眼が見えねえのか?」
エッジの問いに少女はコクリと頷く。
「そうか……それで、どうしてこんなところにいるんだ?」
「ご主人様を待ってるの」
「何でこんなところで?」
「奴隷は店に入ると店が腐るからって、この前の酒場は行きつけじゃないから構わないって言ってた。」
――あの野郎、随分舐めたこと言いやがる。
「それならなんで態々連れて歩くんだ?」
冒険者が奴隷を連れ歩くのは珍しくはないが、大抵は荷物運びなどが理由である。
しかし、彼女はまだ幼い少女でありながら盲目でもある、荷物運びをさせるには適任とは言えない。
「私のご主人様はお酒を飲むと暴れるの、だから私はその時のために」
――つまり、殴られ役って訳か……
「あの野郎ども、いい趣味してやがるぜ。」
目的を察したエッジはアイアンヘッドのメンバーの顔を思い出し軽く舌打ちをする。
「ほら、これ使え。」
エッジは少女の手にポーションを持たせる。
「これは?」
「ポーションだ、それお飲めば少しは傷が良くなる」
「どうして私なんかに?」
「……俺も元奴隷だからな、理不尽な暴力の辛さはわかる。」
「え?オジサンも奴隷だったの!」
その一言に少女は俯き気味だった顔を上げ食いついてきた。
それから暫くの間、エッジは少女と話をした。
山賊していたことはほのめかしながら自分の奴隷時代の話をすると、少女はその境遇に親近感が沸いたのか徐々に心を開いていき自分の話をし始めた。
少女の名前はミリスという名前で、今から一年ほど前に奴隷として売られたらしい。
しかし、大したスキルもなくまた目も見えなかったため、中々買い手がつかなく値段を下げたところで最近になってようやくアイアンヘッドのリーダーであるゲイルに買われたということだった。
「そうか、それであいつに買われたってことか」
「うん、私は目が見えなくて他の奴隷よりも安かったって言ってた。」
「もしかしてそれが理由で家族に売られたのか?」
「ううん、違う。お父さんもお母さんも優しかったよ、私の目を治そうと必死で治療法を探してくれて、でもある日、腕のいい医者のいる町に向かってる途中、山道で馬車が足を滑らして崖から転落したの。……お父さんとお母さんは落ちて死んじゃって私だけが生き残って、でも私は目が見えないから動けなくて、お父さんたちが死んでるその場で一人で泣いているところを――。」
――山賊に捕まってって事か。
そこまで話すと思い出したのかミリスは泣き始める。
話を聞いていたエッジも表情を曇らせていた。
――耳の痛い話だな、俺も以前はそう言うことを……
ミリスの話を聞いて過去を振り返ったエッジがふと山賊時代の一つの記憶が引っかかった。
それは山で見つけた子供を奴隷商に売り飛ばし時の記憶で、今聞いていたしたミリスの話と酷似していた。
「な、なあ?その向かってた町ってどこだったんだ?」
「えーと、東部地方の――」
町の名前を聞いてエッジは絶句した、その町はちょうど以前エッジが拠点としていた山の近くにあった町だった。
――間違いねえ、という事はやっぱりこいつは……
「おい、てめえ人の奴隷に何してるんだ?」
ミリスが座り込んでいた店の扉が開くと中からアイアンヘッドのメンバーがそろって出てきた。
「あ、お、おかえりなさ――」
「てめえも何勝手に口開いてんだよ!」
アイアンヘッドのリーダーらしき男が蹴り飛ばすと、倒れたミリスをそのまま何度も踏みつける。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
目の見えないミリスは動かずにただ丸まってひたすら謝り続け男の暴力に耐える。
「おいやめろ!」
それを見かねたエッジが思わず突き飛ばす。
「な、なんだてめえ何しやがる!」
「てめえは関係ねえだろ!」
「くっ」
そう言われればエッジに反論できることはない、奴隷の扱いはあくまで物扱いで、何をするにしても他人がとやかく言う資格はない
ただ――
「オジサン⁉」
「あ、おい――」
エッジはミリスを抱きかかえるとその場から立ち去った。
――
「――で、その後結局捕まったって事か。」
「ああ、本当なら俺が引き付けてる間にマーカス達にミリスを連れて町に出てもらう予定だったが、思ったように時間が稼げなくてな。ミリスも俺の身を案じて自ら奴らの元に戻った、おかげで俺もそこまで重い罪にはならなかったが結局全て無駄だったな。」
一通り話を終えたエッジが小さくため息を吐く。
「おかしな話だぜ、以前の俺なら簡単に見捨てられたはずなのに……」
「別におかしい話でもねえだろ、お前の取った行動は世間からすれば悪でお前は元々悪党だ、そうだろ?」
「そうか……そう言われるとそうだな、ハハハ」
そう尋ねるとエッジは少し目を見開いて見せたが、
その後は吹っ切れたように笑い始めた。
「で?お前はこれからどうするつもりだ?」
「え?」
「しっかり反省して奴隷の少女を見捨てて真っ当に生きるか、懲りずに悪党に戻って少女を攫うか……」
「それは……」
その問いにエッジが言葉を詰まらせる。
だがこの答えを待つ必要はない、答えを聞いたところで、正解なんてないからな。
ただ
「さて、じゃあ俺はもう戻る、やらなきゃならない事もあるしな。」
「え?あ、おい――」
「お前はその答えをせいぜい釈放までに考えておくんだな」
そう言い残すと、俺は留置所を後にした。
さてと、Bランク冒険者の『アイアンヘッド』か……
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